第24話 愛を感じて

 式こそまだだけど、正式に籍をいれた。これで名実ともに雅美は美野里のものだし、美野里も雅美のものだ。これでもう、今までみたいに雅美が過剰に不安になったり嫉妬したりすることもないだろう。

 まだ数日前で、全然生活で結婚した実感なんてない。けれど顔を見るだけで幸せな気持ちになる。


「……」


 だと言うのに、今日は帰ってからずっと雅美はふくれっ面であった。今日の朝までずっと笑顔だったのに、いったい何があったのか。と言うか自分から何も言わず、表情以外いつも通りなのが逆に恐い。


「ねぇ、何か私に言うこと、ないわけ?」


 夕食後、落ち着いたところでさぁ言おう、としていたことをそのまま先に言われてしまった。言いたいことがあるなら自分から言えばいいのに。


「えー、なになに、愛してるの催促?」

「……ヒント、駅よ」


 絶対違うだろうな、と思いながら言ったら一瞬鬼みたいな顔をして、だけどすぐに何だか複雑そうな、何かを考えるような困惑してるような表情になってそう雅美はヒントを出した。

 それをいわれると美野里にもピンときた。確かに今日、帰り、最寄り駅でいつもと違うことがあった。


 美野里は大学生になってからずっと家庭教師のバイトをしている。稼ぎもいいし、性にあっていたようで評判も上々だ。それはいいのだけど、どうにも親身になるからか、年下に好かれるタイプだったのか、生徒から必要以上に好かれていたのだ。

 駅でたまたま生徒の一人と遭遇したのだけど、指輪から結婚の報告をしたところ告白されてしまった。もちろん今後の関係もあるので当たり障りなく断ってきたし、だから無駄に嫉妬させたり不安にさせる報告の必要もないのだけど、どうやら見られていたらしい。


「あのさぁ、見てたならわかってると思うけど、確かに告白されたけど、普通に断ったんだよ? 何がそんなに不満なの」

「断るのは当たり前じゃない。でも、だって、生徒なんでしょう? これからも顔を合わせるのに、言わないなんて、本当はなにか、その、ちょっとはあるのかとか、そう思うでしょう?」


 美野里の方が逆に不満です、と言わんばかりのいやそうな顔でそう言ってやると、説得力はあったようで雅美はちょっと気まずそうな顔になって言い訳するようにそう唇を尖らせながら答えた。

 そんな顔も可愛いけど、ここで甘やかすとよくない。と美野里はあきれ顔をつくって、わざとらしくため息をつきながら雅美の膝をぽんぽん叩いてやる。


「はー、ないよ。あのさぁ、結婚までしたのに何で信用無いかな」

「……信用、してないわけじゃないわよ。今も全然思いつかないから、あれ、逆に本当に何の後ろめたさもないのかしら? って思ったわよ。でも、じゃあ、何で言わないのよ! まさか忘れてるわけじゃないでしょう?」

「言うほどでもないって、どうでもいいことなんだし。逆の立場ならわざわざ報告された方が嫌だから言うって発想がなかったの。そんなことでいちいち不機嫌にならないでよ」

「そんなことって……待って。もしかして、今まで嫌だったの?」


 美野里の雑な対応に一瞬むっとした雅美だったが、すぐに停止してからなにやらにやにやしだした。美野里は今度は全力の本気でため息をつく。


「あのさぁ、いい気分なわけないでしょうが」


 雅美はモテる。顔がいいので、恋人になる前からもそうだったし、なってからも美野里がいてもお構いなしで目の前で告白する人すらいる。でももちろん、全て断っているしそれは疑わない。それでもそう言う目で見られて言い寄られていると言う時点でいい気分ではない。

 まして雅美は恋人になってからはいちいちそれを報告してくるのだ。どこどこの誰々に、前から好きだったと告白されたとか、嫉妬させようとしているのはわかるけどにやにやと嬉しそうに報告されて平気でいられるわけがない。


「いつも、あっそって興味なさげにしてたのに! やだ! 嫉妬してたの!? 言いなさいよ!」

「やだよ。カッコ悪いし。恋人がいるってわかって告白してくるやつにむかつくだけで、雅美が悪いわけでもないし、言ったってモテるのは仕方ないんだから。そんなのでいちいち嫉妬して問答するくらいなら、その時間に雅美とキスでもしてた方がいいでしょ」


 嬉しそうにテンションあげて肩をばんばん叩かれるけど、冗談ではない。みっともない姿を見せたくないのもあるし、それをしたってどうしようもない。呆れるくらい告白されている雅美にいちいち嫉妬してるのを出す方がめんどくさい。

 あと単に、わざとらしい雅美の態度自体もいらっとするからその思惑にのりたくない。


「私は嫉妬してほしかったし、どうにもならなくても我儘を言ってほしかったわ。うーん、でも、嫌だったなら、これからは言うのやめるわ」

「そうして。もちろん、しつこい人とかで迷惑だったり困ったら相談してほしいけど」

「ん、わかってるわ。じゃあこの間、竹内先輩に告白されたのも黙っておくわね。あ、言っちゃったわ」

「雅美はほんとにさぁ……」


 ニコニコしながら反省したような言葉を口にして、舌の根もかわかないうちにめちゃくちゃわざとらしく口元を押さえながら報告された。

 竹内先輩と言うのは雅美と同じ学部で美野里も面識がある。顔がよく面倒見もよく人気のある先輩だ。あんな風に爽やかで性格のいい人まで毒牙にかけるとは、雅美の顔面が強すぎる。


 仕方ない。嫉妬している姿が見たいと、新婚の嫁がリクエストしているのだ。美野里は一息ついてからそっと雅美の頬に触れた。


「雅美、よくそんな風にニコニコしながら言えるよね。ちょっとは嬉しかったの? 言っておくけど、もう雅美は私の物なんだ。嫌だって言っても、離してあげるつもりはないよ」

「ふふ。やぁねぇ。別に、離れるつもりはないわよ?」


 とっても嬉しそうだ。何だかそんな顔をされると、見ている美野里まで楽しくなってくる。顔を寄せてちゅっとキスをして、そのままソファに押し倒して上から見つめて嫉妬を続ける。


「そんなこと言ってるけど、でも告白されるくらいには親しくしてたんでしょ? 妬けるなぁ。私のいないところで、どんな可愛い顔してたの?」


 雅美の髪を一筋とって持ち上げ、雅美と見つめ合った目はそらさないまま髪にキスをする。雅美はうっとりと目を細める。


「そんな顔を私以外に見せてると思うと、気が狂いそうになるよ。もう二度と、腕の中から出したくないくらいに」

「もう、やだ。こんな緩んだ顔、美野里以外に向けるわけないじゃない。ふふ」


 つんつん、と雅美はのんきに美野里の頬をつついてきた。熱烈に嫉妬してみせたはずだけど、わざとらしすぎただろうか。喜んでいるならいいけど、実のところまあまあ本気でもあるのだけど。


「はぁ。あのさぁ、雅美。私だって同じなんだから、いちいち報告しなくていいってこと、わかるでしょ。嫉妬はするけど、それを出して文句を言ったり揉める必要はないってこと」

「いいじゃない、嫉妬をだしたって。私は嬉しいし、揉めないわ」


 雅美はそう嬉しそうに言って顔をあげて美野里にキスをした。頭をささえてそれに応えてから、手をおろして起き上がり、雅美も体も引き起こす。


「嫉妬されるの自体は私だって、嫌な気分じゃないけどさぁ。雅美が嫉妬してる嫌な顔されてると、こっちは落ち着かないし、できるだけ笑顔の方がいいでしょ。だから言わなかったの。生徒との関係に一切やましいことはないし、私は雅美しか見えないし、これからも告白されても報告はしません。この話はこれで終わり。いい?」

「えー。もっとしましょうよ。私しか見えないくだり、もっと聞きたいわ。と言うか、そう言う言い方するってことはまさか、今までにも私が知らないうちに告白されていたんじゃないでしょうね」

「……いやまあ、雅美ほどじゃなくてもね、人並みにはね」


 高校時代まではほとんど雅美といたのでそうでもなかったが、大学生になり同棲している安心感から日中は前ほどべったりではないし、交友関係もひろがったことでそういうこともなくはない。


「な、なによそれ! それこそ私がいないところで八方美人に色目つかってるんじゃないでしょうね!」

「だーかーら、こういうやり取りが嫌なんだって。ていうかほんとに信頼しなさすぎ。結婚までしてるんだから、いい加減私の気持ちも信じろって」


 新婚早々、どうしてこんなに怒られないといけないのか。一切後ろ暗いことはないし、怪しいこともしてないし、疑われる要素もないのに。

 一瞬で沸騰した雅美に、とりあえず抱きしめて頭をよしよし撫でながら言い聞かせるようになだめると、雅美は目をそらした。


「う、気持ちを疑ってるとか、そう言うのじゃないわよ。でもだって……」

「前から思ってたけど、雅美はさ、なんか自分ばっかり好きと思ってない? 違うからね? 雅美からの大きな愛、私も感じてます。でもそれと同じくらい、私も雅美のこと好きなんだからね?」

「……」

「ほらー、疑ってるじゃん」


 ちゃんと両肩つかんで正面から顔をあわせて言ったのに口元をゆがめて半目になられた。新婚で見せる顔ではない。指摘に雅美はしゅんと肩をおとすようにしながら美野里をちらちら見る。


「それはその……疑っていると言うか、美野里は、ちょっと軽いと言うか、そのままのあなたがもちろん好きなわけだけど、その……今、私のことを好きで、一番と思ってくれていること自体は疑ってないわよ? ただその……」

「はいはい、今は信じてても、私が心うつりするかもとか、好きな気持ち減るかもと疑ってるんでしょ。わかったわかった。じゃあ今日は、未来永劫信じられるまで思いをつたえるよ」


 前からそんな感じはしていた。思いの強さで負けている気持ちは一切ないけど、雅美自身は全然そう思ってなくて、ちょっと必死みたいな感じがする。一緒に暮らせば、結婚すれば、自然と雅美も美野里の気持ちの強さに気が付くだろうと思っていた。

 でもどうもそうではないようだ。ならちゃんと、納得するまで話すしかない。


 美野里はソファにしっかり深く座りなおし、雅美の肩をだきよせて目元にキスをして目をあわせる。


「……」


 わくわくと瞳を輝かせて待っている雅美に、美野里は気合を入れて可能な限り甘い声で囁くように思いを口にする。


「もう何度か言ってるけど、伝わってないみたいだからちゃんと言うね。私には雅美だけだよ。雅美と結婚したのも、雅美が世界で一番大好きで、雅美とずっと一緒にいたいからだよ」

「……」

「世界で、とか言うとまた、雅美はさ、自分は宇宙一とか張り合ったこと考えるかもだけど、そう言うのは比較しようがないでしょ。私にとって、私には雅美しかいないって。それだけが事実だよ」

「……」


 今までも散々愛し合ってるし、言葉だってたくさん交わしたけど、さすがに素面で明るい中で普通に言うには気恥ずかしさがある。それでも雅美が望むならなんてことはない。

 雅美も美野里の本気がわかっているのだろう。嬉しそうに、頬を染めながら満足そうに聞いてくれている。


「これでもまだ、私の気持ちがずっとだって、信じられない?」

「……もっと」

「いいよ。私には雅美しかいない。もし雅美が死んじゃっても、雅美だけを思い続けるし、他の誰も目に入らないよ。生まれてからずっと、雅美以外を思ったことなんてないんだから。雅美以外を特別に思ったこともないのに、これから他の誰かを特別に思うなんて考えもつかないし、絶対無理だよ」


 うっとりしながら催促する雅美に、美野里はできるだけの言葉を重ねる。


「もっと」

「もし記憶を持って生まれ変わったら、たとえ雅美と出会えなくても、ずっと雅美を探して、見つけるまであきらめないよ。他の誰かなんて、目に入らないから」

「んん。そこは、記憶がなくても探してほしいわ」


 それはさすがに物理的に無理がある。とは思いながらも雅美はよしよしと雅美の肩を撫でながら続ける。


「記憶がないならないで、きっと出会うだろうね。私たちが今、出会ってこうなってるように。きっと運命の神様がそう決めてるんだろうね。こんなにも人を愛するなんて、そうじゃなきゃ説明が付かないからね」

「ふふ、もっと」


 それから三十分。いい加減内容がループしてしまってはいたけど、雅美が嬉しそうなので美野里は求められるまま愛の言葉をささやき続けた。

 さすがに喉が渇いて限界だったので勘弁してもらった。まだ欲しがってはいたけれど、いかな雅美でも美野里が重い愛を抱いていると理解してくれたようで満足そうに納得してくれた。


「ふふふ。美野里ったら、本当に私の事が大好きなんだから」

「うんうん。そうだね、大好きだよ」


 そしてこんな人によっては重くて引きそうな愛を雅美も持ってくれていると確信できる程度には感じている。美野里も今まで十分伝えてきたつもりだし、むしろ雅美よりはっきり言葉にしているので伝わっていてほしかったけれど、今回でもちゃんとわかってくれたなら十分だ。


「しょうがないから、家庭教師のバイトも見逃してあげるわ」

「うんうん」


 バイトをやめる話なんて一つも出ていないしそんな気は一切なかったのだけど、とりあえず頷いておく。


「じゃあ雅美、次は雅美の番ね?」

「え? ……今のは私を安心させてくれる為に気持ちを吐露してくれたのであって、すでに私の思いを確信している美野里にはいらないでしょう?」


 疲れた喉もうるおして休憩させたので、今度は雅美からの言葉を聞くことにする。本音に間違いないし、自分から伝えたけれど気恥ずかしいのも本当だし、せめて雅美にも言ってほしい。自分だけとかずるい。

 なのに雅美はきょとんとして、目をそらして回避しようとする。雅美が恥ずかしがりやなのは知ってるし、素直になれないだけで思ってくれてるのは知ってる。知ってるけど、それはそれである。

 と言うか自分が知っていても嫉妬していた癖に、自分は逃げるのはなしだ。結婚もしたのだし、流れもいいので改めて言葉で聞きたい。


「いーや、ほしい。ていうかあんまり直球で言ってくれないし。いい機会だし、これから雅美もさらけだしてよ」

「い……は、恥ずかしいから、向こうの部屋でも、いい?」

「んー、しょうがないなぁ!」


 雅美は頬をそめながらそっと寝室を指さした。愛を囁きながらお互い体にちょっとずつ触れ合っていたし、十分に温まっている。だからこそ始める前に言葉で聞きたかったのだけど、電気を消した寝室に入ればうやむやになっていつも通り言葉じゃなくて体で伝える流れになってしまうに決まってる。

 だけどその控えめな誘い方がまた可愛らしくて、きゅんとしてしまったので許してあげることにして美野里は雅美を半ば抱っこしたまま立ち上がった。


 こうして今夜も熱い新婚の夜が更けていくのだった。


 美野里の思いを込めた告白で少しは自信を持った雅美は以前ほどはすぐ嫉妬しなくなった、のはいいのだけど、むくれたふりをしてまた言葉を尽くさせようとするようになった。

 目を見れば本気で言っているかどうかはわかるけれど、可愛いので付き合ってあげる為、結局今までと雅美の態度自体はあまり変わらないのであった。

 まあ、本気で不機嫌にならない分気楽にはなったから、いいかな。と思いながら、美野里は今日明日も明後日も、雅美に愛を囁くのだった。





プロポーズ編。おしまい。

後日談完結。


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クール小悪魔美少女に嘘告されて付き合ってあげる幼馴染み百合 川木 @kspan

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