最終話 ハイそれまでヨ

 2045年、8月15日。

 大日本球状教の街宣車が、街角に二台出ていた。

 二代目代表の平静潤一が車上に出る。40台半ばの今も若々しくイケメンぶりは変わらない。

 隣には美しい妻と、そっくりの娘ふたり。

「みなさん、おめでとうございます。

 我が国はついに、戦争がないまま100年を迎えました。

 今日8月15日を『平和祈念日』として、末永く共に祝ってまいりましょう」

 嵐のような歓声があたりを包む。

 隣の車上では、共同代表の美波が嫣然と微笑む。やはりイケメンの夫、美男美女の子供たちが横にいる。

 どちらも配偶者は別の国のスパイであり、互いにそのことに気づいていて、まさに狸と狐の化かし合いである。初代の満福は心から平和を願って「大日本球状教」を始めたのだが、二代目になってからはスパイの甘言にしてやられてしまった。


「この国は、もうダメだな、いい加減、見限ることにしたわ」

「そうだな。何のために今まで」

孝一と貫太郎が恨めしそうに言葉を交わす。

「で、この国はどっちが盗るんだ?」

「共有するらしい」

 技術力の高さに加え、様々な観光が楽しめ、食べ物は美味、エンタメも世界をリードしている。独占するよりは共用となったのだ。

「何も知らずに楽しそうだな」

 表面上は何も変わっていない。奇跡の平和と繁栄を楽しんでいる幸福な国にしか見えない。

「こういうのを奴隷の自由というんだが、こいつらには分からないか」

 ため息をつきながら、孝一は周囲を見回した。平和も幸せも誰かがなんとかしてくれる、そんな他力本願が生んだ、当然の結末だったのだろうか。

 孝一も貫太郎も、とっくの昔に死んでいた。

 1945年3月10日未明。

 東京大空襲、二人は焼夷弾で黒焦げになった。

 自分の死が信じられず、赤黒い空を見つめながら、このままでは成仏できない、この国がどうなるのか見守っていくことにしたのだが。それももう虚しい。

 未練と言う足枷を外した二人の霊は、ゆらゆらと天に昇っていく。



 政界では、絶対平和党が自由放任党を飲み込んでいた。連立与党の域を超え、ほとんどの議員が絶対平和党。弱小野党に至っては、国会に議員を送れなくなっていた。

「もう他の政党は必要ない。平和を守るためにも日本はひとつにまとまるべきだ」

 党首の真田行杉が、さも当然そうに言い放った。

「そうですよねえ」

 自由放任党の党首は熊沢という世渡りが上手そうな男になっている。

「早速、我が国は絶対平和党の一党支配ということに」

 戦時体制の「大政翼賛会」である。すべての政党は進んで解散し、軍部の意向に従っていった。民間での末端組織が隣組。

 行杉も熊沢も赤星、白星のスパイであり、互いにそのことを知っていたが、素知らぬ顔で対話を続ける。

 財界や一般人にもスパイはあふれかえり、中には二重スパイもいたが、この国は共有と決まった今、大した意味はない。

 二つの超大国が、世界を山分けしようと意見がまとまった時から、こうなることは決まっていたのだ。もともとアジア、アフリカの多くは赤い星に取り込まれ、自由主義国は白い星に寄り添っていくしかなかった。



 街では奇妙な歌が流行っている。子供たちは意味も分からず、楽しそうに口ずさむのだった、


 ♪ 赤い星白い星 なかよしさん

 いつも通るよ 暗い道

 ミサイル背負って おててつないで

 地球を分け合う なかよしさん


(完)


【あとがき】

 ロシアの出方をかたずをのんで見守る中、プーチンがやらかしてくれました。判断ミスだと外交評論家は言っていますね。ろくでもない側近に唆されたという説もあります。筋肉をつけて自分を大きく見せるのも臆病さの故だろうと。予断を許さない状況ですが、一刻も早い終息を願っています。


 私なりに平和や戦争について書いたつもりですが、例によって奇妙な展開になってしまいました。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 作中に出てくる歌は「オバQ音頭」「いいじゃないの幸せならば」「赤い帽子白い帽子」などに似ているかもしれませんが、気のせいです。(笑)


 2022年 2.26事件の日に

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大日本球状教 チェシャ猫亭 @bianco3

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