子供の時の思い出 (BIGBRIDGE)

ゴローさん

思い出せない

 ―――こうちゃん。これたべてごらん

 ―――これね、こうちゃんのお母さんも子供の頃大好きやったんよ

 ―――こうちゃん、大好きなうずら卵ときくらげだよ

 ―――これは、八宝菜っていう料理なんだよ。

 ―――将来自分で作るって?そりゃあ本当かい?おばあちゃんうれしいよ!

                 ◇◇◇

 都内のマンションのある一室

 都内の高校の教師をしている大橋航平はいつもより少し早く目を覚ました。

 ――――久しぶりに小さい頃の夢見たな。

 最近は、勤めている高校のPTAと学校の意見をすり合わせるという仕事に忙殺され、夢で見たことを覚えている事が、滅多になかった。その上覚えている夢のほとんどは、PTA会長から町中を追いかけられるような悪夢だったので、子供の頃の夢を見たことを覚えていることなんて、4年ぶりくらいだと思う。

 航平は幸せな気分で起き上がる。

 ―――将来自分で作るって?そりゃあ本当かい?おばあちゃんうれしいよ!

 夢で聞いたおばあちゃんの声が頭に響く。あれから大体20年くらい経っただろうか。今やおばあちゃんは軽い認知症にかかり、初めて会った人の名前はすぐに忘れてしまうらしい。だから、ましてや今日思い出した会話なんて覚えていないだろう。


 それでも。


「作ってみよっかな。約束だしな。」

 そう一人で呟いて、外に出かける準備を始めた。

                 ◇◇◇

「何が入ってたかな、、、とりあえず、を作らないとな。」

 スーパーに作るための食材を買いに来た航平はそう呟きつつ、中華スープの素と、片栗粉をカゴに入れる。

(片栗粉は家にあったかな、、、まあいいか。足りなかったらまた買いに来ないといけないことを考えたら、買っといたほうがいいよな)

  そう思いながら、野菜コーナーに足を運ぶ。

(えーと、まず白菜は入ってたよな。   次に、人参と玉ねぎも入ってたよな。あとピーマンも入ってた、、、 ん?ピーマン?八宝菜にピーマンなんて入らないよな?  でも八宝菜食べてる時に、ピーマンを食べられて偉い!って褒められた気がする、、、 あれ、タケノコも入ってたよな、、、 つくしもあったかな?いや、さすがに入ってないか?でも一応買っていこうかな)

 事前に買うものを決めていなかった航平はあれこれ迷った末、可能性がある野菜は全て買っていくことにした。


 その後、いろんなコーナーを周り、カゴから溢れそうな材料たちを見て、

(材料の数絶対に8で収まってないよな)

 と考えていた。

                 ◇◇◇

 家 キッチン

 航平は買ってきた材料を机に並べていた。


 中華スープの素 片栗粉 白菜 にんじん 玉ねぎ ピーマン タケノコ つくし イカ エビ ホタテ うずら卵 キクラゲ 豚肉 椎茸 生姜 ニンニク もやし 豆腐


 買いながら、八宝菜に入っていたかどうか怪しいものは全て買ってきた。そして、考えてもわからないので、全て料理にぶち込むことにした。


 まず、水に醤油、みりん、酒を混ぜて弱火で加熱する。


 沸騰し始めたら、買ってきた片栗粉を入れ、玉にならないように混ぜる。(ちなみに、家にある片栗粉だけでは足りなかったので、買ってきてよかった。)


 そしてとろみがつくまで混ぜて、八宝菜に入れるが完成した。


 次に具材を作っていく。というか、よく食べやすいサイズにカットしていく。一人暮らしになってからは、こんなに多い食材を切ることはなかったのだが、子供の頃、おばあちゃんと料理をした時には経験があったので、飽きることはなく、むしろどんどんのめり込んでいってしまった。

                 ◇◇◇

 野菜を切り終わった時、時計の短い針が、7時をさしていた。

 6時くらいに切り始めたから1時間ほどだが、あっという間に航平には感じられた

 その切った材料を、炒めて、あんかけに投入した。

 すると、それと同時に、美味しそうな香りが漂ってきた。

                 ◇◇◇

 八宝菜を茶碗によそった白米の上に乗せる。航平が子供の時と同じ食べ方だ。正直これで美味しくないはずがない。そう思いながら、一口、口に運んだ。


 、、、なんか違う。


 あんかけもうまい。具材も一つ一つの味が出ていて感動するくらいうまい。でも何か違う。

 なんだろう、、、そう思って食後に、スマホで調べてみると、


[野菜やエビなどの材料を炒めたあと、水やみりん、少量の酒を入れ、、、]

 と書いてあった。

 つまり、今回俺は、あんを作ってから、また別で材料を炒めて、それを投入したが、そのせいで、あんと、材料に一体感が出なかったのだ。


 そのことを知った航平は笑顔だった。

(原因がわかったのなら大丈夫!)

 そう思いつつ、スマホの電源を落とした。

                 ◇◇◇

 三ヶ月後。

 俺は実家にいた。

 そして実家の台所を借りて、八宝菜を作っていた。

 今回は前の失敗を生かし、材料を炒めたあと、あんの材料を入れて行った。

 そして片栗粉を入れて、とろみが出るまで混ぜて。

「できた!」

 やっと理想のものが出来上がった。


 しかしその感動をあまり長く味わうことなく俺はその料理をタッパに詰め込む。

「よし!行こうか」

 そう言って、両親と一緒に出かけて行った。

                 ◇◇◇

「ばあちゃん!久しぶり!」

「おう、、、、、、、航平じゃな!久しぶりじゃのう!」

「よかった覚えていてくれたんだね!」

「そりゃ孫の名前じゃからの」

 俺は、実家から20分ほどのところにある老人ホームに来ていた。

 そこには八宝菜を俺に教えてくれたおばあちゃんが入所している。

 そして、そのおばあちゃんに八宝菜を食べてもらうために、こうして、家族みんなで老人ホームを訪れていた。


「早速なんだけど、これ食べてもらっていい?」

 そう言って、さっき詰め込んだ料理を出して、開けながら言う。

 すると、おばあちゃんは興味深そうにそのタッパを覗き込んだ。

「じゃあ早速いただくね。」

「うん」

 そう言って、一つ一つの具材を口に運んでいく。

 そしてしばらく喋らずに食べて、



「約束」

 と呟いた。


「え!約束覚えてるの?」

「いや、忘れとったんじゃが、これを食べたら、なんか思い出して……あれ?」

「どうしたの?」

「今なら、なんでも思い出せるぞ!」

「本当に⁉︎」

「おう!本当じゃ。たしか、航平の初彼女はかわい」

「やめろ!やめろ!やめろ! でも本当に認知症治ったのかもね!」

「そうじゃな!じゃあこの料理の名前はなんじゃ!ただの八宝菜じゃないよな?」

「うん!これは…」

 八宝菜の八は、多くの、と言う意味らしい。でもこの八宝菜は普通の八宝菜よりも、もっとたくさんのものが入っている。だから、

「『魔法の八十八宝菜』だよ」

 そう言って、俺はおばあちゃんに笑いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子供の時の思い出 (BIGBRIDGE) ゴローさん @unberagorou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ