お料理ロボットのピクルスくん
竹神チエ
このロボットは壊れてません
ピクルスくんはお料理ロボットだ。
タロくんの家にやって来て三か月が経った。
いまでは立派な家族の一員だ。
「ピクルスくん、お留守番お願いね」
「ハイ、いってらっしゃいマシー」
ピクルスくんは、マジックハンドそっくりの二本指の手をカチャカチャ振って、タロくんのパパとママを見送る。パパとママはシャチョさんパーティーに出かけたのだ。戻るのはうんと夜中になるそうで。
だからピクルスくんは、タロくんと二人っきりでお夕食を食べることになった。さぁて、何を作ろうか。お料理ロボットのピクルスくんは、おおはりきりだ。
タロくんは七歳の男の子だ。好きな食べ物はちくわ。嫌いな食べ物はニラ。そんなわけで、今日のお夕食は、ちくわメインのニラ抜きレシピで決まりだ。
ピクルスくんは冷蔵庫を開けた。
この家には、いつだってちくわがある。丸々とした焼きちくわだ。
ピクルスくんはパックの裏面をカメラ付きのくるくるした目で確認した。魚肉とある。なんの魚なのか不明だ。でもちくわだ。まごうことなき焼きちくわなのだ。タロくんはちくわが好きだ。たとえ素性不明の魚肉のすりみでも好きだ。
ピクルスくんは、ちくわをまな板の上においた。
それから、ウイ~ン、ガシャンッ、ゴゴ、とマジックハンド風の手の片方を収納して、ウイ~ン、ガシャガシャッ、チャッキーン、と包丁つきハンドを装備する。
切れ味抜群のステンレス包丁だ。がんばったらケーブルコードも真っ二つにできる包丁なのだ。でも、いまはちくわを切るために使う。トマトを薄切りスライスしたりもしない。でも、やったらできる自信はある。
まずピクルスくんは、慎重にちくわを縦半分に切った。上ちくわだけだ。下ちくわはつながっている。つまり何かをはさめるようにカットした、というわけだ。ピクルスくんは芸の細かい作業を終了させ、喜びで目がチッカチッカと点灯した。
さて。何をはさむか。こっからが工夫のしどころだ。
ピクルスくんは再び冷蔵庫を開け、チーズをとり出した。スライスチーズ7枚入りパックだ。なぜ7枚なのか。ピクルスくんはいつも不思議だ。でも永遠の不思議として探求しないでおいている。ピクルスくんはお料理ロボットであって、教えてピクルス先生ではないからだ。
そんなこんなで。
ピクルスくん特製チーちくわができた。チーズをはさんだ、豪華ちくわ料理だ。
ピクルスくんはまた冷蔵庫を開けた。キュウリを出そうとしたのだ。でもキュウリはなかった。おやつの時間、タロくんがキュウリをかじっていたのをピクルスくんは思い出した。あのキュウリが、この家の最後のキュウリだったのだ。
だからお夕食はチーちくわだけになった。キューちくわはない。
でもニラならある。
ピクルスくんは野菜室から発掘した、しなびたニラを手にしていた。ニラ入り卵焼きを作ろうかと、マジックハンド風の手がフライパンに伸びる。
でもタロくんはニラが嫌いだ。きっとニラ入り卵焼きを作ったら、「ふつーのたまごやきがいいよ」とブーイングする。彼はシンプルイズベストだ。ニラの混入を許さない七歳児なのだ。
ピクルスくんはニラを再び野菜室に戻した。いつかまた出会うそのときまで、ニラは腐ることなく冷えていることだろう。
ピクルスくんは食卓にチーちくわをおいた。それから、マグカップに水道水をそそぐと、チーちくわの横に並べる。
これが今晩のお夕食のすべてだ。
ピクルスくんは太陽光パネルでエネルギー補給するので、何も食べない。
ピクルスくんはちくわの味も、ニラの味も、チーズとちくわのハーモニーも知らない。でもお料理ロボットだ。料理は作る。それがピクルスくんだ。
ピクルスくんのテッカテカの鉄板頭には、パトカーのサイレン灯に似た赤ランプがついている。その赤ランプをピクルスは点灯して、タロくんを呼んだ。
「タロくん、タロくん。お夕食できたよ。お夕食できたよ。ただちに食卓につきなさい。くりかえす。タロくん、タロくん。お夕食――」
タロくんは来た。すごく不機嫌な顔をしている。
「みんなもってるから、ぼくもかってぇぇ」と駄々をこねて入手したゲーム機を持っている。きっと、いいところでお呼びしてしまったんだな、とピクルスくんは反省した。タロくんはゲームを愛しすぎるところがある。
「タロくん、お夕食、ダッヨ!」
ピクルスくんは重い空気を払いのけようと、明るくポーズを決めながらいってみた。両手を広げ、片足を前に出す。着ぐるみキャラがよくやるポーズだ。
タロくんはニコリともしなかった。
食卓のお夕食を見て、ますます不機嫌になる。
「ちくわだ」
「そうだよ。チーちくわ、ダ・ヨッ!」
「これだけ?」
「ちくわ、好きだよネ。エンリョなくー、ドッゾ!」
タロくんは立ったまま、チーちくわをがつがつ食べた。
「イタダキマス、はタロくん?」
「ごちそうさま」
タロくんは去ろうとした。ピクルスくんは「おまチヨ」とタロくんを呼びとめた。タロくんはうざったそうな目でピクルスくんを見たが、ピクルスくんの超合金ハートはびくともしなかった。
「おかわり、イル?」
「あるの?」
「いまから、作る、ヨッ!」
ピクルスくんは再び着ぐるみポーズをした。まったくウケなかった。
「ぼく、もっとちゃんとした料理が食べたいんだけど」
タロくんは椅子に座ると、ゲーム機をチーちくわが乗っていた皿の横に置いた。そして水道水が入ったマグカップをねめつける。
「お茶もないのか」
「タロくん……」
ピクルスくんは混乱していた。
なぜタロくんは笑わないのか。どうしてだ。タロくんはちくわが好きなのに、ちくわが好きなのに、ニラじゃないのに、ちくわなのに、大好きなちくわ、ちくわ、ちくわ……チーズが嫌いだったかな?
「タロくん。チーズ、嫌いカ?」
「好きだよ。でも」
タロくんはピクルスくんを見つめた。このあんぽんたんロボットに、まともな料理を期待した自分がバカだった。腹ペコだけど、あとで食パンでもかじるしかない。
ピクルスくんは可燃ごみの日に捨てられていたのを、タロくんが拾って帰ったロボットだった。ロボットは不燃ごみだと思ったからだ。
タロくんよりも大きいロボットだけれど、ピクルスくんは、七歳のタロくんでもかんたんに運べるほど軽かった。タロくんはタイヤ引きトレーニングをする野球少年みたいにして、ピクルスくんを拾って帰ると、庭先に投げておいた。
その日は天気がとてもよかった。壊れていると思ったロボットは、放置しているうちに太陽光パネルでエネルギーを補給した。タロくんが気づいたとき、ピクルスくんはキッチンで料理を作っていた。ゆでたまごだった。
それから、ピクルスくんは――そう名付けたのはタロくんだ。彼はピクルスが大嫌いだ――タロくんのうちで暮らすようになった。家事ロボットがいる生活にパパとママが大興奮したせいだ。
タロくんはゴミの分別に興味を持った自分を呪った。地球にやさしく生きても、自分の生活が潤うとは限らないと、齢七歳にして悟ったのだ。
「おい、ピクルス」
「タロくん、どうしたカ?」
「ハンバーグが食べたい、カレーが食べたい、サーモンのおすしが食べたい!!」
ピクルスくんはカメラ付きの目をシャカシャカシャカとスライドした。ショートしかけているときこうなる。ピクルスくんは冷蔵庫を開けると、ウイーンウイーンとモーターをフル稼働しながら、スライドしまくりの目で在庫を確認した。
「ひきにく、アリマセン。カレー粉、アリマセン。サーモン、……ピピッ。サケフレークを発見しました。消費シマスカ?」
タロくんは黙っていた。ピクルスくんは、「サケフレーク、消費シマスカ?」と繰り返した。タロくんは「いらない」と答える。ごはんもないのに、サケフレークだけ食べたってしょっぱいだけだ。
「もういいよ」
タロくんはマグカップの水道水を飲み干すと、ゲーム機の画面をつけた。タロくんはすぐにゲームの世界に戻る。やっぱり彼はゲームを愛しすぎている。
ピクルスくんは、サケフレーク、消費シマスカ? とつぶやく。表情がないはずのロボット顔に、哀愁がよぎる。でもお料理ロボット魂は、タロくんの「もういいよ」で火がついていたのだ。ゴゴゴゴ、と情熱の効果音が鳴り響く。
「作るヨ、最高のディナーを!!」
ガシャガシャーンッ。ギギ、ギギギ。
チャキーン、キラーンッッ!!
鳴り響いた金属音に、ぎょっとしたタロくんがゲーム機の画面から顔をあげる。両手が包丁になっているピクルスくんがいた。
「待ってて、タロくん!! 作るよ、最高のディナーヲォォォォ!!!」
タロくんは白い顔をして大人しくしていた。自分が食材になったらどうしよう。ガタガタ震える。でもピクルスくんは冷蔵庫と調理台を一心不乱に往復するだけで、タロくんには目もくれなかった。
キッチンに響く謎のドリル音。
なぜか悲鳴があがるまな板の上。
家庭用ガスコンロが火柱をあげ、天井をこがす。
そして最高のディナーが完成した。
「タロくん、ドウぞ。『お子ちゃまバンザイ☆ピクルスくんのびっくりハンバーグカレー』ダ・ヨ!! ハイ、イタダキマス、は?」
「い、いただきます」
見た目はハンバーグがのったカレーだった。福神漬けのかわりにサケフレークが添えてある。タロくんはガン見してくるピクルスくんが怖くて、スプーンをにぎり、ひとくち食べてみる。ジューシーなハンバーグと甘口のカレーライスの味がした。
「このハンバーグ、何の肉?」
タロくんはたずねた。ピクルスくんは目をチッカチカさせる。得意げなときピクルスくんの目はこう光る。
「素性不明の魚肉だよ」
タロくんはスプーンを落とした。
彼が素性不明の魚肉の正体がちくわだと知るのは、あと二分後のことである。
「カレーはどうやって……?」
「レトルトカレーがあったヨ!」
🤖おしまい🤖
お料理ロボットのピクルスくん 竹神チエ @chokorabonbon
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