星を見上げる話

もちもち

星を見上げる話

 レジの前で、男は二枚の写真を俺の前に掲げた。

 パッと見た感じでは、二枚は同じ模様のように見えた。脳神経のネットワークの写真だ。大小の光の粒が網目状に結ばれて広がっている。

 その写真を二枚を、男─── 守山は楽しそうに俺の前に掲げているのだ。

 あまりに守山の笑顔が輝いているので、何か特別な写真なのかもしれない。俺はそう考えて、彼に尋ねた。


「何かいいことでもあったのか」

「これ、何だと思う」


 守山は俺の質問には答えず質問を返す。コンビニ店員に向けて差し出すものでもないのは俺にも分かる。守山もまた、クイズの正答を求めているわけでもないだろう。

 俺はさして悩むこともなく答えた。


「さあ… なんか、ネットで脳神経って解説と一緒に見た気がするけど」

「一枚は正解だ。もう一枚は?」


 俺の回答はどうやら当たっていたらしい。

 正解と言う守山だって、別に脳神経の専攻を取っているわけじゃない。確か、彼はどこぞの大学の文学部だと俺は聞いている。

 更に言えば、(そもそもの話、)深夜のコンビニの人気の途絶えたレジで会話する内容でも無い気がした。…… いや、逆にうってつけなのだろうか。

 この回答は、俺の貧窮を救うためにどのくらいか有益になるものだろうか。暇すぎる時間を潰せるだけでも幸運というものか。

 俺は、今度は少しだけ悩む素振りを見せてみた。話には緩急が必要だ。


「さあ… なんだろう、同じもののように見える」

「いいね、松島。それ、かなり質の良い答えだよ」


 守山は満足そうに頷いた。こんな回答でも彼の何かを満たすには十分だったようだ。

 深夜のコンビニにふらりと現れた大学生が、暇そうな俺を見つけて声を掛けたのが半月前。暇に任せてうっかりと応答してしまった俺を守山は気に入ってくれたらしい。それ以降、守山は足繁く通ってくれる。

 定職にも付かずフラフラとしながら、俺は人に承認を得られることなんて殆どない年代になってしまった。その中で、守山は珍しく明確に言葉で俺を認めてくれる。


 守山は(おそらく正答した)写真を一枚下ろし、残った一枚を笑顔の横にかざす。


「これは銀河ネットワーク。システムがはじき出した宇宙の地図」

「銀河? どこに銀河が有るっていうんだ」

「この光の粒だよ。これが全部銀河だ」


 守山の少し興奮した声に対して、俺は「へえ」と淡白に頷いた。この半月の間、彼と深夜の会話を続けた俺は知っている。こんな塩対応でも、別に彼の気分は浮上したままだ。


「脳の中と似てるんだな。宇宙も、実は誰かの脳の中だ、なんて話なのか」

「随分唐突な発想になるんだな、松島。そういうの嫌いじゃないけど」


 うっかりと俺は話に乗っかり過ぎてしまったようだ。きょとんとした守山に、俺はバツが悪くなってしまう。


「似ているってことが鋭いってさっき言ってたじゃないか」

「言った。まあまあ、ちょっと落ち着いてくれ。

 これには訳があるんだ。宇宙もまた、同じ物理法則で動いているのだとしたら」


 そう言って、守山は先ほど下ろした一枚をもう一度掲げた。


「繰り返されるパターンがある。同じパターンを繰り返し描かれる図は、やはり似通ってくる、という話だ」

「はあ… うん」


 どこかで聞いたことのある話だったが、およそ俺が金に変えるには難しい話だ。

 俺の味気ない返事にも、守山は楽しそうに続けた。


「だが、松島、覚えているかな。これはプログラムで処理されたものなんだ」

「うん」


 守山は話を続けながら、カウンター脇に置いてあるホットドリンクのケースを開く。彼は中からコーヒーを2つ取り出した。

 そうして、守山は二本分の代金と片方を俺の方へ差し出しす。「まあ飲めよ」

 誰もいないコンビニだ。まあまあ店長も話の分かる人間だった。俺は礼を言って缶コーヒーのプルタブを開けた。

 同じようにプルタブを起こした守山もずるずるとコーヒーを啜る。ホッと一息ついたところで、守山はまとめた。


「所詮、人が作り出したコンピュータモデルで処理された二枚ということだ。

 一つの脳みそが作った処理に従って描いたら、似たような絵になると思わないか」

「なんだ。じゃあ、実際は全く別々の様になってるかもしれないってことか」

「そういうこと」


 守山は意地悪げに笑うと、自分の缶を俺の持っている缶に軽くぶつける。乾杯のように。


「人は星を見て、何を探したいのだろうな、松島」


 ふと、守山は静かに呟いた。彼はどこか遠くを見ていた。


「もしかしたら人々は、137億年の彼方に自分を見つけたいのかも知れない。

 宇宙ここはあまりに広大で、冷たくて、寂しいからな」

「だから自分に寄せてみたって?」


 守山の声があまりに乾いていたような気がした。俺は思わず茶々を入れてしまう。

 だが、彼はニコリと笑うだけだ。


「今日は星が綺麗だったよ、松島。

 帰りがまだ暗かったら、一度見上げてみるといい」


 そう言うと、守山は来たときと同じようにふらりと入店音と共に出て行ってしまった。


 季節は夜を長く引き伸ばしている。俺が退店するときも、おそらくまだ空は暗いままだろう。

 数時間後、俺はきっと守山の言う通り星を見上げる。

 見上げた深い夜空に、俺は何かを見てしまうのだろうか。

 果たしてその空を、ただ純粋に綺麗だと思い続けられないほどには、あの男の話は俺の脳みそに刻まれてしまったのだった。

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