第3話 指名

 秋ノ字高等学校

 ミサキの通っていた高校で、彼女は二年生だった。思い出も無くはなかったが思い返す前に逝ってしまった。


 「今更なんデス?」


 「改めて会いたかったの、友達たちに。

これから私は悪い事するだからさ、その前に伝わらなくても挨拶しておきたくて。」


「律儀デスネェ」


「それ、馬鹿にしてんの?」


「いえいえ、見たままを言っているんデス。」

にやにやと口角を上げるところが腹立つポイントだ、確実に人を小馬鹿にしている


「いつも放課後に集まって話してた、教室に四人で。今は...三人なのかな」

仲良しグループ

カナデ、サチ、クルミ。

何をするにも一緒で常に仲良く接していた友人たちだ。三人とミサキを入れた四人でいつも楽しく語り合い、友情を育んできた


「遅くまで話が盛り上がってよく先生に怒られてさ、暗くなる前に帰らないとってみんなで付けたチーム名が...」


「夕焼け紅蓮隊!」 

自ら死神に伝える前に教室から声がフライングした、聞き馴染みのあるいつもの声だ。ミサキは直ぐに廊下から駆け寄り教室へ向かう


「入り口開いてる!」

魂だけの身となっても入れる仕様に心躍らせ意気揚々と教室へ、するとやはりそこには親友たちが勢揃いしていた。


「みんな...」


「とか言ってたよねーあのバカ女、恥ずかしさ抑えるのにいつも必死だったわマジで。」


「だよね、あいつちょっとイタイよね」


「…え?」

机に脚を掛け、粗雑な態度で椅子に座ってはミサキへの暴言を吐露していた。見てはいけないもの、というよりは常に持っていた見せてはいない〝本性〟を垣間見てしまった。


「でもさぁ、まさか死ぬなんてね!

通り魔に後ろからブッ刺されたらしいよ!」


腹を抱えて笑っていた。いつも楽しく談笑していたが、まさか自分もただの話題の一部であったとは思ってもいなかった。


「酷いよ..私たち、友達じゃなかったの...?」


「これが人間デスヨ。

信じる程の価値は元々ありまセン」

聖人の仮面を被り、邪な本性を隠して美味しいものだけを掬っては貪る。


「..馬鹿だね、私って。」


「そうデスカ?

見たところアナタは真面目な人デスヨ。」

日が暮れる直前まで、彼女たちは笑い合っていた。昨日まで傍に居た知り合いの事など忘れてしまったかのように。


「帰ろう、アンノウン」


「殺さないんデスカ?」


「殺さないよ、あんなやつら」

わざわざ手に掛けてやる程の価値は無い

そう判断した。


「家に行こう、お母さんの顔を見たい。」

式場でも泣いてくれていた

誰よりも棺に寄り添い、悲しんでくれた。


「…ただいま。」

いつも居た筈なのに、物凄く遠い場所に感じた。外観を少し眺めただけで、頬を涙が伝う


「扉を開けて差し上げまショウ」


「そんな事出来るの?」


「アナタに関連する場所であれば、全部ではありませんが干渉はできマス。」

入り口のノブに触れ、ひねると扉が開いた


「さぁ、ドウゾ」


「..ありがとう。」「いえいえ」

頼りになるアシストにより帰宅に成功、慣れた足つきでリビングへ向かうとそこに母親の姿はない。


「あれ、お母さん?

...自分の部屋にいるのかな。」

〝きっと疲れて寝ているんだ〟そう思った


「部屋の鍵も開けられる?」


「出来ると思いマス」

階段を登り、2階にある母の部屋へ


「…はい出来まシタ」「ありがとう。」

部屋の扉をゆっくりと開けて中へ入ると、母がベッドに座っていた。傍には見知らぬ男が


「誰あの人..?」


「嘘でしょ、まさか死ぬなんて。

突然の事過ぎて私どうしていいか....」

顔を覆って嘆いている、やはりあの時の涙は本当だった。


「お母さん、ごめんね。」

本当は御礼をいいたかった、余りにも感謝が多過ぎる。謝罪よりも言いたい事が沢山ある


「大丈夫だよ、僕が付いてる。

..これでもう心配事は無くなったね」


「有難う瑛二、これもあの子が残してくれた施しかもね。私すごく嬉しいっ!!」


「…え?」


「あの子に目一杯掛けといて良かったわ!

これであなたと一緒に楽しく暮らせるわね!」

手元には封筒。

中には分厚い札束が入っている


「あのくせぇオヤジとも別れろよ?

まぁそうしなくても、とっくにお前はオレのもんなんだけどなっ!」

男の唇が思いきり母親の唇に重なる。

そのままベッドに押し倒され、仲睦まじく二人で遊び始めた。


「…なによ、それ」

母の涙は本当だった。しかしそれは娘を思う涙では無く、不潔な恋人を想う〝嬉し涙〟


「いいの、お母さん。

〝くせぇオヤジ〟って、お父さんの事だよ⁉︎」

娘の声も届かない、悔し涙も響かない。

命はくだらない紙切れの束に変わっている


「アンノウン、私決めたよ。」


「誰にシマス?」


「……。」

人差し指をスッと前に突き立て、睨み付ける


「この男、私の命を勝手に汚した。

後ろから刺される事よりも許せない!!」

母には最早感謝はしない。

そんな事よりも自分の命を平然と受け取ろうとする屑の存在を消し去ってやりたい。


「掌を広げてくだサイ。

凶器は既に手の中にありマス」

〝殺す〟という強い思いが手段を生み出す。

死して尚唯一人が自ら作れるものだ



「死ねっ..!!」

腕が汚れる事は無い

生の証である鮮血を死者が浴びる筈もない。


「まず一人目デス。」

命を回収する死者、皮肉なものである。


「私をこれ以上..殺させはしないっ!」

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