第3話 9

 お茶会を抜け出して、わたくしはフローティア様の私室にほど近い、サンルームにやってきた。


 姫様は出窓に設けられたソファに腰掛け、その前に置かれたテーブルでお茶を愉しんでいる。


「――お待たせ致しました」


 わたくしが腰を落とすと、姫様は首を振って、隣に腰掛けるように手を振る。


「失礼致します」


 そうして座ったわたくしに、侍女がお茶の用意を始めて。


 姫様は出窓からお茶会の様子を見下ろして、楽しげに微笑む。


 三階にあるここからは、お茶会の様子が一望できた。


 今もシーラやルシアが令嬢方に囲まれているのだけれど、その輪の中にはアレーティア様の姿もある。


「……悔しいけれど、貴女の思惑通りのようね」


 フローティア様が鼻を鳴らしながらも、目を細めてそう告げる。


「正しく読み取って頂けたようで、なによりですわ」


「――それはね。

 カリーナに絡まれていたのも見ていたしね。

 あの女自身は使われてるなんて思っていないのでしょうけれど、だからこそ本当に面倒だわ……」


 そうしてフローティア様はカップを傾ける。


「……それで?

 貴女としては、アーティをどこまで引き上げるつもり?」


 やはりこの方は聡い。


 わたくしの行動から、先の展望までをも見据えている。


「それはあなた様次第でしょうか……」


 フローティア様が王位を望まれているのかどうか。


 すべてはそこ次第。


「最近はみんな、そればっかりでイヤになるわね……」


 と、フローティア様は髪を掻き上げて苦笑する。


「……お兄様もね、ご自分が補佐するから女王になれって仰るのよ?」


 ルシオン様の思惑は、恐らくわたくしの考えと一致している。


 まだシーラには教えていない事だけれど。


 現在、この国の政治は、大きくふたつの派閥に分かれて危うい綱渡りの上で行われている。


 ひとつは王室を中心とした旧貴族の派閥。


 もうひとつは、大戦後に発展した新貴族の派閥。


 政務の重要ポストはまだ古い貴族が押さえているのだけれど、カリーナ嬢のポートウェル家のように、経済に深く食い込んでいる新貴族は多い。


 宰相のお父様の話では、朝議のたびに意見を対立させているのだとか。


 権威を守りたい旧貴族と、権威を得たい新貴族。


 そんな彼らにとって、次代の王となる王子王女に取り入る手段を模索するのは当然の事で。


「ルシオン様が王太子となった場合、フローティア様とアレーティア様のおふたりは、殿下を縛る枷となりえます。

 ――ルシオン様ご自身、それをよくご存知だからこそ、そう仰ってるのですわ」


 あのシスコン殿下は、どうあったっておふたりを見捨てる事ができない。


「あら、それはわたしにも言える事でしょう?」


 その問いに、わたくしは首を振る。


「ルシオン様は政治バランスに優れたお方ですわ。

 そして武の心得もある為、自衛もできます。

 そして……ティア。

 もしあなたが本気で王位を求めるのなら、わたくしが貴女の右腕になるわ」


 あえて幼い頃の呼び方で。


 わたくしはフローティア様に告げた。


 賢い彼女はそれだけで、わたしの考えを読み取り。


「……そしてアーティには、銀華を添える、と?」


「あの子は民に人気がありますから。

 そこにシーラが加われば、民に耳辺りの良い事ばかり吹かす新貴族の思惑を吹き飛ばせるでしょう?」


 本人はお忍びのつもりのようだけど。


 姿変えの魔法すら使わずに城下に降りるアーティ様は、民にはひどく慕われている。


 少なくとも民達が、あえて気づかないフリをしてくれる程度には好かれていた。


「……お兄様が旧貴族の手綱を握り、アーティが民の言葉を聞いて、わたしが新貴族を抑え込むってわけね……」


「――それが一番、お国が安定する道かと」


 わたくしはティア様の目をまっすぐに見つめて、そう応えた。


「……お兄様には?」


「先日、呼び出された際に概要を話し合いました。

 実際のところ、かなり乗り気ですよ。

 昨年の連合会議での出来事で、ご自身が政治――特に外交には向かないと思い知らされたと仰ってました」


「あー、ミルドニアの第一皇子にかなりやり込められてたものね」


「それをティアが叩き潰したのを見て、ティアが女王になるべきだと思ったと仰ってたわ」


 ルシオン様も決して愚鈍ではないのだけれど。


 あの方は優しすぎて、決断を迫られた時に躊躇してしまうのが良くない。


 連合会議でも、そこを突かれてやり込められていた。


 ティア様は深い深い溜息をついて。

「……現状では、それが一番みたいね。

 その案なら、アーティはアーティのままでいられるでしょうしね」


 ルシオン様もそうだけど。


 この方もまた、妹が可愛くて仕方ないのだ。


「あの子の頭脳は政治向きではないけれど……技術という面では国を支えるに足るものだと、わたしもわかってるの。

 だからこそ、貴族のしがらみに捕らわれずに伸び伸びとさせてあげたい」


「そうね。

 まさかこんなにも早く、雌型兵騎を稼働可能にまで仕上げられるとは思ってもいませんでしたわ」


 初めて<戦乙女>の素体を見せられたのは、三ヶ月ほど前になるだろうか。


 資料を求めて冒険者を雇い、自ら古代遺跡に潜ったと聞かされた時は、それはもう驚いたものだわ。


 昔から、あの姫様の行動力には本当に驚かされる。


「少なくともあの騎体のおかげで、騎士を目指す貴族令嬢は新旧を問わずアーティ様の味方となりました」


「そしてそれをわたしの派閥に取り込んで、王室派という第三の派閥を作るというわけね?」


「さすがはフローティア様です」


 おどけたように応えてみせると、彼女は苦笑して出窓の外を見下ろす。


「――今まさにそんな構図になってるわね」


 アーティ様を中心に、多くの人垣ができていて。


 そこからわずかに離れて、旧貴族の輪と新貴族の輪ができている。


「ならアリー、わたしからもひとつ提案よ。

 この構図をより強固にする為の、ね」


 いたずらめいた表情を見せるティア様に、わたくしは嫌な予感を覚えつつも、顔には出さずにうなずく。


「――アリーを学園に入れるわ。

 貴女とシーラで面倒を見てあげて」


 ニコリと微笑むティア様。

「……人脈を作るという面では有効なのでしょうけど……アーティ様が納得するかしら?」


「あら、あの子はシーラにご執心だもの。

 毎日会えるとなれば、きっとうなずくわ。

 いい加減、あの人見知りな性格もなんとかしなくちゃって思ってたのよ」


 ティア様にとっては一石二鳥というわけね。


「かしこまりました。

 しっかりとお目付け役を務めさせて頂きます」


 わたくしは言葉を正して、頭を下げる。


「――頼むわね。

 さあ、そうなると護衛や侍女の手配をしなくてはね」


 嬉しそうに手を叩いたティア様は。


 手帳を取り出して、人員のリストアップを始める。


 そんな彼女を見つめながら。


 わたくしはため息を隠すようにカップを傾けた。


 シーラには早めに宮廷武術を身に着けさせる必要があるようね。


 あれは要人警護にも向いているのだから。





★あとがき――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で3話が終了となります。

 

 今回のお話は、ダストア王国を取り巻く状況を説明する為のお話でした。


 次回はアーティ姫を迎えた学園でのお話が中心になると思われます(未定^^;)


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