第12話

 妙に重低音が響くカラオケの部屋では女子と男子に分かれて向かい合って座ることになり、それはカラオケに向かっている間も俺に話しかけ続けていた斎川も例外ではなく、斎川はカラオケの部屋に入った時に席順にケチをつけたが集団の圧には勝てずに大人しく言う通りにしていた。


 まぁ、斎川は未だにそれに対して不満を露わにしており俺に対してじとっとした目線を送るが隣に座っている天竜になだめられていた。


「マジで斎川とどういう関係だよ」


 そんな斎川の様子はあからさますぎて隣に座る幸燿も少し声のトーンを落として俺の事を不思議なものを見るような目線を向けながら聞いてくるが、分からないものは分からないのだ。


「さあな、俺にも分からん」

「にしては執着されすぎだろ」


 幸燿の言う通りだ。


 だが何度聞かれようが、俺は今日初めて斎川と話したしこっちに引っ越してきてからも大して外に出ていないので知らない間に斎川と知り合っていた。なんてことはあり得ないはずだ。


 正直、斎川がなんで俺に対してあそこまで興味を示すのか分からないし、興味をひくようなことをした覚えもないので怖いと言うのが本音だ。


 仮に俺が普通の感性であれば降って湧いた美少女との繋がりに歓喜するのかもしれないが、俺は全く嬉しくないし、むしろ嫌と言ってもいい。斎川ほどの美少女に絡まれれば周りからの視線も鬱陶しいし、そもそも俺は女子が苦手だ。


「適当にあしらってれば、斎川も俺に興味なくすだろ」

「……だといいけどな」


 俺と幸燿が話している間に誰かが曲を入れたのか、何処かで聞いたことのあるようなメロディーが大音量で流れ始めたので飲み物を取りに行きがてらこの場から避難する。


「あ、私も飲み物取りにいこ~」

「ちょ、ちょっと!玲奈」


 俺が部屋のドアに手を掛けると斎川が先ほどまで不満を露わにしていたのが嘘のようにケロっとした明るい口調でそう言って俺に付いてくるようだ。


 天竜も今までなだめていた斎川の表情が急に明るくなった事に驚愕しながら釣られるように立ち上がって小走りで斎川に付いていく。

 俺はこれ以上悪目立ちしたくもないので俺の後ろに付いて来ようとする斎川を無視して部屋から出た。


「ねぇねぇ、何飲むの?」


(しつけぇ……)


 結局俺に付いてきた斎川は手を後ろで組みながら俺の事を覗き込んでくるが、ある程度心の準備が出来ていたこともありそこまで気分は悪くならない。


「……」

「無視しないでよ~。あ、それ私も好き!一緒だね?」


 精神衛生上これ以上斎川に興味を持たれるわけにも行かないので無言で適当なジュースをグラスに注いでいくが、斎川は全く気にしていないのかしつこく話しかけてくる。


「はぁ、玲奈。知久間君が困ってるから辞めなさい」


 無視されてもめげずに俺に話かけてくる斎川をどうしようかと悩んでいると、思わぬところから俺に援護射撃が飛んできた。ため息交じりに援護してくれたのは斎川に付いてきていた天竜だった。

 天竜は俺に無視されても話しかけ続ける斎川の事を見て何となく事情を察したのか眉根を抑えていた。


「えぇ~、でもなんか知久間君の事気になるんだもん」

「相手の事も考えなさいってことを言ってるんだけど?」

「でも~」


 いいぞ、天竜もっと言ってやれ。

 俺一人であれば斎川をあしらうことは出来ないが今は二対一。流石の斎川も友達にそう言われては何も反論できないのかこれまでの勢いをそがれていた。


 しかし、部屋の外に出たところで斎川から絡まれるとなると、五月蠅いところに戻るのは癪だが部屋に戻るのも手かもしれない。

 斎川に絡まれるのと五月蠅い場所に戻るのを天秤にかけても、部屋に戻ってしまえば一先ずは安全だろうし、これ以上斎川も俺に絡むことは出来ないだろう。


「でもさしずく、なんか知久間君って他の人とは違うって言うかさ~」

「でも知久間君困ってるじゃない」

「そんなことないってぇ」

「困ってるわよ、明らかに」


 自己紹介を碌に聞いていなかったのに加え天竜の下の名前に興味がなかったので斎川が口にしたおかげで今初めて天竜の下の名前を知った。

 

 天竜はくいと顎を俺の方に向け、それにつられて斎川も俺の顔色を窺ってきた。



「……普通に嫌な顔してるっ!?」


 さっきまで苦手な五月蠅いところに戻るか、苦手な女子と一緒にいるかで悩んでいたこともあってか俺は自分で思っている以上に苦い顔をしていたみたいだ。斎川は驚いたまま天竜に視線を向けるが天竜は軽く頷くだけだった。


 この人はこの人で容赦ねえな


「雫の裏切り者ぉ~」


 天竜にも裏切られた斎川は「ガーン」とでも効果音が付きそうなほど肩を落としてわざとらしく泣きまねをして小走りで逃げて行った。


「助かったよ」

「知久間君も大変ね、あの子自分が興味を持った物に対しての執着具合が凄いから」


 天竜の言う執着というのは分かるが、それだけであれほど無視されてもめげずに話しかけてくるものだろうか?


自問したところで俺自身が分からないことを分かるわけもない。


「因みに聞きたいんだがなんで俺なんだ?自分で言うのもなんだが大して面白い人間でもないぞ」


「知らないわよ、玲奈じゃないもの」

「それもそうか」


 少し突き放すように天竜が言った言葉は当たり前の事ではあるが、いい加減今日一日昼休憩の時から斎川に絡まれていて結構精神に来ているのだ。

 諏訪部さんの様に話しているときに周りに仁さんや一さんのように他の人が居る状況であれば女性と話すのはそこまで苦痛ではないが二人きりの状況でずっと話しかけられているのは堪える。


「ただ、玲奈にあれだけしつこく話しかけられても少しも鼻の下を伸ばさないのは大したものね」

「鼻の下を伸ばすも何も、俺斎川に興味無いし」

「それはそれで男としてどうなのと聞きたい所ではあるけど……宮田君みたいなのよりはマシか」


 興味無いと言い切った俺に対して少し心配そうな様子の天竜だが最後に非常に機嫌が悪そうにそう言い捨てた。


「はは、まぁあの貪欲さはある意味尊敬するな。天竜にしてみればいい迷惑なんだろうけど」


 学級委員決めの時の天竜の絶望の表情を思い出してつい笑ってしまった。


「玲奈はあの容姿だし、性格も明るいからあの類には慣れてるわ」

「……にしては、嫌そうにしてたけど?」

「慣れてても嫌な物は嫌なの」


 確かに天竜の言う通りあんなふうに斎川へのパイプとしか思われていないのは不愉快なのだろう。

 天竜は委員決めの時の事を思い出したのか眉間に寄ったしわをほぐすように手を当てていた。そんな様子が妙に堂に入っていたのでまた笑ってしまう。


「……なに笑ってんのよ」

「いや、苦労してるんだなぁと思って」

「余計なお世話よ」


 天竜はそう言って小さくため息をついてから口を開いた。


「忠告しておくけど、玲奈はあんな性格だからあんまり勘違いしないほうが良いわよ、異性に対しても距離感近いし……あの子びっくりするぐらい可愛いから勘違いされやすいのよ」


 確かに天竜の言った言葉は確かに言う通りだと思う。あんな美少女に話しかけられたら健康的な高校生男子であれば勘違いの一つや二つしてしまうだろう。


 それに天竜は斎川の事を可愛いと言うが、俺からしたら天竜も十分容姿が整っている。


 肩に掛かる程度の緩いパーマのかかった綺麗な黒髪に、意志の強さを感じさせる少し吊り上がった眦に琥珀色の瞳、ほっそりとした輪郭。斎川に勝るとも劣らない肌の白さに加え俺より頭一つ分は小さい身長なのにもかかわらずスタイルは良い。会話中にぼんやりと眺めていた天竜の容姿は十二分に天竜を美少女たらしめていた。


 言葉にはしないが。


「だから興味ないって」


 そんなことを考えながら俺は一貫した返事を返した。


 まぁ俺に関してはそもそも女子が苦手だし、斎川の事を好きになることもないだろうから勘違いも糞もないが。


「まぁ知久間君に関しては心配はしてないけれど一応ね」

「おう」


 何となく俺の返事が分かっていたかのように薄っすらと笑みを浮かべて天竜は部屋に戻っていった。


 部屋に戻っていく天竜はピンと伸びた背筋で歩いているのにも関わらず少しも上半身がブレておらず、天竜の立ち振る舞いや仕草の節々に感じる品の良さは何処からくるのだろう?


 わざわざ本人に聞く気も無いがそんなことを考えてしまった。


「ま、どうでもいいか」


 それにしても……なんか変な感じだ


 言い知れぬ違和感を感じながら俺はグラスに口を付け、初めて飲んだジュースの味に顔を顰めた。





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ただし斎川怜奈は負けヒロインである。 @shirokumakemono

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