天国と地獄の掟
仇花七夕
天国の掟
カンカンッ
「無罪。天国行きを言い渡す」
振り下ろされた柔からな木槌の音とともに判決が下された。
やっとの事で十王による裁判を終えると、男は安堵した様子でその場にへたり込んだ。
まさか、十度に渡って裁かれることになるとは思っても見なかった。
閻魔大王の持つ浄玻璃の鏡には驚かされた。どうやら生前の行いを事細かに映し出すだけではなく、他人に及ぼした影響さえも見ることができるらしい。
他人が見ていなくとも、と積み上げてきた善行がまさかこんな形で自分に返ってこようとは。
「迎えの使者を待つといい。死後の世界でも善行を忘れずにな」
そう言い残し、十王たちは退廷した。
極度の緊張と圧迫感から開放され、思わずため息をついた。
もし悪事に手を染めていたらと考えるだけでも恐ろしい。良いことはするべきだ。
陰徳あれば必ず陽報あり。
などと裁判を反芻しているうちに迎えの使者が到着したようだ。
天から舞い降りた二つの光。
「お迎えに参りました。さあ」
男は、その頭上で輝く光輪や、まばゆく白い衣に目を奪われた。
使者がその両手を叩くと、男の視界は光に包まれた……。
男が目を覚ましたのは雲海の上、のような所だった。
雲を踏める道理は今生にはなかったもので、思考の混濁を生んだ。
この小高い丘から見渡す限り、娯楽施設のオンパレードだ。
生前楽しんだどんな娯楽でも再現できると主張しているかのようだ。
カラオケやボウリング場に始まり、遊技場や歓楽街のようなものまで遠目で見える。
「ここは……」
「天国へようこそ。ここは文字通りパラダイス! ゆっくりと堪能するといい。」
先程の使者とは別の天使がニコニコと笑いながら話しかけてきた。
「ただその前に、一仕事してもらわなくてはならない」
「何をすればよろしいのでしょうか?」
「ただの清掃だよ。ここの掟でね。新入りには天国にある全施設の掃除や整理整頓が義務付けられているのさ」
「この広大な天国の施設を全てですか?」
「ああそうだね、全力で楽しむ前の最後の善行と言ったところだね。ここに来るような人間には苦でもないはずだ」
涼しい顔の天使は小さな笑い声を上げると、何かを思い出したような顔で続けた。
「おっと忘れていた。掃除が上手でない場合は終身名誉清掃員にされてしまう。もしされれば、パラダイスはお預けだ」
「そんな……」
悲観の表情で男は立ち尽くした。何を隠そうこの男、掃除が大の苦手だった。
男の表情を見、
「そんな顔をしないでおくれよ。何もずっとって訳じゃない。上達すれば卒業できるさ」
と声をかける天使だった。
――
長い時間が経ったある日。
あの男はまだ掃除に勤しんでいた。
顔に浮かぶ表情は、絶望。
先人たちが堪能したであろう豪華な食事の後片付けや、楽しんだであろう娯楽用具の手入れと整備を、苦々しい顔で行っていた。
今日も男は、清掃員に与えられた小さな居住に帰宅する。
他の人間は豪邸が与えられており、比較すると微妙な待遇と言えた。
周囲の人間と「天と地」程、差があったのだ。
すると、男は呟いた。
「ここは地獄か」
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