副業、カバン屋

スロ男

⇒⇒⇒⇒二十年ぐらい前の作品プレイバック

 その頃はちょうど個人的なゲームにハマっていた。携帯用ゲーム機のソフトを作り、さばくという、いってみればアルバイトだ。

 携帯用ゲーム機のソフトを作るのにさしたる機材はいらない。ごく普通の――よりは少しばかり強化してあるがひどく高価なわけでもない――機材、ネットで手にいれたエミュレートソフト、ROMの焼きつけはEPROMを使って自分でやる。暇つぶしにパズルゲームなども作っていたが、もっぱら売れるのはパチスロのデータ解析用ソフトだった。

「あいかわらず暑苦しい部屋だな」

 ノックもせずに入ってきたのは顔馴染みのパチンコ屋の店長だった。まだ若い。俺より五歳ほど年長で三十半ば。親から継いだパチンコ屋は親父の代よりもかせぎがいい。何も知らない奴が彼を見たら、どこぞのヤンエグかなにかと間違えそうなほど恰好も物腰もスマートだ。

 それまで作っていたソフトのプログラミングを中断し、椅子を回転させて出迎える。店長は手土産をぶらさげて所在なさげに玄関に突っ立っていた。


 カバン屋と呼ばれる職業がある。パチンコやパチスロに偽造ROMを突っ込んだりハーネスをぶらさげたりして遺法改造する、そのおおもとを作るのがカバン屋の仕事だ。実際にそれを取りつけるアフターサービスまではしない。それらの行為はゴト行為と呼ばれ、専門のゴト師がやる。ゴト師は店側がまるで知らないところでゴト行為を行うばかりではない。店長公認で――これは店公認というわけではなく、雇われ店長のオーナーに対する裏切り行為だったりもするわけだが――仕事をするゴト師もいる。

 さて、俺の目の前にいる店長はといえば、チェーンだグループだというしがらみのない個人経営の店だった。県内に三店ほど支店があるが、すべて彼のものだ。というわけで、ゴト師とは一切無縁のはずだった。……もっとも裏物、B製品と呼ばれる違法遊技機と無関係かといえばそうでもないのだが。俺と知り合いである理由もそこにある。

 俺のもうひとつの副業、それがカバン屋だ。

「……なるほど。店の割数があわない、と」

 俺はぬるい缶ビールを一口あおり、店長の顔を見た。恰好はいつもどおりびしっと決まっているが不精髭が生えていた。

「ゴト行為にしては、しかし証拠がない。印紙も破られてなければ怪しげなハーネスもない。電波ゴトでもなさそうだ」

「――で、一番怪しそうな俺のところに来たってわけだ」

 店長は卑屈に笑った。図星、か。

「ま、俺がセットでも仕込んだって考えるのが一番てっとりばやい。道理もとおる。が、残念ながらハズレ、だ。だいたい俺がカタギだってのはアンタも知ってるはずだけど」

「これさ」

 店長はMDほどの大きさのカセットをほおってよこした。テーブルのうえを滑り、それは俺の前で止まった。

「なるほど」と俺は言った。

 それは俺の作った改造ソフトだった。知人の店に置いてもらっているパチスロ解析シミュレータだ。

「客の誰かがこれを使っていて、それを没収でもしたのか?」

「いや。封書で送られてきたんだ。これと一緒にワープロの文書。『貴方の店でゴト行為が行われています』というやつさ」

「お笑い草だな。それは単なる集計・統計ソフトだよ。裏物の波なんかわかるような代物じゃないし、セットの手順が極秘で入っているわけでもない。だいたいセットを仕込んだんなら自分か信頼のおける友人にだけ教えて小銭をかせぐさ。目をつけてくるのは店や警察ばかりじゃない」

 店長は落胆と安堵が入り混じったような表情でふうと息を吐いた。「……だろうな」

「ほう、驚いた」心底から。「そんなあっさりと信用していいのか?」

 店長はなにもこたえない。

「ふむ。てことは他にも心あたりがあるってことか。――買収か?」

「ああ。北関東最大のチェーン店数をほこる、例の企業だよ。そこの嫌がらせってことは充分考えられるからな」

 俺はカセットを手で弄びながら言った。「これが届いたのはアンタんとこだけじゃないな?」

「もしや、と思って基板は全部元に戻しておいたよ。そうしたら案の定、翌日に警察がやってきた。臨時休業だよ」

「警察のなまくらどもにわかるような安直な仕掛けはしてないつもりだったんだが」

「念の為、さ」

 缶ビールをもう一口。店長の土産の折詰の鮨をつまみながらたずねる。

「ところで、――じゃあ、どんな用件なんだ?」


 その店は盛況だった。四百台は入る駐車場がぜんぶ埋まっていた。地元のナンバーよりも圧倒的にその他のナンバーが多い。交換率が組合でがちがちに決められ、おまけにどこでも同じような顔ぶれの台しか並ばない地元の店では競合のしようがない。実際、地元の他の店舗では閑古鳥が泣く始末。例の店長の店だけが気を吐いているといった有様だった。

 地元の活きのいい店を買収し、そこを捨て石にすることで着々とチェーン店を増やすその企業の手口は業界では有名だそうだ。わざわざ予告を送ってから警察にたれこむのはいつでもおまえをつぶせるぞという自信の現れだろうか。

 今日は下見だった。店のどこに何があるのか調べるための実地調査だ。店のレイアウトを見ればだいたいの見当はつく。

 店長が依頼してきた件はこうだった。その店の台に仕掛けを施し、そうして警察にチクるのだという。いわば相手と同じ手段でやり返そうという腹だ。違うのは、こちらからしかけるというそれだけだ。そして予告もなし。こちらは被害者だ、とそう言われないための遠隔装置も用意したという。おまけにどこから連れてきたのかセキュリティ外しのプロとゴト師にも紹介された。ヤンエグを気取ってはみても、餅は餅屋ということか。

 俺たち三人はばらばらに店に入った。活気のあるいい店だった。地元の競合店とは違い、客が千両箱を積み上げている。もちろんそれに倍する金額を吸い上げているのだろうが。

 決行日は二ヶ月後だった。どの台も勝手知ったる台ばかりだった。いままでに作ったプログラムの流用で事足りる。時間は充分ある。


 決行の晩、仕事はあっけなく終わった。のべ作業時間は三時間強。ROMを取りつけ、偽造印紙を貼りつけるだけの作業だ。たれこみは店長手ずから行うことになっていた。釘調整もほどほどに店内に人がいなくなるのは二時前だとわかっており、実際そうだった。すべての仕事が終わったのは午前五時過ぎ。セキュリティ外しのプロが何事もなかったかのようにシステムを再起動させ、俺たちは店を出た。

 俺には、だがまだやることが残っている。


 三日後、大々的に新聞が報道した。北関東最大を誇るチェーン店に行われた大掛かりな――というくだりで俺は笑った――ゴト行為と、同じ市内にある小さなパチンコ店の違法改造遊技台使用による営業停止処分。

 例の若店長はいまごろ事情聴取をうけているはずだ。これは、俺を売ろうとした罰だ。

 そもそも俺が疑問に思ったのはこの二ヶ月間、なにも起きなかったことにあった。もし例のたれこみとやらが本物なら、ソフトを製作した俺のもとにもなんらかの警察の接触があってしかるべきだった。余計な芝居などうつから、こういうことになる。

 ようするにすべては店長の狂言だった。大型店の進出により脅威を感じた彼は、俺を利用して地元でのイニシアチブを取り戻そうとしたのだ。

 俺は、事の顛末をまるで当事者のような正確さで書き上げ、編集部にファックスを送った。ちょっとしたスクープ。

 言い忘れたが俺の本業はライターである。大衆週刊誌を相手に商売する、フリーのライター。

 依頼金とパチスロで抜いた金がキャッシュで二百万。当分の間、副業は必要なさそうだ。


(了)

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