5
「悪かったね、店の方は大丈夫」
「一日ぐらいなら」
春樹さんが店に現れてから数日後に新幹線でここまでやってきた。
「もう歌ってはいないのかい」
「空いている時間に細々ですが」
「稀代のブルースシンガーに申し訳ないとは思っているんだ」
「そんなことないですよ。実際食べていけないし」
「おやじさんにはずいぶん世話になったし、今はマチがいてくれるから」
マチが病室から戻ってきた。
「行ってあげて」そう言って我慢しきれず中庭のほうに走り出す。
「お願いします」春樹さんが言う。
久しぶりに見たミキの顔は以前とあまり変わらなかった。
「元気そうじゃない」
「ありがとう」ミキはそう言って笑いながら、手を差し出す。
すべすべだったはずのミキの手は少しゴツゴツしていた。
「年を取ればこうなるのよ。でも死ぬには早いよね」
「ねえ、お願いがあるの」
「ブルースを歌って」
「でもギターが」
ミキは部屋の隅を指さす。ギターが立てかけてある。
「マチちゃんにコッソリ送ってもらったの」
「チューニング合ってるかな」
「ハルさんが合わせてくれた」
ギターを取って「カインド・ハーテット・ウーマン」を歌った。
一か月後、ミキが亡くなった知らせとともにギターが帰ってきた。
ブルースを歌って 阿紋 @amon-1968
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