銀華、友人達を招く

第4話 1

 ――あのお茶会の日から一週間後。


 アーティ様が学園に編入してこられてまして、わたしは驚かされました。


 なんでもフローティア様のご指示によるものだそうで。


 初めは戸惑われていたアーティ様でしたが、そこからニ週間もすると、だいぶ学園生活にも慣れたようです。


 一緒にお昼を取るメンバーに、アーティ様が加わり。


 自分で食事を運ぶという作業にもすっかり慣れた様子で、今日もわたしの右隣を定位置に、ランチを頬張ってらっしゃいます。


 みんなで食べ終えると、いつものようにお茶を運んでおしゃべりを愉しみます。


「――それでね、お兄様が金晶鉱山の視察に行かれてて、お土産にサンプルを持ってきてくださる約束になってるの!」


 ダストア王国は北部にハオル山脈が横たわっています。


 わたしも勇者として何度か訪れた事があるのですが、鉱山都市がいくつかあって、ダストアの経済基盤のひとつとなっているのですよね。


 <戦乙女>の開発が一段落したアーティ様は、今は別の騎体の開発に取り掛かられようとしているそうで。


 その武装の素材を探しているのだと、先日も仰っていました。


「――ところでみんな、もうすぐ夏休みだけど予定は決まってる?」


 ルシアがふと思い出したように手を打って、そう尋ねてきました。


 ふむ。


「わたくしは帰省する予定です。

 お祖父様に帰ってくるように言われておりまして」


 徐々に領の仕事を覚えさせるのだと、手紙で仰ってましたね。


 お役に立てるかわかりませんが、頑張りたいと思っています。


「えー? シーラ、帰っちゃうのー?」


 アーティ様が不満げな、それでいてどこか寂しげな表情で訴えられます。


「ふむ。でしたらアーティ様もいらっしゃいますか?」


 お祖父様も友人を招いても構わないと仰ってくださってました。


「お姫様を招いたりするのはまずかったりします?」


 わたしはお姉様とアーティ様に交互に視線を向けて確認します。


「もともとアーティ様は公務がほとんどないし、ウィンスター領なら政治の色も無いのだから、構わないのではないかしら?

 今から確認すれば、きっと要望は通るはずよ」


「じゃあ、今晩、お父様に手紙書く!」


 アーティ様はすっかり乗り気です。


「お姉様とルシアもいかがですか?

 夏のウィンスターは過ごしやすいそうですよ?」


 わたしも王都屋敷の使用人達から話を聞いてきたモニカからの、又聞きなのですけれどね。


「――ホント!?

 ならわたしも家に確認してみるね!」


 ルシアも乗り気になって。


 お姉様はというと。


「……お兄様に自慢できそうね。

 お邪魔させてもらおうかしら」


 と、愉しげな笑みを浮かべて、そうおっしゃいました。


「それでは三人を迎える予定で、お祖父様にお手紙を出しておきますね」


 夏休みというのも初めてですが、それを友人達と迎えられるというのも初めてです。


 楽しみですね。


 今晩、モニカと一緒に領内の観光地リストを作りましょう。


 そんな風に話していると。


「――王族なのに、わざわざ辺境に足を運ばれるとは、アレーティア様も物好きですこと」


「……うわ、出た……」


 思わずついて出た本音に、お姉様が眉根を寄せます。


 こほん。


 わたしは咳払いひとつ。


「――カリーナ様。それは我が領への侮辱と捉えてもよろしいでしょうか?」


 それならそれで受けて立ちますが?


「とんでもありませんわ。

 わたくしには理解できませんが、辺境の地を巡るのよろしいのではなくて?

 世の中には田舎ののどかさを好まれる方もいらっしゃると聞きますし」


 はて。


「――田舎? のどか?」


 それは確かに、王都に比べたら田舎なのでしょうけど……


 わたしは首をひねります。


 アーティ様やルシアも不思議そうな顔をしていますから、いつものわたしだけがズレてるヤツってわけではないようですね。


「――あらあらあら……」


 と、お姉様が扇を取り出して、口元を隠しながら忍び笑いを漏らします。


 その表情は扇で隠していても、獲物を見つけた獣のようで。


 すごく楽しそうですね。


「成り上がりは領地知識も乏しいのね……」


 目を細めて仰るお姉様。


「な、なによ。ウィンスターなんて東部の――ただ広いだけの田舎じゃない!」


「だから成り上がりと言われるのよ。

 東方騎士団を擁して東部防衛の要となっている地が、田舎のわけがないでしょう?」


 騎士団本部があるという事は、彼らの生活を支える為の商売が集まるという事です。


 確かに騎士達の食を賄う為に、農村地帯もあるのですがそれだって、わたしの生まれた村の十倍以上はあるような大きな集落です。


 領都に至っては、東部最大の都と呼ばれていたはずですが……カリーナ様はご存知なかったのでしょうか?


 お姉様の言葉に目をパチパチさせて、わたしを見ているので、ご存知ではなかったようですね。


「ウチは色々と特権を頂いているのと、代々、領地安堵に熱心なので……」


 普通の貴族が王都での立場固めに費やしている時間を、ウチはひたすら内政に費やしてきたのです。


 陞爵の話があるたびに、それを断って領地の益に回してきたのだとお祖父様が仰ってましたね。


 それはリュクス大河から支流を引き込む治水事業の権利であったり、領内を環状に走る街道の敷設許可であったり。


 あまりにも多岐に渡りすぎていて、わたしもすべては答えられないのですが。


「少なくともウチは田舎ではないですよ?

 まあ、位置的には辺境なので誤解してる人は多いのですけれど」


 王都とウィンスター領の間には南北に伸びる山地が横たわっているので、移動の際には北か南に大きく迂回しなければなりません。


 当然、有事の際も王都からの援軍は迂回しなければならないのです。


 そのためウィンスター領は、長期に渡って単独で外敵に耐えられるように備えているのです。


「――な、な、なっ!?」


 目を白黒させるカリーナ様に。


「領自体が上げている収益でいえば、ポートウェル領より高いはずよ。

 あなたのお家は領都にしか興味が無いようですものね。

 成り上がりらしいわ」


 お姉様は追い打ちとばかりに言い放って、クスクスと笑われました。


「――あら、興味があるのは、お金と権威だけじゃない?」


 そこにアーティ様も乗っかって。


 お二人の反撃に、カリーナ様は顔を真っ赤なさいました。


 アーティ様が編入なさってから、カリーナ様は事あるたびに、今日のように絡んでくるようになったのですが。


 あのお茶会以降、アーティ様は臆すること無く反論するようになりました。


 わたしが放課後にお姉様に鍛えられているように。


 アーティ様もお姉様に、貴族的な言い回しでの反論方法を学び始めたのです。


 カリーナ様は絡んでくる時は強気なのですが、思いのほか打たれ弱いのか、一度の反撃ですぐに腰砕けになってしまいます。


 そろそろ学んで、変な絡み方をしてこなければよろしいのに。


「――失礼致しますわ!」


 踵を返して去っていくカリーナ様を見て、つくづくそう思います。


 まあ、これがここ最近のわたしの日常です。


 カリーナ様が面倒くさいのを除けば、およそ平和です。


 切った張ったの世界を離れておよそ半年。


 あの頃からは想像もできないくらい、わたしは穏やかな日々を送れているのです。

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パーティメンバーを追放したら、しつこく付きまとわれるので、わたし、勇者を辞めて貴族令嬢になります! 前森コウセイ @fuji_aki1010

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