センベエとマカロンのグルメ戦記 〜ホッカイドードー自治州編〜

66号線

ラベンダーの咲く国で

「いっただっきま〜す」


 勇者センベエは両手を合わせると背中に背負っていたリーキー・コルドロンをおもむろに地面へ置いた。「漏れ鍋」の異名を持つこの魔法のアイテムはホッカイドードー自治州の特産品をみるみる吸い込んでいく。もう少しでここでしか味わえない特製鍋が出来上がるのを前に、センベエは待ちきれないとさも言わんばかりに両手を顎の下に当てるぶりっこの仕草でワクワクしている。


「まったく、あざといな」


 魔法使いマカロンはパステルピンクの長い髪を揺らし、ため息まじりに可愛さを意識しまくるセンベエを茶化した。課せられた「ユーバリバリシティに出没する凶暴なニジクマを討伐せよ」というミッションなんて、まるで頭にないかの勇者の無邪気ぶりにマカロンは心底呆れた。こんな体たらくで本当に異世界大学を卒業できるのだろうか。そもそも我が国ヒノマル王国の最北・ホッカイドードー自治州まで出向いて田畑を荒らしまわるニジクマをたった二人で倒すなんて。

 ニジクマとは、ホッカイドードー自治州のひんやりとした空気を好んで雲の上に生息するクマの一種だ。体毛は七色に変化させることができ、非常に幻想的で美しい生き物だが、好奇心が強すぎる性質のせいか時として地上へやってきては作物を荒らすので農家の頭痛のタネであった。

 いくら足らない単位を補填するための救済措置とはいえ、このミッションはいささかハードすぎないだろうか。救済措置の発起人であり、異世界大学学長のイツカホーマ教授に心の中で何度もそう問いかけた。

 まぁ、この先たとえフル単(履修可能数いっぱいで単位を取ること)でもおよそ卒業に必要な単位数には届かない壊滅的および記録的な成績を叩き出した自分達が何よりも悪いのだが。


 マカロンは先ほど立ち寄ったユーバリバリシティの役所で、彼女と横にいる勇者に遠慮なく投げかけられた「本当にこいつらで大丈夫か?」という職員の訝しげな眼差しを思い出し、再度のため息をついた。それはこっちも同じ気持ちだよと言いたかった。早くも気持ちの半分は留年を覚悟していた。こんな冴えない調子で学生最後の夏休みは過ぎていくのだ。


 マカロンの心の中で膨れ上がった不安などお構いなしといった感じで、リーキー・コルドロンは最後の仕上げに入ろうとしていた。たまたま近くを飛んでいたシマエナガが吸い込まれそうになるのを慌ててセンベエが手で払いのける。彼曰く「それが勇者の仕事でもある」らしい。こんな時、彼の顔は自信で光り輝いているため、冗談とも本気ともとれなくて反応に困る。ここに存在する誰よりも何よりもフル稼働しているこの魔法の鍋は、彼が実家の倉庫から適当に引っ張り出してきた代物だ。


「旅に出るなら、食える時に食っておかないとな」


 横の台座から生えていた、誰もが無敵の剣士になれる魔法の剣「エクスカリバー」には目もくれず、ただ食事にありつきたいというストレートな食欲のためにこれだけを持ってきた彼の姿勢をむしろ讃えるべきだろうか。待ち合わせ場所に現れたセンベエのシルエットは、黒くて直径1メートルはあるんじゃないかと思えるメガサイズの鍋を背中に担いできたものだから、某ヒーロー戦隊の巨大なカメにしか見えなかった。ほかの例えが思い浮かばないほど、そのものズバリの姿だった。カメの甲羅に加えてセンベエ自身も身長180センチの大男だから縦に横に威圧感が凄まじい。何度思い出しても心に尽きない笑いのさざなみをマカロンは必死で堪えた。あとで防寒着と称してユニケロで緑のタートルネックを買ってあげよう。きっと無愛想だった役所の連中にもウケるぞ。


 先ほどから随分と引っ張っているが話を戻すと、鍋はその大きすぎるわがままボディーに対して、意外なくらいに細くて短い2本の足を小刻みに震わせた。ジャガイモ、ユリネ、長ネギ、ニラなど新鮮なご当地の食材、牛から直に搾り取られた牛乳がミルキーウェイを描いて吸い込まれていくのをただぼうっと見ているだけの勇者と魔法使いに「そろそろ夕食が出来上がりますよ」と伝えているかのようだった。実に健気な鍋である。


 すると、そこに野生のプリンが現れた!


 実はホッカイドードー自治州に入った辺りから物陰に隠れてひっそりと野生のプリンがついてきていることに何となく気づいてはいたが、特に悪さをするわけではないので放っておいたのだ。野良プリンにはよほど勇者と魔法使いが珍しかったのだろう。驚くほど青く染まった魔法の池や一面に咲く薬草のお花畑を背景に自撮り写真を撮ってはSNSに上げまくったり、はたまた世にも珍しいイスやカウンターだけでなくネタやシャリの米ひとつぶひとつぶまでが回転しまくった回転寿司で写真を撮ってはSNSに上げまくったりした浮かれパーティと、やんわりとソーシャルディスタンスを保ちながら尾行を続けていた。


 ここであらかじめ断っておくと、ホッカイドードー自治州には野生の珍しい生き物が山ほど生息している。キツネやタヌキは人をばかすし、なかにはカップ麺に化けてテレビCMに出るなどタレント活動までこなす愛嬌のいい個体だっている。カップ麺のまま居眠りをしたせいでうっかり人間に食べられたりもしばしば耳にする。野生のプリンも、御多分に洩れず彼らの仲間だ。しかし、断じてキツネやタヌキみたいなモフモフの類ではなくて、ちゃんと卵黄と搾りたてミルク、ゼラチンで固めたお子様に大人気のデザートの方である。もちろん、カラメルソース君もきちんとベレー帽みたいな雰囲気で頭に乗っかっている。プリンとカラメルソース君はいつでも一心同体。我が国ヒノマル王国では野良のプリンが元気よく走り回る光景など(特にホッカイドードー自治州では多く見られる)よくある日常なのである。いいではないか、生きる食べ物が存在していたとしても。


 沈黙を守り続けていた野生のプリンだったが、ここにきて急に仕事をし始めた!


 プリンは猛ダッシュでコロドロンに近づくと、えいやっと自分の体をちぎってリーキー・コルドロンに投げ入れた!


 何が起きているのか分からないといった表情でポカンとしているセンベエを手で払い除けると、ここぞとばかりにマカロンはパンク寸前な鍋の前へ躍り出た。


「今や! 今こそあれを使う時や!!」


 彼女は何の縁もゆかりもない関西弁で捲し立てながら一本の菜箸をカバンから取り出し、それを繊細な指付きでつまむと鍋に向けて一振りした。たちまち薄い紫の光とラベンダーの甘くてすっきりとした香りがあたりを包みこむ。どうやら、さっきの関西弁はなんらかの呪文だったようだ。


「何やってくれてるんだよ! プリンも、マカロンも!」


 乱雑に押しのけられてキレ気味なセンベエがリーキー・コルドロンの中を覗き込む。そこには紫色のプルプルとした半透明な物体が出来上がっていた。


「チッチッチ。そう焦んなさんな」


 これ見よがしにマカロンが右手の人差し指を顔の前で左右に振る。人をイラッとさせる仕草に耐えながらセンベエは次の言葉を待った。


「これこそが伝説の料理やねん。その名も『ヤミナベ 〜ラベンダーの咲く国で2022 ババロア風〜』」


 プリンなのにババロアとはこれいかに、という当然のツッコミも吹き飛ばすほど、出来上がった鍋はプルプルとした歯応えがクセになる美味しさだった。観光の、いや、言葉を選ぶなら「長い冒険」で溜まった疲れも一瞬で消え去った。北の大地による恵みと野生のプリンから生まれたヤミナベは勇者センベエと魔法使いマカロンのヒットポイントやマジックポイント、体力気力持久力精力経済力滋養強壮その他ありとあらゆるものを回復させた。


「どこからでもかかってこいやぁ!!」


 お椀を投げ捨て箸を放り投げて両手を握り締めながら勇者センベエは咆哮した。その勢いのまま売店で買ったトランプでマカロンとスピードを夢中で繰り広げているうちにすっかり寝てしまった。

 静まり返った現場にぽつんと残されたリーキー・コルドロンが放つ芳しい匂いをかぎつけ、全長3メートルのニジクマが上空から地上へのっそり降り立った。鍋に顔を突っ込んでひと飲みしたプルプルの食感があまりにも未知との遭遇すぎたのか。それともラベンダーの香りによるリラックス効果なのか。原因は定かではないが、ニジクマは途端に地上への全ての興味関心と怒り哀しみといったネガティブな感情を失い、ハッピーな気持ちになった。鍋の底に残るこのプルプルとした多幸感の塊をその大きな口に含み、家族へのお土産にすることにした。そして子グマたちが待つ雲の上の巣穴へのそのそと帰っていくのだった。それきりニジクマが田畑を襲うことはパタリとなくなった。


 こうしてホッカイドードー自治州の平和は保たれたが、夢の中にいる勇者センベエと魔法使いマカロン、および野生のプリンはその事実を知らない。

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