地獄の掟

ガンガンッ


「有罪。地獄行きを言い渡す」

振り下ろされた激しい木槌の音とともに判決が下された。


一縷の望みであった十王による裁判が終わると、男は憔悴した様子でその場にへたり込んだ。

まさか、十度に渡って裁かれることになるとは思っても見なかった。

閻魔大王の持つ浄玻璃の鏡には驚かされた。どうやら生前の行いを事細かに映し出すだけではなく、他人に及ぼした影響さえも見ることができるらしい。

他人が見ていないから、と繰り返してきた悪行がまさかこんな形で自分に返ってこようとは。


「迎えの鬼を待つがいい。死後の世界では悪行などできぬと思え」

そう言い残し、十王たちは退廷した。


極度の後悔と自己嫌悪に苛まれ、思わずため息をついた。

もし徳を重ねていたらと考えるだけでも虚しい。悪いことなんてするもんじゃなかった。

時すでに遅し。後悔先に立たず。

などと裁判を反省しているうちに迎えの使者が到着したようだ。


底より這い出でた二つの影。

「こっちだ。さっさと来ないか」

男は、頭に生えた大きな角や血に濡れたような真っ赤な体躯に、恐れをなしていた。


鬼が金棒で地面を叩くと、男の視界は闇に包まれた……。



男が目を覚ましたのは地底の底、のような所だった。

地底が続く道理は今生にはなかったもので、思考の混濁を生んだ。


この小高い丘から見渡す限り、地獄地獄の地獄絵図だ。

生前受けたどんな苦痛でも到底及ばないと主張しているかのようだ。

血痕、肉片、頭蓋骨の山に始まり、血の池や針の山のようなものまで遠目で見える。


「ここは……」

「地獄へようこそ。ここは文字通りインフェルノ! せいぜい堪能するといい。」

先程の使者とは別の赤鬼がニタニタと笑いながら話しかけてきた。


「ただその前に、一仕事してもらわなくちゃなぁ」

「何をすればよろしいのでしょうか?」

「ただの清掃さ。ここの掟でよ。新入りには地獄にある死体の掃除や後片付けが義務付けられているのさ」

「この広大な全地獄をですか?」

「ああそうさ、散々こき使ってから真の地獄送りってわけよ。お前らみたいな奴らには丁度いい」

厳めしい顔の鬼は大きな笑い声を上げると、何かを思い出したような顔で続けた。


「おおっと忘れてた。掃除がうめえ奴は終身名誉清掃員になれるぜ。もしなれれば、刑の執行は先送りだ」

「そんな……」

歓喜の表情で男は小躍りした。何を隠そうこの男、掃除が大の得意だった。


男の表情を見、

「そんな顔をしてくれるな。何もずっとって訳じゃない。失態を冒せば執行されるぞ」

と声を荒げる赤鬼だった。



――



長い時間が経ったある日。


あの男はまだ掃除に勤しんでいた。

顔に浮かぶ表情は、希望。

先人たちが遺した残骸の後片付けや、執行に使われた拷問や処刑用具の手入れと整備を、嬉々とした顔で行っていた。


今日も男は、清掃員に与えられた小さな居住に帰宅する。

他の人間は住居など与えられるはずもなく、比較すると破格の待遇と言えた。


周囲の人間と「天と地」程、差があったのだ。


すると、男は呟いた。


「ここは天国か」

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天国と地獄の掟 仇花七夕 @adabanatanabata

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