君という壁を超えたくて

あばら🦴

びっくりするほどの―――

 俺はまだ二軍だった。

 同じクラスの釜木かまきは高校一年からレギュラー入りしているというのに、俺は二年になってもレギュラーになれないでいる。


 放課後、部活の練習の時間が終わったあとも俺は一人残っていた。

 このままではダメだ―――そう思ったからだ。

 体育館の中で全裸の俺は、だだっ広い空間の真ん中に置いた練習用のベッドと向き合った。


 長く息を吸う。今までの練習を思い出せ。今までの教えを思い出せ。今までの悔しさを思い出せ。

 釜木は俺が出会った時から天才だった。この高校に入学して同じクラスで同じ部活だったのですぐ知り合ったが、彼の圧倒的な才能の前に俺は何も出来なかった。

 だがそれを今から変える―――

 心を入れ替えたと同時に深く息を吐いた。


 尻を両手で叩きながら白目を向いた。

 パチンパチンと肉のぶつかる音が無人の体育館にこだまする。

 音を聞いて考えた。俺の叩く音は釜木の音と比べてどうだろうか。

 張りが無く音も小さい気がする。

 そう思うと我慢出来なかった。翌日の痛みなんて気にしてる場合じゃない、と。


 バチン!バチン!とさらに強く高鳴る鼓動が体育館を満たした。

 この音なら……いやもっと!もっと強く!釜木と並ぶ程の!超える程の音を!

 段々と俺の両腕はさらに素早く力強く振られる。

 満足行くまで歯を食いしばりながら一心不乱に尻を叩く、叩く、叩く―――


『これだ』

 ある音でふと、本能で理解した。

 俺は無我夢中でベッドを昇った。

「びっくりするほどユートピアアアッ!」

 そしてすかさず降りる。

「びっくりするほどユートピアアアッ!」

 ダメだ、全然!

 釜木と比べてフォームが美しくない。声が出ていない。昇る踏み込みが悪い。降りるスピードが遅い。


 ―――いやこれは、最初から分かっていたじゃないか。

 この途方もない壁を超えるのが嫌だったから、今まで放ったらかしにしてたんだ。

 釜木という壁を超えるために待ち受ける試練。それに今までビビってたんだ。


 ……今までの俺よ、さようなら。


 俺は全力でベッドを踏んで昇った。

 そして釜木の存在に、これから降りかかる試練に、弱かった自分に、肺を振り絞って叫んだ。

「びっくりするほどユートピア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッァアアァッッッ!!!」


 それからどれほどベッドを昇り降りしただろう。

 分からないが、もう喉はギブアップしている。身体の全身の筋肉が燃え尽きてしまった。俺は汗だくのまま体育館に大の字になる。




 いや、股間のモノで『太』の字か。

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君という壁を超えたくて あばら🦴 @boroborou

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