笑み
カナンモフ
第1話
男はいつも通り、自分に与えられた試練をこなすように金槌を振り下ろした。アニメや漫画、映画のように簡単に人を殺すことはできない。金槌は上手く標的の頭へと振り下ろされたが、即死とは行かなかった。自分の頭に突如出現したクレーターに困惑し、涙と血でケーキのように彩られた顔を歪ませた標的を見て、男は快活な笑みを浮かべた。男は標的が擦り減った意識を、消しゴムのカス並に更に擦り減らせてまで自分に起こったことを確認しようとするのを見るのが好きなのだ。
直前まで標的により蒸されていた煙草の煙によって白く曇った室内に、仕事を終わらせたことへの達成感を感じながら男は佇む。部屋の角にある備え付けだと思われる棚の上段には、男によって壁に沿う形で置かれた録画中のスマートフォンが置かれていた。男は自分の仕事振りを後から見直すのが好きなのだ。その他にも、自分の仕事が撮影されているという緊迫感を味わうことが出来、一生懸命、誠心誠意に仕事に取り組むことが出来る。録画された動画を再生し、金槌の当たった瞬間を確認する。太く、血管の浮き出た腕に力が入り、ただでさえ破裂しそうな血管が膨れ上がった。午後五時のオレンジ色の太陽が、男の体を薄く開いた窓から照らす。薄らと笑みを浮かべた男の姿は、ギリシア神話に出てくる巨神のようにも見えた。
スマートフォンを厚く二重に縫われたミトンで掴み、達成の報告を依頼主へと送る。大した金額が送られてくるわけではないが、日々の飲食の足しにはなるだろう。男は先程のように快活ではないが、ぼんやりと笑みを浮かべた。死体を手慣れた手つきで解体し、死後の世界を意識させるほどに黒いポリ袋へとパーツ毎に放り込む。肉を引き裂き、切り分けるために使う時間は悠久に感じるほど長い。男が着込んでいる色褪せた紺色のTシャツが汗で濡れ、乾くまでに時間が掛かった。
男はゴミ捨て場へとポリ袋を放り捨て、標的の住んでいたアパートを跡にした。帰りがけに腹を空かせた男は、深夜三時、微かに灯る街頭を便りにコンビニエンストアへと向かうこととした。店内には二人の会社員と、二人の店員がいた。会社員の容姿を例えるならば、枯れ木だ。使い古された例えだが、痩せ細って風に対抗する程度の気力さえ感じられない体をした彼らへと贈る言葉は枯れ木以外ないだろう。店員の容姿は彼らとは真反対で、ボディビルダー並みの肉体を持った強靭な男たちだった。
男はこの光景を見て、ミトンと金槌をショルダーバックから取り出した。「健全な精神は健全な体に宿ると言うではないか、試してみよう」と思ったのだ。陳列棚越しに会社員を見つめる。彼らは陳列されたコミック誌を面白げもなさそうに見つめていた。男は迷いなく彼らに近づき、腰へと金槌を叩き付けた。一人目の会社員の腰はぐしゃりと沈み、崩れた。二人目は生気のない目に生命を取り戻したが、頭に金槌を降ろされ、再び目を曇らせた。男は二人をレジの前まで引きずり、店員に見せた。
店員は瞬時にカラーボールを取り、男へと投げつけた。男の顔は真っ白に染まり、店員は拳を突き出した。金槌を返し、男は飛んできた店員の拳へと突き刺す。しかし店員は止まらなかった。もう一人の店員が突き刺さった金槌を掴み取り、男の顔へと振り下ろした。赤と白、クレーター、男は消しゴムのカス並みに擦り減らした意識の中、快活な笑みを浮かべた。
笑み カナンモフ @komotoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます