体の値段

結騎 了

#365日ショートショート 050

 ふと、目を覚ました。

 消し忘れたのか、テレビからキャスターの声が聞こえる。

「体重の売買が可能になり、今日でちょうど5年となりました。本日の特集は、『体重売買のいま』です。それでは、こちらの映像をご覧ください」

 私は、あまりの驚きにベッドから転がり落ちた。なんだって。最近の無理がたたって、頭がおかしくなったのだろうか。しかし、そのテレビ番組はドッキリでもコントでもなく、れっきとした社会派のワイドショーだった。体重が売り買いできるなんて、そんなことが本当にあるのだろうか。まるで別世界だ。

 思わず、適当な上着を着て外に出る。ここは間違いなく私の住んでいるマンションだ。部屋も、建物も、なにも変わらない。なのに、体重売買の開始からすでに5年だなんて。聞いたこともない。

 マンションの外に出ると、道路脇にはホームレスが数えきれないほど座り込んでいた。そろいもそろって痩せ細っている。骨に皮だけを貼り付けたような姿で、身を寄せ合って固まっている。

「お嬢ちゃん、この老いぼれに少しだけ体重を恵んでくれんかね。1キロで構わないから」

 杖のような腕から伸びた、棒切れの指。あまりの異様な光景に、それが私を指していることに気づくのが遅れてしまった。

「あ、その。す、すみません」

 私は思わず小走りにその場を離れた。なんだってこんなことに。あのホームレスの老人は、貧困から自分の体重を売り払ってしまったのだろうか。あれ以上売ってしまったら、それは生命活動の維持に関わるのだろうか。自分が知っている常識がぐらりと揺らぎ、眩暈がしてくる。

「やった!袋いっぱいに捕まえたぞ!」

 私とすれ違うように、小学生ほどの男の子が走り抜けていった。振り返って見ると、彼が持っている麻袋の中はうようよと虫だらけである。ぎょっ、としたのも束の間、男の子を出迎えた母親は満面の笑みで彼を抱きしめた。

「おかえり、いつもありがとう。これだけイナゴを食べれば、体重も少しだけ増えるかもしれない。やっとあなたのノートを買ってあげられるわ」

 駅前では年端もいかない少年少女たちが上着をたくし上げ、ぺたんこの腹を見せながら叫んでいる。「募金をお願いします。恵まれない子どもたちに、支援をお願いします」。

 行き交う高級車の後部座席には、お相撲さんより一回り大きい、ぶくぶくと太った男性が座っている。なにやら電話をしているようだ。「ええ? キロあたりの単価を下げろって? 無理を言っちゃいかんよ。私の体重はほとんどがA5ランクの肉で出来ているんだ。なあに、あなたが要らないなら別の人に売るだけです」。

 わからない。どうしてこんなことに。無我夢中で走り回り疲れ果てた私は、その場にしゃがみ込んでしまった。なんで。どうして。こんなことなら。こんなことなら。

 ふと、目を覚ました。

 テレビは点いていなかった。ぐっしょりと汗をかいたせいか、シャツが冷たい。最近ダイエットで無理をしすぎたのか、変な夢を見ていたようだ。昨晩は空腹を抑え込むようにベッドに入ったが、それのせいだろうか。いやはや、恐ろしかった。体重を売るだなんて、私には考えれない。それにしても、このベッドもずいぶん大きくなってしまった。さすがに、今年はちょっと身長を売りすぎたかな。

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