幸せな食生活とは ~卵も牛乳もアレルギーで食べることができなくなりました~

紅狐(べにきつね)

一番幸せな食生活


 今日も同じ一日が始まる。

朝起きて、ご飯を食べて、学校に行く。

同じような毎日が繰り返される中、それでも俺は毎日が充実していた。


「おはよ」


 いつもと同じ時間に台所に行く。

冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぎ、椅子に座ってテレビをつける。


「早く食べちゃいな」


 母さんがトーストとベーコンエッグを出してくれた。


「いただきます」


 朝のニュースを見ながらパンをかじる。

香ばしいパンのにおいにバターの甘い匂いが食欲をそそる。


「スープ飲むかい?」

「何のスープ?」

「今朝はコンポタージュを作ったんだけど」

「食べる」


 甘い匂いとともに、カップに注がれたコンポタージュ。

表面に浮かぶクルトンが沈みかけていた。


 パンを食べながらベーコンを口に運び、牛乳を一口飲む。

パンもスープもベーコンもおいしい。


──ピンポーン


「むかえにきたんじゃない?」


 毎朝同じ時間にやってくる。


「はーい。あがっていいぞー」

「お邪魔しまーす」


 玄関から声が聞こえる。

制服姿の幼馴染は俺の隣に座り、俺を見てくる。


「おはよ」

「おう。おはよーさん」


 毎朝迎えに来てくれる優衣(ゆい)は隣に住む幼馴染。

小学校からの付き合いで、高校までずっと一緒だ。


「いい匂いだね。今朝はベーコンエッグ?」

「あぁ、食べるか?」

「いいの? 誠のご飯なくなっちゃうよ」


 全部食べる気か?

俺はフォークで一口分だけカットし、幼馴染の口に運ぶ。


「ほれ」

「あんがと。いただきます」


 笑顔でほおばる優衣は、おいしそうに食べている。


「ごほっ! ごほっ! んっ……」


 突然苦しみだし、優衣はその場に倒れた。

そして、呼吸が荒れ苦しそうにしている。


「か、母さん!」

「どうしたの! 優衣ちゃん!」


 俺は救急車を呼び、すぐに優衣は病院へ運ばれた。

そしてその日は優衣は学校を休み、翌日も俺の家には来なかった。



 ◆ ◆ ◆


「おはよ! こないだはごめんね、急に倒れちゃって」

「大丈夫なのか?」


 倒れた日から三日後、優衣は何もなかったような顔をして俺の家に来た。

そして、ソファーに転がりながら雑誌を読んでいる。


「うーん、それなりに大丈夫かな? 家は結構大変みたいだけど」

「どういう意味だ?」

「アナフィラキシーって知ってる?」

「聞いたことはあるけど……」


 確か食べ物のアレルギーで反応が出るってやつだよね?


 優衣はアナフィラキシーと言われたらしい。

恐らく原因は卵で血液検査をしており、結果を待っているとのこと。


「多分、卵とか牛乳とかだと思うんだけど、食べちゃダメだって」

「食べたらどうなるんだ?」

「また倒れるかもって。最悪命に……」


 まじか。ついこないだまで普通に食べていたのに……。

優衣はもう食べることもできないのか?


「ははっ、残念だね。卵結構好きだったんだけど」

「そっか……。でも、検査の結果はまだなんだろ?」

「まだなんだけどね……」


 数日後、結果が出た。

卵、牛乳、小麦などの数値が高いらしく食べてはいけないと。


「残念! 誠のお母さんのご飯好きだったんだけどね。食べることできなくなちゃった」

「そっか……。でも、いつか食べられるようになるんだろ?」

「わからない……。でも、食べない方がいいって」


 その日から俺は調べた。

アレルギーの事。卵とか牛乳に含まれる成分の事。

食べてはいけない料理などは思った以上に多かった。


「なんだよこれ……。ほとんど加工食品はダメじゃないか……」


 クレープもケーキもダメ。

いままで普通に食べていたお菓子もパンもダメ。


「いったい何を食べればいいんだよ……」


 優衣は学校では明るくしているが、俺と二人の時は結構落ち込んでいる。

みんなと一緒に食べていたものがダメになってしまった。

カフェにも誘ってもらえなくなり、だんだんと一人でいる時間も増えているように見えた。


 そんなんじゃダメだろ!

俺が何とかしてやる! 調べてみると優衣と同じように牛乳や卵が食べられない人がたくさんいる。

でも、食べることは大切なことであり、楽しい時間を過ごすもの。

我慢してつらい思いをしていい訳がない。


「優衣~。今日カフェに行ってケーキでも──。あっ、ごめん……」

「気にしないで。私はいいからみんなで行ってきなよ」


 少し躊躇するようなそぶりを見せた優衣の友達も、優衣を教室に残し帰っていった。


「ケーキ、か……」


 そんなつらそうな顔するなよ。


「優衣。帰るぞ」

「帰る?」

「今日は俺が優衣の夕飯を作ってやる」

「な、なんで?」

「いいから! ちょっと付き合えよ」


 優衣の手を取り、自宅近くのスーパーに。

ここだったらきっとそろうはず。


 俺はスマホとにらめっこしながらどうしたらいいか考えた。

食べてはいけないものがあるなら、食べられるもので何とかすればいい。


「ダメなのは牛乳と卵だけか?」

「それもなんだけど、できるだけ取らない方がいいものも結構あったみたいで……」


 小麦、甲殻類、バナナ、魚卵、油……。

思ったよりも多い。


「なんでそんなにダメなんだ? 今まで食べていたんだよな?」

「食べてた。でも、確かに食べた後に口の周りがかゆくなったり、おなか痛くなったり、体がむずむずしてたんだよね」

「気にしなかったのか?」

「うん。しばらくたつと治ったから、大丈夫かなって。でも、こんなにアレルギーがあるなんて……。私、何を食べたらいいんだろ……」

「心配するな。俺が何とかしてやる」

「誠……」


 カゴにドンドン食材などを入れていく。

思ったよりも金額が跳ねるような気もするけど、気にするな。

会計が終わり、大き目の袋を二つ手に持ち帰路に就く。


「思ったよりも買い込んでしまったな……」


 初めての事なので、とりあえずって感じで何でも突っ込んでしまった。


「お金、だすよ?」

「いらん。これは俺の挑戦だ。お前は黙ってできたものを食べろ。味見役だ」

「そう、なんだ……。何つくるの?」

「できてからのお楽しみ!」


 帰宅するとなぜか誰もいない。


「かーさ-ん? いないの?」

「置手紙あるよ」


『今日はお父さんとデートしてきます。夕飯は適当に。母より』


 な、なんだって! ん? でも、よく考えたら好都合。

台所ゲットだぜ!


「優衣、家に電話しておけ。今日はうちで食べて帰ると」

「うん。安心して食べていいだよね?」

「もちろん。今日買った食材を中心に反応が出そうなものは一切使わない」

「わかった。誠が料理するの初めて見るけど信じるよ」


 優衣は俺を信じてくれる。

俺はどこまでできるんだ……。自分へ挑戦が始まった。


 油は一切使わない。どんな油がだめなのか分からないしな。

鍋を火にかけ、中火に設定る。


 予め切っておいた玉ねぎとニンジン、ジャガイモをゆっくりと炒める。

そして隣で沸騰しているお湯に買ってきた豚肉の細切れを入れて、油抜きする。


 茹で上がった豚肉を皿にのせ、脂肪の部分を全て取り除く。

その隣ではきつね色になった玉ねぎからいい匂いがしてきた。


 ほんの少し塩をふりかけ、皿の豚肉を入れる。

さらに中火で軽く炒める。強火はダメだ。野菜も肉も焦げてしまうからな。


 頃合いを見図り鍋に水を入る。たまに灰汁を取り、温まったら追加でこんにゃくと仙台名物笹かまを投入。


「誠?」

「なんだ?」

「額から汗出てるよ。大丈夫?」

「大丈夫だ。慣れないことをしているんだ、黙っててくれ」

「うん……」


 よし、灰汁も出なくなった。

めんつゆ、醤油、砂糖にみりんをそれっぽく入れる。

よし、あとは弱火で煮込むだけだ。


 次!


 鰹節を入れた鍋に水を張り、大根とニンジンを入れ火にかける。

これも沸騰しすぎないように中火。料理の基本は中火でゴー!


 灰汁をとって、最後に葉物を入れ火を止める。

味噌をお玉にのせ、そのまま鍋に投入。しばらくそのまま放置し、あとで味噌をととかす。


 次!


 ほうれん草のお浸しはサクッとゆでて終わり。

そして俺はメインメニューに取り掛かる。


 皮をとり、下味をつけたモモ肉。

産地限定のちょっといいモモ肉だ。このつやといい、形といい……。


 牛肉は牛乳のアレルギーがあるから使えない。

だったらほかの肉でうまいもんを作ってやる!


 下味をつけていたモモ肉を少し薄めにスライスしていき、火が通りやすいようにする。

そして、鍋に玉ねぎとニンジンをやや小さめに切って弱火で炒め始めた。

火が通った後にモモ肉と一口サイズに軽くゆでてあるブロッコリーを入れる。


 全体に火が通ったな。八分目まで水を入れ、コンロの火を中火へ。

灰汁をとりながら、俺は真剣な目で鍋を見つめる。


「誠さ、なんでそんなに真剣なの?」

「当たり前だろ。優衣が食べるんだ、遊びで作っているはずないだろ」


 心なしか優衣の頬が赤くなっている気がする。

ま、台所にも熱がこもってきたしな。ん? これが原因か!


 換気扇のスイッチを入れ、こもった熱が逃げていく。

優衣はこれを教えたかったのか?


 コトコトに込まれてきた鍋。灰汁もなくなり、いい感じに見えてきた。

多分、これでいけるはず! うぉりゃぁぁぁ!


 両手で持った豆乳パックを軽く振って、鍋に投入。

豆乳だけに投入……。


「ふふっ……」


 思わず笑ってしまった。


「何がおかしいの?」

「なんでもない」


 優衣が不思議そうな顔で俺を見ている。

この高度なギャグはきっとい優衣には理解できないだろう。


 全体的にクリームっぽくなってきた。

さらに! スプーン一杯でいいお味に!

と思いながらコンソメを入れてみた。ついでにちょっとの砂糖も。

鍋がタプタプになってくる。


「こんなもんかなー」


 ぐるぐる回しながらちょっと味見。うん、いい感じ!


「それって、スープ?」

「スープかな? クリーム煮かな?」

「でもスープだったら随分サラサラだね」

「ふふん、これからよっ」


 水で溶かした片栗粉。これが今回の大きなポイントなのさ。


「こうすれば、こうなる!」

「とろみが出てきた!」

「どうだ、いい感じだろ?」

「うん、いいにおいがしてきた」


 よし完成だ!


「できた! 結構時間かかったけど、食べてみてくれ!」


 温かいご飯に味噌汁。

ほうれん草のおひたしにヘルシー肉じゃが。

そして、メインはモモ肉の豆乳クリーム煮だ!


「どうだ!」

「お、おいしそう! 食べてもいいの?」

「あぁ、油も少なくした。牛乳も卵も使っていない。多分大丈夫だと思います!」

「い、いただきます」


 笑顔で食べ始めた優衣。久々に笑顔を見た気がする。


「じゃ、そのまま食べててくれ」

「誠は?」

「台所でちょっと」

「かたずけ?」

「そんなもんだ」


 軽く台所を片付けて、次のメニューだ。

小麦も卵もダメ。乳製品もダメ。だがしかし、米粉と豆乳ならいける。


 米粉をベースに生地を作り、豆乳クリームを泡立てる。

イチゴをカットし、下準備。

オーブンの予熱も終わった。準備した生地をオーブンに入れ、しばしまつ。


 テーブルで食事をしている優衣はおいしそうに食べている。

なんか、ちょっと嬉しいかも。


 焼きあがったケーキをカットし、バニラエッセンスとかを塗りまくる。

そして、カットしたイチゴを挟み、豆乳クリームで飾っていく。

上にもイチゴがもりっと、クリームももりっと。


 もしかしたら俺料理人になれるかも。


「誠、この肉じゃがおいしいよ!」

「そっか、それは良かった」


 俺の作った料理を笑顔で食べてくれる優衣。

それを見ているだけで俺は少し心がホワンとしてきた。


「ごちそうさまっ。誠、ありがとう。すっごくおいしかったし、その……」

「なんだ? まずいところでもあったか? だったら教えてくれ。勉強になるから」

「違うの。あのね、嬉しかった。私の為に作ってくれたのが、本当にうれしくて……」


 少しだけまぶたに涙を浮かべる優衣。

そんな泣くことあるか?


「なに泣きそうになってるんだよ。ほら、おまけも出してやるから」

「泣いてなんかない! って、おまけって?」


 俺は出来上がったケーキをワンカットお皿に乗せ、優衣の目の前に出す。


「ほら、デザートだ」

「嬉しいけど……、さすがにケーキは無理だよ」

「心配するな牛乳も油も卵も使っていない。使ったのは米粉と豆乳だ」

「米粉と豆乳?」

「あぁ、調べたらこれでもケーキができるって。最近食べてないんだろ?」

「食べてない……。いいの? 食べて平気?」

「ほら、口明けろ」


 俺は一口サイズのケーキをカットし、優衣の口に運ぶ。


「あーん」

「じ、自分で──」

「いいから食べろ!」


 ちょっと無理やり優衣の口に放り込む。


「甘い……」

「だろ。ほら、もう一口」

「自分で食べる」


 フォークを持っていかれた。


「んじゃ、紅茶でも入れるか」


 ポットに紅茶を入れ、カップとセットで出してみる。


「誠って料理できたんだ」

「できるはずないだろ。今日の為に調べまくった」

「テスト近いのに?」

「まー、それはそれ。これはこれ。まだケーキあるぞ」

「……なんでそこまでしてくれるの?」


 なんで? なんでだろ?

あの日優衣が倒れて、俺には何もできなくて……。


「何とかしたかった」

「なんとか?」

「今の優衣を見ていると、なんか前よりも元気ないし、寂しそうだったから」

「そんな風に見えてたの?」

「見えた。俺にもできる事がないか探した。優衣にまた、笑顔になってほしいから……」

「バカ……」


 微笑みながらケーキを食べる優衣は、最近見せることがなかった笑顔になっている。

その笑顔を俺はずっと見ていたい。


「クリームついている」


 俺は優衣の頬についたクリームを指で取り、自分の口に運ぶ。

うん、いいお味ですことっ。


「な、何してるの」

「味見。思ったよりも甘かったかな?」

「そんなことないよ。とっても優しい味。誠のやさしさがたくさん入ってる」

「それっておいしいって事?」

「おいしいよ。一口どうぞ」


  優衣の差し出すケーキを一口食べる。


「うん、なかなか……」


 か、間接キスじゃないこれ?

いや、ここで動揺してはいけない。


「また、作ってくれる?」

「もちろん。これからもずっと作ってやるよ。あと、今度一緒に作ってみようぜ」

「うん……。こ、これからもって……」

「この先ずっとだ。その、優衣がいいなら、この先もずっと、その、あの……」

「何年も先、ずっと先まで考えていいのかな?」


 い、言うなら今しかない!


「お、俺は優衣と一緒に、ずっと一緒にいたい! だから、俺と付き合ってもらえないか?」

「もし結婚したら家から卵も牛乳もなくなちゃうんだよ? それでもいいの?」

「それでもいい。俺は優衣と一緒に食べることが一番幸せだから」

「私も誠と一緒に食べるのが幸せ」

「優衣……」

「こんな私でもいいなら、末永くよろしくお願いします」


 もし、幸せな食生活って何ですかと聞かれたら答えは一つ。

優衣と一緒にご飯を食べる事。


 もし、卵や牛乳が家からなくなったどうする? 

無ければ無いで、何とかなるさ。


 もし、この先もずっ優衣と一緒にいる事ができればきっと俺は幸せになれる。


 ◆ ◆ ◆


そして月日は流れ──




「パパー! ケーキが食べたい! イチゴがたくさん入った!」

「よーし、じゃぁ作るか! ケーキ屋さんのケーキよりもたくさんイチゴ乗せちゃうぞー!」

「やったぁー!」

「誠、今日は一緒に作らないの?」

「じゃぁ、一緒に作るか!」

「私も一緒に作る! パパとママの想いでケーキなんでしょ!」


 俺と優衣の想いでケーキ。

でもそれはきっと娘の想いでケーキになっていく。

 

 家族みんなで食べる食事が、一番幸せな食生活。

今日も家族そろって、いただきます。



──<あとがき>──

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

作者の紅狐(べにきつね)です。


今回の短編は食事に対する想いを少しだけ書いてみた一作品です。


作者の家族もアレルギーがあり、卵や牛乳がアウトです。

食べるとブツブツが出たり、せき込んだり、熱が出たりします。

ある日、子供が熱を出して検査してみたら卵や乳のアレルギーがあったのです。

数値が高く、食べないように指導されました。

あるひ突然家から卵や牛乳が消えたのです。

数か月は大変でした。なくなった食材の代わりをどうすればいいのか。

簡単に作っておかずになっていた卵焼き、毎朝飲んでいた牛乳、寒い時のお供ホットミルクが消えました。

それらを使わないで調理する。大変でしたが今は何とかなりました。


読者の皆様も幸せな食生活が送れますように……。


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よろしくお願いします。




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幸せな食生活とは ~卵も牛乳もアレルギーで食べることができなくなりました~ 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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