燃やすの大好き

MASK⁉︎

短編

「……だから言った。燃やしておけば良かったのにって。」

「それはダメだって言ったろ?クエストクリアしたって森を焼いたらまたギルマスに怒られるんだよ、主に俺が。」


 そう言い争いながら森の中を軽快に走る2人組がいた。

 否、見たままをそのまま描画するならば「短槍を持った男がフードを目深に被った少女を担いで走っている」だろうか。


 はたから見れば良くない光景に思えるかもしれないが、そのような事を想像する方が無粋というものだ。

 この2人は地元でもそこそこ名の知れた冒険者。今まさにクエストの真っ最中だった。


「森を焼くのもダメだが、罠も禁止、毒も禁止、さらに今度のターゲットは

首から上を無傷で狩れってご依頼だ。ギルマスも本当に無茶言うぜ。」


「じゃあなんで受けたの、こんな疲れる依頼。」


「ああ?そりゃ報酬も良かったし、お前の魔弾があれば一発だと思ったからよ。

上手いこと避けられちまったがな。

 あと走ってない奴が疲れるとかほざくんじゃねぇ。」


「しくしく、一発で決められない私のせいなのね。

 ……まぁそれはいいけどグレートホーンにこんなスピードで追いつける?私を傷つけたお詫びにもっと速く走ればいいと思うの。」


「グレートホーンの奴を過小評価しすぎてたって話だったんだがな。

 でも実際問題こんな荷物持ってちゃ離されないようにするのが精一杯だ。本当になんとかせにゃならん。」


 今2人が追っているグレートホーンは体長2メートルはある大型の四足獣で、頭に枝のある角を持つのが特徴だ。

 貴族の間でグレートホーンの首から上を剥製にして飾るのが流行っているらしく、そこらじゅうで大物の取り引きが行われている。しかし見つけるのですら容易ではなく、並の冒険者では返り討ちにされる。

 そんな依頼を貴族から指名されて受けている冒険者なんだ、実力は推して知るべしだろう?


 走りながらもなんとか対策を立てようと考えていると、担いでいる少女がやけに不機嫌そうなのに気が付いた。


「おいおい、お前が重いって言ったわけじゃないって。でも仕方ないだろ、俺は荷物担ぎながらでもグレートホーンより速く走れるような超人じゃねぇ。」


「ふん。自分1人なら追いつけるとでも言いたげ。私を置いていっても構わないのに。」


「バカ言うなよ。俺1人で行ったところでどうにもならん。

 あいつを仕留めるにはお前の力が必要だからな。」


 討伐するだけなら1人でもなんとかなるが、その場合首から上を綺麗な状態に保つのはほぼ不可能だ。足元が悪い中無理をすれば逆に返り討ちにあう可能性すらある。

 やはり彼女の魔弾を、心臓を撃ち抜くことで相手を確実に死に至らしめる必殺の呪いを使わなければ。


「……そう、ならどうする?ここから適当に呪いでも放ってみる?グレートホーンのいる方向を教えてくれたら一発くらいは当たるかも。

 それともやっぱり森を燃やしてーー」


「だから燃やすのはダメなんよ。一応聞いておくけどターゲットまでおよそ100メートル、適当に撃って当たるか?」


「うーん、せめて目視で確認できれば。」


 心強い答えだが闇雲に攻撃しても無駄に森を傷つけ、自分たちも消耗するだけだ。やはりもう一手何か必要になってくる。



 その時前方から微かに水の音が聞こえてきた。向かう方向は少し上り坂、そのあとは下りが続きそうだ。

 100メートル先のターゲット、森を燃やさず、毒も罠も使わず首から上を綺麗なまま命だけを刈り取る。


 打つ手なしかとも思われたが、ふっとターゲットの心臓を撃ち抜くまでのイメージが浮かび上がってきた。


「ターゲットまでおよそ100メートル、射線を開けて反重力アンチグラビティフィールドを通す。心臓を一発で撃ち抜けるか?」


 少女は「えっ?」と驚きの声をあげると、少しして自慢げにこう答えた。


「よゆー。」


「わかった。10秒後、奴の方に向けて降ろす。準備が出来次第決めてくれ、任せたぞ!」


 男は僅かに速度を上げると、きっかり10秒後上り坂の頂点に辿り着き少女を優しく降ろす。

 すると次第に男の持つ短槍の穂先が魔力によって輝きを放ち始めた。


 ターゲットは直接見えない。しかし男の感覚が、音、匂い、微かな痕跡からターゲットの位置を手に取る様に把握する。


「道を切り開くのは俺の役割だからなぁ!」


 輝きが最高潮に達した時、男は掛け声と共に槍を振り下ろした。


ざん!」


 ゴゴゴという凄まじい音が通り抜けると放射状に木が切断されていく。しかし切り倒されてはいない。

 不自然なほどゆっくりと、それも真ん中に道を開けて倒れていく。


 開かれていく道の先、そこには宙を浮かぶグレートホーンの姿があった。

 憐れなグレートホーンは地を蹴ろうと必死に足をバタつかせるが空を切るばかりであった。


「これなら外さない。」


 小振りな杖を構え魔力を昂らせている少女の顔は自信に満ち溢れていた。

 溢れ出る魔力の奔流が空気を振るわせ、何かを察したのかグレートホーンの足の動きも心なしか速くなっている。


「……おわり。」


 真っ赤な魔弾が切り開かれた道を行く。斬撃に比べればゆっくりと。しかし吸い込まれるようにグレートホーンの胸を撃ち抜いた。

 必死の形相のグレートホーンも死の呪いが撃ち込まれた途端ピタリと動きを止める。


 あやまたず心臓を撃ち抜けたのが嬉しかったのか、少女の顔がどことなく綻んでいる。


「よーし、良くやった。」


 男がそう言葉を発すると切断された木々が思い出したかのようにバタバタと倒れ始めた。


「いやー、流石のコントロールだったな。これで依頼も達成出来そうだし一件落着。お疲れ様ってことで。」


「うん、ありがと。でも木切って良かったの?また怒られる。」


 目の前の惨状と相まって少女の声にどこか非難めいたものを感じた。


「いやいや大丈夫。そこは俺に考えがあるから。

 それより依頼達成の狼煙のろしを上げてくれないか?この時間なら貴族様の荷物持ちポーター共も間に合うだろう。」


「ふぅん……まあいいけど。」



$$$



「それで、今度はどんな言い訳を思いついたんだ?」


 こめかみを抑えながら極めて冷静に話そうと努力をしている禿おやじが…、抑えきれてねーな。ギルドマスターならもっとどっしりと構えていてほしいもんだ。


「大丈夫大丈夫、今回は問題ないはずだ。」


「お前の大丈夫は信用ならないんだが、まあいい言ってみろ。」


「この前ギルマスはギルド所有の山小屋が欲しいって言ってたよな。そしてまだ場所も決まっていないとも。」


 禿おやじは既に頭を抱えている。


「日に当たる側の斜面で川も近い、地形的に候補地の一つだとピンと来たね。だから見通しをよくするために木を切ってやったわけさ。どうだい?」


「はあ、お前が勝手に決めるな。」


「なあ、いいだろう?倒した木は枝を払って丸太にしたし、下草はこいつが綺麗に処理してくれたからさ。すぐ小屋建てられるぜ?」


 静かに聞いていた少女も無表情でピースサインを作る。


「……ぶい、しっかり焼いてきた。」



「とりあえず二人とも一か月間山に入るの禁止な。」


「おいおいなんでだよ!」「どうして。」

 ギルマスの言葉に二人とも思わず声をあげる。


「余計な仕事を増やしてくれた罰だ。仕事はきっちりこなしてくれたから期限付きにしたが、それとも永遠に出禁の方がよかったか?」


 少女が小さく悪態をついている男を見上げる。


「いいよ、今はお金も貯まってる。遊びにでも行こう。」


「わかったよ。指名依頼とかはそっちで何とかしてくれ。これ以外に何か要件はあったか?」


「ああ、今日のところはこれで十分だ。帰っていいぞ。」


 ひらりと手を振ると身をひるがえして二人は歩き出す。


「暇になったな。うっし、酒場にでも行くか?」

「………いいね。肉食べたい。」



Fin

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