第11話

「それじゃ、あたしは雫とご飯食べるから!またねっ」


 そう言って斎川は俺と並ぶ斎川を見て少し目を見開いている天竜さんのほうへ手を振りながら小走りで去っていった。


(やっと解放された……)


 斎川は学校の中に入った所で俺から離れてくれることは無く、まるで小鴨が親鴨に付いて歩くようにぴょこぴょこと俺の後ろに付いてきており二年二組の教室に入るまで廊下にいた女子生徒たちの興味深い視線と男子生徒の嫉妬の視線に晒されげっそりとしていると俺の事を待っていたであろう幸燿が話しかけてきた。


「おいおい、遥?なんでコンビニに行っただけで斎川の同伴が付いて帰ってくるんだよ」


 俺の後ろに斎川が付いてきていたことに驚いていたのは幸燿も例外ではないようで、少しばかり目を見開いて俺に詰め寄ってくる。


「俺にも分かんねえよ……」


 様々な視線に晒されていたおかげで幾らか精神に来ていた俺が額に手を当てているのに気が付いたのか、詰め寄ってきていた幸燿も少し可哀想な物を見る視線を俺に寄越していた。


「まぁ、なんだ?とりあえず飯でも食うか」

「……おう」


 弁当を取り出して広げる幸燿から視線をずらし、俺に甚大な精神的苦痛を与えてくれた斎川の方を見てみるが、斎川はケロっとした様子で楽しそうに天竜と談笑していた。


 何だか釈然としないまま、俺はパンを口に運んだ。


 ◇


 昼休憩の後も授業はあったが、大概の授業が今日が初日ということもあり、ほとんどオリエンテーションや自己紹介だったので、新しくできた知り合いや、一年時からの知り合いと連れ立って談笑している生徒達の顔色は非常に明るかった。


 そんな中俺はというと、昼休憩の後も斎川との関係を邪推してちらちらと視線を送る女子生徒や馬鹿正直に嫉妬の視線を送ってきた男子生徒達のおかげで一ミリも明るい表情なんて出来そうになかった。


「今居る人だけでも良いんだけど!懇親会がてらカラオケでも行かないか!」


 死にかけのナマケモノよりも遅々とした手つきで一つ前の授業で使った教科書を鞄にしまっていると、一人の男子生徒がクラスに残っている生徒に向けてそう声を掛けた。


「お、良いね」

「私も行きたい~」


 男子生徒こと、宮田君の声掛けに数人の生徒が賛成の声を上げ、宮田君の周りに集まり始めた。

 最初こそ宮田君は斎川目当てだけで学級委員長に立候補したと思っていたが、案外今みたいにイベントを企画することが出来る事に少し感心してしまう。


「カラオケだってよ、どうする?」

「正直あんまり乗り気しないな」


 後ろの幸燿も宮田君の提案を聞こえていたらしく少し面倒そうな表情をしている。

 まぁ感心こそしたが俺も正直な所参加は余りしたくない。別に懇親会が嫌と言うわけではないが、カラオケとかそういううるさい場所は余り得意ではないのだ。


「俺は遥が行くなら行こうかな」

「俺も幸燿が行くなら」


 二人して考えていたことは同じようで俺も幸燿も自発的にカラオケに行こうとは思っていない様だ。

 何となく気まずさを感じ宮田君の方を見てみると建前は良いとして本当の目当てである斎川を熱心に誘っていた。


 宮田君が声を掛けるまで斎川と話していた天竜さんは俺や幸燿の様にそこまで参加したがっていない様だったが、斎川が完全に乗り気になってしまったので肩を落として参加することになったようだ。


 その様子を見てただでさえ行きたくなかったのに余計に行きたくなくなってきた。


「なぁ、幸燿」

「ん?」

「俺、行きたくねえわ」

「ほんじゃ、俺も良いかな~」


 俺と幸燿は目を見合わせ、机に掛けてあった鞄を同じタイミングで取り、教室を後にしようとしたその時だった。


 パタパタとこちらに小走りで駆け寄ってくる足音が聞こえ、嫌な予感に襲われる。


「お~い、知久間君は参加しないの?」


 嫌な予感が的中した。

 俺の予想通り、俺たちに声を掛けてきたのは斎川であり、斎川が俺と幸燿に話しかけてきたとあれば昼休憩の時の様に俺に視線が集まるのは当然の事だった。


 ここまで注目されてしまえば無視するわけにも行かず、俺は斎川の方に振り返ってできるだけ嫌な顔をしないように努めながら返事をする。


「……カラオケ苦手なんだよ、こっちの幸燿も」

「なっ!……いやまぁ俺もカラオケは苦手だけどさぁ」


 こうなってしまえば幸燿も道ずれにしてしまおう。


 急に指を指された幸燿は俺に抗議の視線を向けてくるが無視する。

 俺と幸燿のその言葉を聞いてか、斎川はガックシと肩を落とした。


「え~そうなんだ……知久間君も参加してくれると嬉しいんだけどなぁ」


 少し上目遣い気味に俺の事を覗き込みながら斎川が言った言葉は不思議と教室に響いた。

 斎川の言葉を聞いてクラス全員が俺と斎川の会話に耳を傾けているかのような錯覚に陥る。正直滅茶苦茶嫌だ。


「え~っと、知久間君と戸隠君だっけ?ほら、斎川さんもこう言ってることだし参加しようよ、せっかくの懇親会だしさ」


 が、そうもいかないようで。少し口の端をひく付かせた宮田君が会話に参加してきた。


「戸隠君はともかく、知久間君はこの学校に編入したばっかりだしクラスの皆と仲良くするにはうってつけだと思うしさ、ね?」


 さっきの引きつった笑みを隠すように明るく笑いながらあたかも俺は君の為を思って……みたいな口調で宮田君は無駄に大きい声で言ってくれた。

 そのおかげでクラスの皆も、逆に参加しないの?みたいな視線を向けてくる。


「はぁ……参加はする。けど、本当にカラオケとか苦手だからきつかったら勝手に帰るぞ?」

「そういっ「それでもいいよっ。知久間君参加決定~いえ~い」


 斎川は宮田君の言葉を遮って大げさに喜んでいて、喜びを共有したいのか今の俺と同じように苦い顔をしている天竜さんのほうにぴょんぴょんと飛び跳ねていった。

 そのおかげで昼休憩の時以上に俺に突き刺さる好奇の視線が鬱陶しい。人目が少なければ盛大に舌打ちをしてしまいそうだ。


「……ん゛んっ。知久間君も参加ね。あ、戸隠君はどうする?」

「ん、まぁ遥が行くなら俺も参加させてもらおうかな」

「了解。戸隠君も参加、と」


 斎川に言葉を途中で遮られたのが気恥ずかしかったのか宮田君は咳払いしてから何事もなかったように去っていった。


「幸燿……参加することになっちまった」

「はは……まぁ抵抗は認めるけど、あの雰囲気じゃあ無理だよなぁ」


 幸燿は俺の事を慰めるように肩に手を置いた。


 その虚しい慰めに対し俺は肺の空気全てを吐き出したんじゃないかと思うほどの深い深いため息を返した。

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