猫の日

令和の凡夫

2022年2月22日 猫の日!

 突然だが、本日2月22日は《猫の日》らしい。


 「なんだそれ」と思った僕は、その《猫の日》なるものを調べてみた。


 すると、どうも《猫の日実行委員会》なるものが存在し、そこが制定した記念日なのだという。

 なんともピンポイントな委員会が存在したものだ。


 改めて「なんだそれ」と思って、もう少し詳しく調べてみると、この組織は愛猫家あいびょうかの学者や文化人が構成していて、《猫の日》は1987年に制定されたものだった。



 「なんだそれ」だなんて、とんでもない! 

 歴史ある由緒正しき記念日ではないか!



 現在の時刻は18時。もう夕方。


 こんな由緒正しき《猫の日》に、僕はなにをボーッとしていたんだ。

 猫好き失格だ。


 アパート暮らしで貧乏な僕には猫は飼えない。

 せめて、野良猫でも探してこの記念日にあやかろうではないか。


 僕は街に出て散策する。

 僕の目に映った街は、新鮮な景色の連続だった。

 それもそのはず。僕が出不精でぶしょうだから、街に出るのが久しぶりすぎてテナントが入れ替わっていても気づかないだけである。


 そんな中、僕はついに見つけてしまった。


 猫を? 


 いや違う。


 一件のお店を、である。

 雰囲気的にカフェっぽい。入口に大きな看板が立てかけてある。



 ――本日は2月22日! 一年に一度の大キャンペーン中!



 本日2月22日は《猫の日》だ。そう、《猫の日》をうたっているカフェなのだ。


 しかも今日は、2022年の2月22日。

 歯の隙間に挟まって取れないネギみたいに「0」が一個挟まっているとはいえ、年号からして「2」尽くしなのだ。

 それはもう特別なキャンペーンをやっているに違いない。


 僕は愛くるしい猫たちの姿を想像し、期待に胸を弾ませながら店内に飛び込んだ。


「おかえりなさい、にーに」


 かわいらしい女の子の店員さんが笑顔で迎えてくれた。


「にーに」ってなんだ? 嫌な予感がするぞ。


 僕は案内されるままに店の中に進んだ。

 そして、目の前に広がる光景が僕の想像とあまりにも違っていて息をのむ。



 猫なんて、一匹もいないではないか。



 どうもここはメイドカフェのようだが、店員の格好はメイドというよりはゴスロリだ。

 この由緒正しき《猫の日》に、この店はいったい何のキャンペーンをしているのか。


「にーに、ご指名はあるかな?」


 僕がテーブル席に着くと、店員が首をかしげながら笑顔でいてきた。


 それに対し、僕はひじをテーブルにかけて答える。


「指名というなら、店長を呼んでくれ。いや、なに、べつにクレームを入れたいわけじゃない。ちょっと話がしたいんだ」


 ゴスロリ衣装の店員は困惑したが、「分かりました」と弱々しい声でつぶやいて店の奥へと姿を消した。


 ほどなくして、店長とおぼしきタキシードを着た小太りの中年っぽいお兄さんがやってきた。


「お客様、いかがなされました?」


 店長は両手を腹の前に重ね、腰を曲げてこちらの様子をうかがってきた。


「まあ、座って、店長さん。ちょいと訊きたいことがありましてね。この店では今日は何のキャンペーンをやっているんですか?」


 僕にうながされても店長は立ったままだった。

 ゴスロリ衣装の店員がテーブルにそっと水を置いて行ったのを見届けてから、店長が僕の質問に答えてくれる。


「わたくしどもは普段はメイド喫茶をいとなんでおるのですが、当店では一年に一度来る2月22日を《にーにの日》と呼んでおりまして、いつもはメイドをやっている店の女の子たちが【甘え上手な妹】になりきって、お客様にお兄ちゃん気分を堪能たんのうしていただくというキャンペーンをおこなっているのでございます」


 なるほど……。


 この店にとっての2月22日は《にーにの日》であって、たしかに一年に一度の特別な日なのだろう。


 しかし、周りの客はなんだ?

 店にとっては《にーにの日》かもしれないが、世間一般的には由緒正しき《猫の日》なんだぞ。

 それなのに、それなのに……。


 どいつもこいつも妹になりきっただけの女の子にかまけて鼻の下を伸ばしやがって。


 人目もはばからずニチャニチャと粘り気のある気持ち悪い笑顔を張りつけやがって。


 いい歳こいた大人のくせに、年下の女の子相手にフニャフニャしやがって。


「滑稽だなぁ。見てよ、あの情けない顔。現実が見えていない。どうせ妹のいない奴らなんだ」


 僕はそれを口走った。

 いちおう、周りの客には聞こえない程度に声量は絞った。


「お客様、それは言わない約束ですよ」


 店長は困った表情を隠すように愛想笑あいそわらいを浮かべている。


「そんな約束をした覚えはないね」


「暗黙の了解というやつです」


 店長の愛想笑いも限界が近そうだ。頬がヒクついている。


「そうかい。分かったよ。僕もね、べつに彼らの趣味を否定するつもりはないんだ。彼らは迷い猫なんだよ。妹という幻想に惑わされて、真実を見失い、人生という道に迷ってしまったんだ。かわいそうに」


「それは大袈裟な気がしないでもない気がいたしますが」


 店長は慎重に言葉を選んでいる様子だ。

 決して僕の意見に同調せず、できるだけ否定もしたくないという態度がうかがえる。

 目の前にいる僕も客だが、そりゃあ店側のコンセプトに乗っかってくれている客は、僕なんかよりずっと良い客だろう。


 まあ僕だって、今日の今日まで《猫の日》なるものを知らなかったわけで、それについてとやかく言う資格なんて僕にはない。


 そうだよな。《猫の日》だからって、猫にこだわらなくていいじゃないか。


 《猫の日》に何をしようと、自分が良い一日を過ごせたと思えたなら、それがべストじゃないか。


「ところで店長さん」


「はい、何でしょう?」


 相変わらず丁寧ていねいな店長に、テーブルに肘をかけたままの姿勢の僕が、今日という日にとっての肝心な質問をする。


「どうせ兄弟姉妹になりきるなら、【弟を甘やかす優しいお姉ちゃん】になりきってもらうことってできますか?」


 それを聞いた店長の僕を見る目は、でかいドブネズミを見るかのように冷ややかだった。

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