管理者のお仕事 グルメ編2 ~冒険者ギルド食堂はヴィーガンメニューも始めました~

出っぱなし

食材調達

『ドリュアス』


 ギリシャ神話に登場する木の精霊。

 特定の一本の木の化身で、その木が枯れると死んでしまう。

 美しい娘の姿で、気に入った男性を魅了して自分の木に引き込み取り込む。


☆☆☆


 食は、人にとって日常動作の一つであり、生存するのに必要不可欠な行動だ。

 だが、好きな物を満足に好きなだけ食べられる人間は、世界中でほんの一握りに過ぎない。

 反対に飽食の恵まれた国では、ごく当たり前の行動で様々な料理を好きなように選ぶ自由がある。

 

 オレは、そんな恵まれた人間が多く住むフランボワーズ王国王都を拠点に生活をしている。

 その街は、飲食店が飽和状態に乱立しており、日々新しく誕生しては消えている。

 食の都であり、激戦区ではあるが、食べる物を選べるだけで充分贅沢なことである。

 だが、そのことをどれだけの人間が理解しているのだろうか?


 さて、そんなことはオレにとってはどうでもいいことだ。

 オレは、そんな街で成功している冒険者ギルド食堂の食材担当を好きでやっている。


 今回は、店主であるマリーの要望で、新メニューの食材を探しにここにやってきた。

 新メニューは、近年増えてきている完全菜食主義者、ヴィーガンたちの要望に応える形で発案された。


 ギルドメンバー達には反対意見が、いや、やる気がなく、ヴィーガンメニューが新しく加えられることになった。

 野菜の栽培が出来ない極寒地出身であるオレにとっては、かなりの贅沢食に思える。

 

 そのようにして、オレはここに食材を探しに来た。


 ここには、滋味あふれる天然野菜が豊富に自生している。

 しかし、並の人族では生きて帰ってこれないほど危険な土地ではある。


 ここは、フランボワーズ王国の隣国ロートリンゲン大公国との国境にまたがる大森林シュワルツヴァルト、別名『魔の森』と呼ばれている。


☆☆☆


『アォオオオン!』


 オレは、相棒の大狼ダイアウルフユーリの遠吠えにより、ハッと意識を取り戻した。

 暗黒闘気を纏った狂戦士化が解けたようだ。

 右手には、人の姿を持つ根菜『マンドラゴラ』が、絶叫したような形相をしてぶら下がっている。


 マンドラゴラは魔力を回復させる霊薬の原料とされ、魔道士たちの間では重宝されている。

 しかし、地面から引き抜く時の断末魔のような叫びを聞くと、ショックを受けて発狂し、最悪の場合死に至る。

 オレは同じ闇属性の暗黒闘気を身に纏っていたので無効化して無事だった。

 

 それにしても、オレが引き抜くと、市場に出回っているマンドラゴラの顔よりも恐怖に引き攣っているかのように見える。

 植物も恐怖を感じるのだろうか?


 細かいことはいい。

 オレが直接引き抜いてきた方が、アクが少なくて滋味が強いとマリーは喜んでくれるので良しとしよう。


 オレは、背の大かごに他の野菜たちと同じように放り込み、次の食材を探す。

 ユーリは上方に鼻を向け、空気に含まれる匂いを嗅ぎ取る。

 ユーリが無音で駆け出すと、オレも気配を消して後に続く。


 キノコ型のモンスター『マイコニド』を発見、縦に真っ二つで瞬殺だ。


 マイコニドは、意識が向けられる前に先制攻撃ですぐに仕留めないと厄介な相手だ。

 冬虫夏草という虫に寄生する菌類の上位モンスターである。


 通常の冬虫夏草は文字通り虫に寄生するが、マイコニドは人以上の大型動物にすら寄生する。

 寄生された生き物は、体内を苗床にされて死亡し、ゾンビのようにその亡骸は操られる。


 このように厄介なモンスターだが、核を破壊してしまえば危険な胞子を撒き散らすことはなくなる。

 その身体は、古来より不老長寿の秘薬に重宝され、万能薬の材料とされている。

 毒を持っている場合も多いから、食材にするには見極めも大事だ。


 このようにして、オレは必要な食材を次々と集めていった。

 

 カゴには小型の野菜が満載になり、持ってきていた荷車にはマイコニドのような大型野菜も充分に集まった。

 

「……さて、帰るか」

「あら? もうお帰りなのですか?」


 オレがつぶやいた時だった。

 背後から艶やかな女の声がした。

 オレは反射的に振り向き、槍を構えた。

 ユーリも牙を剥き出しにして唸る。


「何者だ!」

「……何者、とは失礼ですね。この森はわたくしの領域テリトリーですわ」


 その姿は、新芽のような薄い緑髪、白樺のように滑らかな白い肌、見た目は目を瞠るが妖しい雰囲気を持つ若い美女だ。

 しかし、オレどころか、ユーリにすら接近を気付かせないほどの手練でもある。

 が、オレはすぐに何者であるのか察した。


「……失礼した。森の守護者『ドリュアス』よ」


 オレは槍を下ろし、跪いて頭を垂れた。

 狩人の性として、その土地の主に敬意を示した。

 ドリュアスは木々をざわめかせる程の殺気を収め、艶やかに微笑む。

 

「うふふ。許しましょう」


 と、言いながらドリュアスはオレに近づいてきた。

 そして、陽だまりに当てられたぬくもりのある木のような手でオレの頬に触れた。


「この森に貴方が足を踏み入れてからずっと見ていました。……ああ! やはり思っていた通りの御方ですわ。綺麗な真っ直ぐな瞳、貴方がほしいですわ!」

「なっ!?」


 突然、森の木々はその枝を伸ばし、オレはドリュアスの本体の巨木の中に取り込まれた。

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