第9話
考えなしに外に出てきたは良いものの、自宅周辺であればそろそろ土地勘もあるが学校周辺となると近くで時間を潰せる場所も分からずただ学校周辺を散歩する羽目になり、サボりを決めてから早々に後悔し始めていた。
「さむ……」
そんな意味もない呟きをこぼしながら歩道を歩いていると、近くにコンビニを見つけたので一旦避難することにした。
数十分適当な雑誌を立ち読みしているといい加減店員の視線が気になり始めた。
何も買う気も無いように見え、しかも明らかに高校生ほどの子供が春休みも終わっただろうこの時期に本を立ち読みしているのは流石に気になるのだろう。
「有難うございましたー」
結局店員の視線に耐えかねて適当な缶コーヒーを購入しコンビニを後にした俺はこの辺で時間を潰せる場所が無いかと散歩を再開し、縣嶺高校のすぐ近くにそれなりに大きい公園を見つけその公園のベンチで時間を潰すことにした。
木々に囲まれながら、公園内の遊歩道を歩く家族連れを横目に鞄に入れて置いたタブレットを取り出し、
適当な小説を開いて読書をしていると、学校のすぐ裏ということもありチャイムの音が聞こえてきた。
「時間的に始業式かな?」
時間は八時半ほどだし、まだ各教室での説明の時間ではないだろうと当たりを付けた俺はそのチャイムの音を無視してタブレットに視線を戻した。
寒さもホットのコーヒーのおかげで幾らかは和らいでいるし、子供の声や吹き抜けるそよ風の環境音のおかげか思ったより読書に集中できることに気付いた俺は、またサボったときはここに来ようと絶好のサボり場所を見つけて上機嫌になっていた。
◇
「うん。寒い!」
それから一二時間ほど読書をしていたが、とっくにコーヒーもなくなり寒さに耐えきれなくなってきた。
読書をしている間も定期的に学校のチャイムが何度か鳴っていたので、いい加減始業式も終わっているだろう。
タブレットの電源を落とし鞄にしまって学校に戻ることにした。
当然と言えば当然だろうが、学校に戻ってきても辺りに生徒の姿は見えず、下駄箱で上履きに履き替えてから廊下を歩いて行くと、一階の教室では既に生徒達が担任の先生に説明を受けているのが視界に入った。
「あ~ちょっと遅かったか」
まぁ遅れてしまったものはしょうがない、さりげなく教室に入ろう。
そんなことを考えながら歩くこと数分二年二組の教室の前にたどり着いたので扉のガラスから教室の中の様子を盗み見るとやはり教卓には担任の先生と思しき女性の先生が何やら説明をしており、生徒はその説明を静かに聞いていた。
(入りずれぇ……)
明らかにこっそりと入った所で注目を浴びることは必至の状況を前にして俺が廊下で日和っていると、これまで説明をしていた先生が廊下で二の足を踏んでいる俺に気が付いたのか、俺に向かって手招きをしてきた。
勿論生徒は俺の事に気が付いていなかったようなので、その先生の急な手招きで初めて廊下にいる俺の事に気が付いたのか廊下に聞こえてくるほどの音量でざわつき始めていた。
その生徒達の反応を見て余計に教室に入りずらくなっているのもつゆ知らず、先生は怒っても居ないようで軽く笑顔を浮かべながら手招きを繰り返してくる。
結局注目されてしまったが、これもサボった俺が悪いので悪態の付きようも無い。軽くため息をついてから教室に入ることにした。
――ガララ……
扉の開く音がやけに大きく響いた。
少し気まずさから顔を落としながら教室入った俺に好奇の視線が降り注ぎ気分が悪くなってきたが、自業自得だ。
「え~っと?知久間君で良いのかな?」
「あ、はい。」
教室に入った所でどうすれば良いのか分からず立ち尽くしていると、先生が生徒名簿を確認した後そう話しかけてくれた。
「なにかあったの?始業式にも出てなかったみたいだし……」
「あー、と。今日から編入したんですけど、朝日先生に碌な説明を受けなかったので、始業式はサボりました」
先生の問いに朝日先生への恨みを込めてそう説明すると、先生もクラスの皆も「あ~」とでも言いそうなどこか納得したような顔をしていた。
先生に少しは咎められるかと思っていたが、朝日先生の名を聞いた先生は特に何も言うことは無く、「それじゃあ、席について」とだけ俺に告げた。
「おい、災難だったな。編入初日の説明が朝日で」
何となく皆の朝日先生に対する反応から、朝日先生がどう思われているのかを察しながら席に着くと、直ぐに後ろの席の男子生徒から話しかけられた。
「……あの先生評判悪いんだ?」
「評判悪い何処じゃないぜ、生徒からめっちゃ嫌われてるし」
「ま、何となく分かるわ」
「だろ?あ、俺
「知久間遥。よろしく」
幸燿はそう言って俺に向かって手を差し伸べてきたので俺はその手を取り、握手を交わした。
それ以降幸燿は先生の説明を聞くのに戻ったのか話しかけてはこなかったので、俺も先生の説明に耳を傾けた。
まぁ先生の説明はそこまで大事な物ではなく、大まかな今日の日程の説明だった。
「それじゃあ、説明はこのぐらいにして、自己紹介しましょうか!」
説明の区切りがついた時、先生がパンと両手を合わせ言った。
先生のその宣言を聞いたクラスの皆は近くの生徒達と話し始め、先ほどまでの静寂が嘘のように教室が騒がしくなってきた。
「おい、遥!自己紹介考えてるか?」
それは後ろの席の幸燿も同じようで、俺の背中をツンツンとつつき、楽しそうに話しかけてきた。
「いや、全く」
「おいおい、この自己紹介は大事だぞ!二年でクラス替えを済ませた後は卒業までは皆このクラスで過ごすんだからさ」
「まぁ、大体の学校がそうだろ?」
「……反応うっすいなぁ!俺らは高校二年だぞ!?ほら、彼女とかさ、欲しくないか?」
「別に?」
「おい!そんなんでいいのか!?」
「逆に幸燿は彼女欲しいのか?」
「……よく考えたら、俺、妹の世話しないといけないし要らんな」
「じゃあ、別にそこまで気合入れるとこじゃないだろ」
「それもそうだな」
幸燿は俺の言葉でテンションも落ち着いたのか、急に冷めたように自己紹介へのやる気をなくしていた。
俺も別に見栄を張っているわけでもなく、彼女は要らないし作ろうとも思ってないので俺と幸燿だけがきゃいきゃいと楽しそうに話している生徒を横目に自己紹介に対し冷めきっていた。
「じゃあ!廊下側の君からどうぞ!」
先生のその掛け声で指名された生徒から順に自己紹介が始まった。
俺の番や、幸燿の番もきたが二人とも適当に済ませてぼ~っとしていた。
すると、一人の女子生徒の番になって俺と幸燿以外の男子たちが急に色めきだってこそこそと話し始めたので、何となくその生徒に視線を向けると、クラスの男子が色めき立つ理由が分かった。
その女生徒は見たこともないほど整った容姿をしていたのだ。
黒から少し色の抜けたこげ茶色の髪を背中の半ばまで伸ばしており、ぱっちりと開いた大きなヘーゼル色の瞳は女性が苦手なはずの俺でもふとした瞬間に吸い込まれそうだ。
肌の色はびっくりするほど白く、唇の淡い桜色が余計に映えていた。
「お~すっげぇ美人」
幸燿もその女生徒に気が付いたのか感嘆の呟きをこぼしていた。
「あんだけ美人だったら、一年の時に話題に上がってたんじゃないのか?」
「いや、俺も噂は聞いたことあるけど、リアルで見たのは多分初めて」
俺の質問に幸燿は噂こそ聞いたことはあるが、会うのはこれが初めてだと言った。
学年が同じでそんなことがあり得るのかと少し不思議に思ったが、幸燿がそう言うのであればそうなのだろう。
「えと、
斎川とやらは少し高い少女的ともいえる可愛らしい声で明るく自己紹介を済ませ、席に着いた。
男子たちは斎川の自己紹介を聞いてか斎川より後の男子たちは自己紹介を終わらせるたびにちらちらと斎川の方に視線を向けていた。
まぁ、俺も女性が苦手でなければそうなってしまうのも分からなくもないので悪くは言えないが、男子諸君。他の女生徒たちは君らを虫を見る目で見ていることに気が付いたほうが良いぞ。
「最後に、これから君たち二年二組の担任となる
その後はつつがなく自己紹介は進んでいき、全員の自己紹介が済んだのを確認して、先生が最後に自己紹介をして一旦休憩となった。
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