実食
「ただいまッス!」
「ただいまですニャ!」
俺たちは、フランボワーズ王国第四王妃メアリーから受けていた依頼、娘である第九王女ヴィクトリアの護衛の仕事をやり遂げて帰ってきた。
事件は起こったが、最悪の事態だけは避けられたので、俺たちは意気揚々としたもんだ。(本編第二章参照)
残るは、第二王子暗殺事件の真相究明と第七王子リシャールの冤罪を晴らす裁判、その裁判は明日なので、俺たちは一旦冒険者ギルドに戻ってきたわけだ。
「あら? 二人共おかえりなさい」
マリーの久しぶりの笑顔と弾けんばかりの胸に癒やされる。
ああ、帰ってきたぜ!
「もう! 二人共速いよ! あ、マリー先輩、ただいまです」
俺とネコ獣人レアから少し遅れて、ロザリーも息を切らせながらギルドの中に入ってきた。
いつもどおりツンツンしているが、デレると可愛いロリ魔女っ子だ。
「ロザリーちゃんもおかえりなさい。その様子ですと仕事はうまくいったみたいですね?」
「はい! そうなんすよ。でも、色々あって……」
と、俺は離宮で起こった事件の数々を身振り手振り、演劇をするように語った。
マリーはニコニコと聞いていてくれたが、しばらくすると椅子から立ち上がった。
「うふふ。皆さん、お疲れさまでした。私はディナーの仕込みに入りますね」
「おお! 久しぶりのマリーさんの手料理だぜ!」
「わーい! 楽しみですニャ!」
「そうね。離宮のまかないも美味しかったけど、忙しくて落ち着けなかったからね。今日はゆっくり食べたいわ。何か胃に優しい食べ物がいいです」
「そうですか、ロザリーちゃん? それならちょうど今夜から出そうとしていた新メニューがありますよ」
マリーはエプロンを掛けて準備を始めた。
しかし、すぐに心配そうにため息をついた。
「それにしても、オーズさんたち遅いですね。もう戻ってきても良い筈なのですが……」
「オーズさん、出かけてるんすか?」
「ええ、食材の調達に行ってもらっているのですが……」
「へえ? でも、大丈夫っすよ! あのバケモンみてえに強いギュスさんが、自分よりも強いって言ってたから心配いりませんよ」
「そうだと良いのですけど……」
マリーは浮かない顔をしていたが、頬を両手で叩いて気合を入れて厨房に入っていった。
☆☆☆
食堂が開店されると、次々と客たちがやってきて、広々とした店内はすべてのテーブルが満席になった。
テーブルのあちらこちらで感嘆の声が上がっている。
「美味しい! 口当たりがよくって優しい味わい!」
「美味しいですニャ!」
ロザリーは、ヴィーガングラタンに満面の笑顔だ。
レアは肉食のネコ獣人なので通常の肉入りグラタンだ。
自分の考えを主張して、子供やペットの身体に合わない不自然な食生活を無理矢理させるなんて、虐待以外の何物でも無いと俺は思う。
お互いに食べたいものを好き嫌いなくバランスよく食べれば良いだけの話だ。
俺にとっては、動物も植物も同じ命ある生き物、ありがたくその生命を美味しくいただくだけだ。
俺は新メニューのヴィーガングラタンを試してみる。
ライ麦の丸パンをくり抜き、グラタンを中に流し込んでオーブンで焼いている。
ネコっぽい顔の形で焼いているが、微妙に似ていないところに愛嬌がある。
見た目も面白く、食べごたえがありそうだ。
「いただきます」
俺は粛々と手を合わせて奪われた命に感謝を捧げる。
そして、ほんのりと茶色く焦げ目のついたきつね色の上面に、フォークを差し込む。
上面は、酒粕のような物を原料とする代替チーズかな?
中からは、とろりとした黄色がかったホワイトソースが湯気を立ち昇らせる。
俺はヤケドしないように、逸る手をゆっくりと口へと運ぶ。
「こ、これは!」
ヴィーガングラタンということで、俺の頭には真っ先に豆乳が使われることは分かっていた。
予想通り、牛乳とは違った優しい味わいだ。
しかし、味わいに深みがある。
ブイヨン、いや、おそらくベジブロスを加えている。
ベジブロスは、野菜くずから作られるスープである。
ただの野菜くずではなく、直接食べることなく捨てられる皮やヘタなどだ。
それらを煮込み、ザルで濾して作られる。
食材が無駄なく使われ、旨味も栄養も豊富だ。
調味料で味付けもしてある、いや、それだけではないな。
『マンドラゴラ』を乾燥させておろしたのだろうか、ガーリックパウダーのように味わいが豊かだ。
もう一口分フォークで次を掬い、目の高さに上げる。
「へえ! これが『マイコニド』か。初めて食べるぜ」
俺は白い身のキノコを頬張る。
プリプリでコリコリの食感、まるでエリンギのようだ。
松茸ほど香りに主張が強くないので、全体の味わいを底上げしくれる名脇役だな。
他にも緑色の葉、まるでほうれん草のようだ。
これは、何のモンスターなのだろう?
いや、普通のほうれん草だ。
色合いも良くなり、味わいにも良いアクセントになっている。
「な、これは!」
俺はさらにフォークを進めると、次に出てきたものに驚かされる。
ヴィーガンメニューなのに、鶏肉?
いや、違う!
これは、オカラだ!
大豆から豆乳を絞り出された残り、それがオカラだ。
このオカラを成型して、まるで一口サイズのチキンになっている。
しかも、味わいが元の世界で食べた高級料亭の卯の花のように出汁がよく染みてしっとりとしている。
それからの俺は、中身と一緒にライ麦パンの器まで食べ尽くした。
ライ麦の黒パンは、小麦の白パンに比べて硬いため、小麦の白パンに比べて低価値だという考えが古くからある。
だが、その栄養価は高く、血糖値の上昇も穏やかにする上、腹持ちも良いヘルシーなパンだと近年見直されている。
くり抜かれた中身のパンで、皿にこぼれたホワイトソースをぬぐって食べる。
食材を無駄にしないだけではなく、食べる側を楽しませる工夫までされているとは。
「……ごちそうさまでした」
俺は、満足してぐったりと椅子にもたれかかった。
行儀が悪い?
そんなものは関係ない。
うますぎて何にも言えないだけだ。
元の世界でも食べ歩き、この異世界でも色々な物を食べてきた俺ですら、語彙力が崩壊しそうな美味さだった。
料理は愛情というが、今回の新メニューも好きになった。
でも、マリーは俺には高嶺の花すぎる。
マリーの愛情を受けられる相手は羨ましい限りだ。
俺は正面の席に座るオーズと目が合った。
完食して満足な俺たちを見ている。
オーズは、マリーの料理を美味しく食べる俺達を見て、自分のことのように嬉しそうに笑っているようだった。
☆☆☆
今夜も特に大きな問題もなく、冒険者ギルド食堂は閉店した。
「もう、オーズさんが予定より遅く帰ってくるから心配してしまいました」
片付けをしていたマリーが少し怒ったように、オレに小言を言った。
「……すまないな。村長の長話に付き合わされてしまってな。なかなか帰れなかったんだ」
普段から柔らかい物腰の彼女が本気で怒っているわけでは無いことは知っている。
オレは少し笑いながら言い訳をした。
今回の食材調達の帰りに寄った村は、王都のすぐ近くだ。
歩いても半日もあれば往復できる。
その村の村長の爺さんは、冒険者ギルドマスターであるマリーの祖父とは長い付き合いの友人同士だ。
食堂で使う大半の野菜や製粉はその村から仕入れている。
マリーが心配しているのは、以前行った『魔の森』での出来事のようなことだろう。
あの時、『ドリュアス』に取り込まれた時は、さすがのオレもダメかと思った。
しかし、オレはすぐにドリュアスの樹の外に放り出された。
ドリュアス曰く、オレの生命エネルギーは雑味が強くて不味いらしい。
ドリュアスにとって、取り込んだ男は自分が気に入った相手であると同時に、魅了した相手だ。
自分に対する愛情しかないから雑味がないのだろう。
だが、オレは魅了されなかった。
その後も長々と拘束されたが、オレはドリュアスに魅了されることは最後までなかった。
そして、ドリュアスはオレを解放する代わりに、渋々条件を出した。
苗木をこの王都近くの森に植えることだった。
ドリュアスの支配地域が広がってしまうが、仕方がない。
精霊や動植物に正邪はない。
生存本能に従っているだけだ。
自分の気持に正直な分、人間よりはマシだと思う。
オレが責任を持ってしっかり管理をすれば良いだけだ。
「あの時に植えたドリュアスの苗が成長して、実がやっとついたのですからね。今回の新メニューは大豆に似ているけど、ミスリルよりも希少なドリュアスの実を収穫してきてくれたオーズさんのおかげだって分かっています。ですが、私はあの時みたいになっているのかと心配したのですよ」
「ああ、すまない。だが、あの話は三年前だ。オレもあの頃より成長している」
「分かってはいますが……」
「それに、オレはドリュアスには絶対に取り込まれない」
オレは、フッと自信を持って笑った。
なぜなら、オレが魅了されている相手は目の前にいるからだ。
それはあの頃も今も変わらない。
―了―
『とろけるような優しさで満たしてくれるあなたに祝福を与えるヴィーガングラタン』
―byマリー
管理者のお仕事 グルメ編2 ~冒険者ギルド食堂はヴィーガンメニューも始めました~ 出っぱなし @msato33
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます