始海アジのイカダ焼き・下

 イカダ・ベースとはOLIVE号の外に取り付けられた桟橋のことである。いくら密室での生活に慣れた俺たちであっても、宇宙服なしで降り立てる空間があるならなるべくそこにいたい、というのが心情だ。

 そこで、地球への帰還予定の無い――新星にとどまり続け拠点化する予定だ――OLIVE号を基礎として、船内にある資材と新星の水中に沈没していた各種材料を組み合わせ、海上に浮かぶ仮拠点を設けた。

 完成した拠点を見た部下のミノリが「いかだみたいですね」と言ったのをクレインが即採用し、イカダ・ベースという名称が定着している。


「別に、早い者勝ちじゃないと思いますけど。キャプテン・クレインは直感を重視される方ですよね」


 いつの間にか着いてきていたミノリに、俺は首肯を返す。


「そうだな。まあ、あいつはいつでも宇宙航行を冒険感覚でとらえているから、イカダ・ベースは子どもの冒険感がある響きに惹かれたんじゃないのか」


「それでいて、キャプテン・クレインの直感的な行動を私たちにわかるように言語化してくれるのが、オウルさんなんですよね」


「別に、お前のためじゃない。俺自身が、あいつの突飛な行動を理解しようとして頭の中を整理しているだけだ」


「それが、私の役にも立ってるんです。ね、ジェイ」


 俺たちの気楽な会話を縮こまって聞いていた――少なくともミノリの態度は、船長キャプテンに対するそれではない――ジェイは、突然話を振られて飛び上がる。


「は、はい。キャプテン・オウルの話は、要点を簡潔に整理されていてわかりやすいです」


「……ありがとうな」


 ミノリと違い気安い会話をする仲ではないジェイにまで褒められると、否定するのは難しい。短い感謝の言葉だけを伝え、イカダ・ベースへと向かう。



    ・・・



「クレイン、貝殻持ってきたぞ。……それは、何してるんだ?」

 小刀を小刻みに、包丁代わりの板に叩きつけている様子を見て、俺は思わず声をあげる。


「見ての通りさ。始海アジは地球のアジに似ているというけど、一応加熱した方がいいだろうからね。三枚おろしにして、細かく刻んで、始海ノリと混ぜて焼こうと思っているのさ。貝殻は持ってきてくれたかい? ……完璧だ。あとはちょっとした味付けがあるとよいけれど、試作だし素材の味を楽しもう」


 俺とジェイが手元の貝殻を掲げると、クレインは顔をほころばせた。彼は次に始海ノリを加え、しばらく小刀で具材を叩いていたが、だいぶ身が小さくなってきたところでよし、と手を止める。


「オウル、ジェイ、貝殻をここへ。……オーケー。貝殻に中身を入れて、火にかける!」


 俺たちが持ってきたサイズにばらつきがある貝殻たちに、クレインは手際よく具材を載せていく。いつの間にか用意されていた網焼きの区画にそれらを持っていき、火にくべる。

 貝殻は、大きくても俺の握りこぶしくらいだ。中まで火が通るまで、そう時間はかからなかった。


「ジェイの話を信じるならば、どちらも生でもいただけるようだからね。とはいえ、そろそろ大丈夫だろう。皆、軍手はしたかい? 貝殻を直接触ると火傷しかねないからね」


 用意のいいクレインは、いつのまにか軍手まで準備していたらしい。俺たちが片手だけはめると、彼は貝殻を網からおろし、一人ずつに配っていった。


「では、初めて新星の食材を頂く記念すべき日に。乾杯!」


「「乾杯!」」


 アルコールではないが、皆貝殻を杯のように持ち上げて、乾杯のポーズをとった。携帯用のスプーンで良く焼けている中身をすくって口に運ぶ。


「お、美味しい」


「本当にアジですね、これ。ノリも本当に地球で食べる海苔と同じだ。絶対、柚子味噌をつけて焼いたら合いますよ」


「ミノリ、味変は今度の機会にな。……それにしても、味付けしていない割にしっかりと魚の味を感じる」


「ああ、これは我らOLIVE号及びNOAH号クルーの定番メニューにしようじゃないか。気を付けるのは刃物と火の取り扱いくらいで、作り方は簡単さ」


 皆の好意的な評価に、作ったクレインも満足げだ。


「ジェイ、後でクレインに作り方を聞いておいてくれるか」


「わ、わかりました」


「教えるほど難しいものでもないよ。ジェイ君なら、僕より上手くできるだろうけどね」


 他船のキャプテンに話しかけられ、目に見えて緊張していたジェイは、恐る恐る顔を上げた。


「あの、キャプテン・クレイン」


「なんだい」


「料理名は、何にしましょうか。他のクルーの皆さんに出すときは、献立表にして掲示したいので」


「そうだね。名前! 名案だよ、ジェイ。今ここで決めてしまおう。何かアイデアのある人はいるかい?」


 クレインが俺たちを見渡すと、貝殻の中身をかきこんでいたミノリが手を挙げた。


「『始海アジのイカダ焼き』とかでどうでしょう。イカダ・ベースで初めてつくられた始海アジの料理っていうことで」


「いいじゃないか! 採用しよう。オウル」


「わかった。ジェイ、覚えたか。作り方を含め、後で記録しておいてほしい」


「は、はい! 『始海アジのイカダ焼き』ですね。作り方も、後ほどうかがいます」


「オーケー。決まりだ。ミノリはネーミングセンスがいいな。やはりジャーナリストは語彙力が高いのだろうか。なあオウル」


 イカダ・ベースの時と同様、ミノリの発案から即決したクレインに対し、俺は苦笑を返す。


「さあな。俺としてはそのまんまなネーミングだと思うけど。クレインとミノリが、価値観が近いんじゃないのか?」


「確かにな! 宇宙開拓において、わかりやすいことほど優先されるものはない。後発の人々が見聞きしたとき、すぐに理解できる用語でなければならない。だから僕は、なんでもわかりやすいネーミングを好むね。オウル、君もそうだろう?」


「まあ、どちらかといえば、そうだな」


 食事だけの話ではない気がするが、浅く頷き合意を返すとクレインはポン、と俺の肩を叩いた。


「じゃあしばらく、ジェイ君を借りる。NOAH号のクルーも、まもなく皆この料理を食べられるようになるさ」


「ああ、楽しみにしているよ」


 これが、俺たちOLIVE号とNOAH号のクルーたちによる定番料理『始海アジのイカダ焼き』誕生の瞬間だった。

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新星での海鮮開拓 水涸 木犀 @yuno_05

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