タンジーによろしく

@Alken

第1話 違和感

ルールは五つ。

一、誰かを害さないこと。

二、「代償」聞き出さないこと。

三、決して外部と連絡をとらないこと。

四、審判に異議を唱えないこと。

五、問題は参加者のみで解決すること。

皆さんには五日間の共同生活を送って頂きます。ルール全てを守り条件を満たした者には、望む全てを与えましょう。

 しかし。もしルールが破られたのならば、然るべき処罰を。

秘書を名乗る女の声に、健は体を強張らせた。



 ことの発端は数日前に遡る。

大学生の健の耳に、とある噂が飛び込んだのだ。

─どこかの大企業が、マーケティングのためモニターを募集しているらしい─

確かに、簡単なレビューで商品を貰えるなら有難いが、それだけならスルーしていたに違いない。だが、この噂はそれらとは一線を画していた。五日間と期間は僅かに長いものの、完了時にはどんな願いだって叶えて貰えるらしい。


 大金持ちになりたい。

健の頭を過ったのはそれだけだった。その噂の出所を突き止め、何卒参加させてくれと頭を下げた。その喜びたるや、許可をもぎ取ったその瞬間ガッツポーズが出た程だ。近くの空き教室で進められるがままに誓約書にサインし、スケジュール等々の説明を受ける。

 五日間の泊まり込みか。まあ大丈夫だろ。

健は体の丈夫さには大層自信があった。枕が変わっても熟睡し、腹を下すなんて滅多にない。そんな体質から説明を聞き流しつつ、バイト先に欠勤の連絡、賞味期限の切れそうな食パンの処理など今後の予定をリストアップしていた。

 一通りの説明が終わり、質問はあるかと問われた。健は首を横に振る。何分、殆ど聞いていなかったので。ただのモニター、それも大企業が主催。安全性に問題がある訳がない。

 「それでは一つ、『代償』を決めてください」

「代償?」

そろそろ帰りてえな、と欠伸を堪えたタイミングで齎された怪しげな単語に思わず健が聞き返すも、得られたのは肯定のみ。どうやら、モニターとやらには代償が必要らしい。

 これは怪しい気がしてきた。

健は「やっぱり辞めます」と引き下がろうとして、すぐに思い止まった。ここで受けなければ、これまでの日常が続くだけ。アルバイトの掛け持ち、スーパーの特売巡りエトセトラ。自分はこのままでいいのか。いや否!

「何でも良いんスか」

「もちろんです」

 暫く考え込んだ後、健は代償として左手首の腕時計を指差した。

貧乏大学生舐めんなよ、差し出せる物なんかねぇわ。

冷やかしと取られるかもしれないと内心ハラハラしていたが、それも杞憂に終わった。

 「それでは、当日お会い出来るのを楽しみにしています」

「どうも」

健が腕時計を手渡し、簡単な挨拶を返す。すると相手は満足したように空き教室を後にした。そしてその影が見えなくなってころ、健は初めて不思議な感覚を味わった。

 大企業でモニターのバイト。そんな許可を出す人間が何故、地方大学で空き教室の場所を知っているのか。



 それから数日後の昼過ぎ、大きな鞄を抱えた健は指定された集合場所にいた。バスにはデカデカと社名がプリントされているが、それ以外は市営のものと目立った違いはない。

パンツスーツの女に促されるままバスに乗り込むも、思わず足を止めた。

 車内があまりにも薄暗かったからである。

外は雲ひとつない晴天で、その眩しさに集合場所に到着するまでに何度も顔を顰めたほど。通常であればカーテンの隙間から日が差していると言うのに、このバスはそうでないのだ。日光は完全に遮断され、光源は常設かつ暗い電灯のみ。

 背後から催促の声を受け、慌てて指示された席に腰を下ろす。車両後方の窓際で、どうやら前後左右には誰も来ないらしい。その後も次々と参加者が到着し、出発の手筈が整うまで健は窓を眺めていた。柄や皺一つないカーテンはやけに不気味だった。


 そうして冒頭に遡る。

バスがノロノロと動き始めて数分後、「モニターの皆様への諸注意」としてルールとやらが共有されたのである。

クーラーの音のみが響く空間の中でその文言を聞いたとき、健は拳を握りしめた。誰かの小さく息を呑む音も聞こえる。

 無視しようとしていた違和感が輪郭を表したからだ。

ただのモニター、ただのアルバイトだと思っていたにも関わらず、その「ルール」には明らかに何かがおかしい。

害さないこと、問題は参加者で解決すること、の意図は理解出来る。他人が閉鎖空間で生活するのだからトラブルは起きるだろう。連絡を取らないこと、は未発表の情報漏洩を避けるためだと考えれば納得できる。

 しかし、代償を聞き出さないこと、そして審判に異議を唱えないこと、とは?そもそも他の参加者も代償を求められたのか、モニターに?審判とは何に対するものか?


 クーラーの吐き出す空気が生暖かく、触れた部分から侵食されていくようで気持ちが悪い。席から身を乗り出すように手を伸ばし送風を止め、ひっそりと周囲の様子を伺う。

窓からは相変わらず車外の様子は確認できず、現在地も把握できない。そして離れて座っているからか、他の参加者の挙動も分からない。

 しかし、バスの振動からは現在進行形で移動していることが伺える。今すぐに逃げ出すことは難しいだろう。

 どうするべきか。

どうにもならない苛立ちを吐き出すように、健は大きくため息をついた。

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