第10話

「遥はあんだけの美少女にも興味無いんだ?」


 自己紹介も終わり、十分ほど休憩の時間になったので鞄の中からタブレットを取り出し本を読んでいると、後ろの幸燿からそう話しかけられた。


 何となく読書の邪魔をされたことに悪態をつきたくなるが、今こうして仲良くなろうと話しかけてきてくれている幸燿の心遣いを邪険にするわけにも行かず、一旦タブレットから視線を外し幸燿と話すことにする。


「まぁ、さっきも言ったけど俺あんまリ恋愛とかに興味無いし」

「ふーん?まぁそれに関しては俺もだから何とも言えないけどさ……ほら」


 幸燿がそう言って斎川の方に顎を向けたので、俺もそれに従って斎川の席の方に視線を向けると、数人の男子が斎川の周りに集まってどうにか仲良くなろうとしている姿が見えた。


 何となく樹液に集まるカブトムシ達を見たような気になって何とも言えない気持ちになるが、あいつらはあいつらで必死なのだろう。


「斎川も斎川でよく全員の相手してあげてるよな」

「確かに。俺ならたぶん腹立ってくる」


 そんなことを話していると、斎川の周りの男子を手の甲で払うようにしながら一人の女生徒が援護に入った。

 確かその女生徒は天竜と言っただろうか、あまり真剣に自己紹介を聞いていたわけではないが、天竜に関しては妙に仕草と言うか立ち振る舞いの節々が綺麗で印象に残っていたので覚えていた。


 斎川も天竜の助け舟は有難かったのか、男子たちが自身の席に戻ったのを確認して天竜と楽しそうに話していた。


「おぉ、天竜さん……だっけか?斎川と仲いいのかね?」

「俺に聞かれても分からん」

「ま、それもそうか」


 幸燿はそれ以上斎川達の話をする気はないようで、ぼーっと斎川と天竜が話している姿を眺めながら黙り込んでしまった。


 何となく幸燿が斎川達の話題をだしたせいか、俺も何となく二人の動向が気になってきてそちらの方を眺めるが、距離がそれなりにあることもあり二人が何を話しているかは聞き取れず結局タブレットに視線を戻した。


 ただ、妙に斎川と話している天竜の姿勢の良さからくるのだろうか何処か滲んでくる育ちの良さ、のようなモノが気になって不思議と記憶に残った。


「そろそろ休憩を終わります。席を離れている人は席に戻ってくださいねー」


 特に何かするわけでもなくぼーっとしていると、東御先生が通る声でそう言った。

 東御先生のその号令で、席を離れていたクラスの皆はそそくさと自身の席に戻り東御先生の話を聞く態勢をとった。


 皆ちゃんと先生の話を聞く気があって凄いなぁなんて他人事の様に思っていると、東御先生が一度咳払いをしてから話し始めた。


 東御先生の話を要約するとクラスの中から学級委員を二名決め、そのほかの係を学級委員の司会の元決めるらしい。


「遥~係何にする?」

「面倒じゃなければなんでも」

「だよなぁ、俺も楽なのが良いわ」


 幸燿は俺と同じ意見のようで、係と言う物に意欲は無いようで当然の様に学級委員に立候補するつもりもないようだ。


「それじゃあ、学級委員やってみたい人は挙手してください」


 東御先生はそう言うが、一般的な高校生は学級委員なんてやりたがらないだろうし、きっと誰の手も上がらないんだろうと思っていたが、俺の予想に反して一人の生徒がピシと音が聞こえてきそうなほどはっきりと手を上げた。


「やる気満々だな」

「な」


 幸燿も俺と同じように思ったのか小さな声で話しかけてきたので、振り向くことはせず返事だけを返した。

 ピシと手を上げた生徒は先ほど話題に上がった天竜だった。


 確かにイメージ通りと言えばそうなのだが、わざわざ面倒な仕事を自分から良く受けようと思えるな。


「それじゃあ、天竜さんは決定として……他には居ませんか?」


 東御先生は黒板に天竜の名前を書き、周りを見渡したが天竜以外の手が上がることは無かった。

 誰も手を上げない事でクラスに少し変な空気が流れたが、その空気を断ち切るようにもう一人手を上げた勇者がいた。


「はいっやります」

「……う~ん、出来れば天竜さんが決まってるから、男子の方がいいかなぁ」

「えぇ……分かりました~」


 元気に手を上げた斎川は東御先生の一言でしゅんと肩を落としてあげていた手を下ろして天竜に謝る仕草を送っていた。


 その二人のやり取りを見てよっぽど鈍くない男子生徒は将を射んとする者は何とやらじゃないが、ここで手を上げることで間接的に斎川と繋がれることに気が付いたのか急に男子生徒が手を上げ始めた。


「あからさまだねぇ」

「そうだなぁ」


 幸燿の言う通りだが、今手を上げた数人の真意が透けて見えて呆れてくる。

 俺は勿論幸燿も学級委員はやるつもりは無いし、必要以上に斎川と仲良くなろうとも思っていないので傍観者でいられるが、当人たちは至って真剣のようで、手を上げた数人は自分以外の立候補者と目線でけん制し合っていた。


「急に皆手を上げ始めるねぇ?ま、取り敢えず今手を上げた男子でじゃんけんして学級委員を決めてください」


 何処か見透かしたような東御先生の一言に男子たちは少し顔を赤くしてじゃんけんをし始め、最終的に学級委員を勝ち取った男子は大きくガッツポーズをしていた。


 そのガッツポーズを見て天竜はそれこそ世界の終わりみたいな目でその男子を見ていたし、その男子の目当てであろう斎川も苦笑いを浮かべていた。


「それじゃあもう一人の学級委員は宮田君で決まりました~拍手~」


 東御先生がそう言ってぱちぱちと拍手をすると、クラスの皆からもまばらに拍手が起こった。


「じゃあ、後の進行は学級委員の二人にお願いしますね」


 東御先生は教卓の隣に立てかけてあったパイプ椅子をくみ上げそこにちょこんと座り、うっすらと笑みを浮かべながら教卓の前に出てきた学級委員の二人を見つめていた。


 天竜は不機嫌、宮田君は上機嫌と正反対の表情を浮かべながら二人は教卓の前に立ち、宮田君が黒板に係の名前を書いていき、天竜の司会で係決めが始まった。


 ◇


 係決めは無事に終わり、俺は保健委員、幸燿は環境委員に決まった。

 それ以降は普通に時間割通りに授業が進んでいき、一時間半ほどの昼休憩の時間になった。


「遥は弁当とか持ってきてる?」

「いや、コンビニに買いに行ってくる」

「おっけ、帰ってきたら一緒に食おうぜ」

「了解」


 昼休憩に入り、幸燿と軽く約束を交わしてから俺はコンビニに行くために学校の外に出た。

 学校の外に出ると、俺以外にもコンビニ勢がいるようで制服を着た生徒や俺の様に私服の生徒がコンビニに向かっていた。


 何となく一番近いコンビニは生徒達で混み合いそうだし、朝行ったコンビニに行こうかな……


 歩きながらそんなことを考えていると予想通り学校から一番近いコンビニ方面と朝入ったコンビニ方面で分かれる十字路で急に人が減った。


「いらっしゃいませー」


 コンビニに到着し、店員の挨拶を流し聞きながら適当なパンをかごの中に入れて飲み物を選んでいる時だった。


 不意に後ろから声を掛けられた。


「あ、確か……知久間君、だっけ?」


 後ろに振り返り、話しかけてきた人物を確認すると斎川だった。


「そうだけど」


 思ったよりすぐ後ろに斎川が居たものだからつい少し仰け反ってそう返事をした。


「珍しいね、こっちに来るの。大体近いほうのコンビニに行くと思うけど」

「混んでるの嫌いだから」

「あーなるほどね!分からなくもない」


 からからと明るく笑いながら斎川は言った。


「うん。それじゃあ俺もう選び終わったから」

「あ、ちょっと待って、私も直ぐ選び終わるから!」


 正直な所まだ女子と二人で話すのは苦手なので適当なお茶をかごに入れ逃げようとしたが、どうやら斎川は逃がしてはくれないようでペットボトル飲料などが並ぶガラスのドアの場所ではなく、紙パック飲料エリアから一本取ってかごに入れて、俺の隣に戻ってきた。


「豆乳が向こうのコンビニは無いんだよ~」

「ふーん」

「今日はね、ココアにしたっ」

「へー」

「雑だね~ほら、これから同じクラスになるんだし、仲良くしようよ~」


 斎川は笑顔で俺に豆乳飲料を見せつけてきたが、俺は逃げ出したくてしょうがなかった。

 女と言うだけで嫌なことを思い出しそうになるし、斎川は俺から見ても本物の美少女だが、それが余計に俺のトラウマを刺激するのだ。


 興味のないようなそぶりをすれば、斎川も俺に興味をなくしてくれるかと思ったが、全く効果はないようで、結局俺が会計を済ませて逃げるように早歩きで学校に戻ろうとすると俺の後に会計を済ませた斎川が小走りで先に歩いている俺に追いついてきた。


「も~なんで置いてくのさ!一緒に戻ろ?」


 わざとらしいぐらいにぷくっと頬を膨らませた斎川は俺の隣に並び俺と一緒に学校に戻る気満々のようだ。


 ――そう言うのはクラスの男子にしろよ、俺にされたところで迷惑だ


 何て言えればこの子は言う通りにしてくれるだろうか?まぁそんなことを正面向かって俺に言う度胸は無いんだけど。


 妙に機嫌の良い斎川は歩いている途中も無言の俺をちらちらと見てきては様々な話題を出しては生返事を返す俺にむきになったのか余計に話かけてきた。


 それは俺たちが教室に戻るまで続いていた。






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