ポテトフライエフェクト

最終話

「うわ、寒いね。もう冬だ」

　ファミレスを出ると、北灯は両手を擦り合わせながら白い息を吐いた。霞のような吐息が冬の夜空に届かず消える。

　僕の超能力は顕現したときと同じように突然失われた。回数限界を迎えたからなのか、役目を果たしたからなのかはわからないけれど、僕はもう時間を巻き戻すことはできない。

　まあそれが自然だ。何の問題もない。

「本当はね、私がさっき告白しようと思ってたの」

「……あ、そうなんだ」

「でもまさか豊城くんに先を越されるとはねえ」

　振り返った彼女は悔しそうな口調と、嬉しそうな表情で言う。

　それに対して僕はあまり素直に喜べずにいた。

　あの時の悔しさはまったく消えていない。当然だ。結末を知っている上に何度でもやり直しがきく、こんな都合のいいゲームをクリアできないやつなんていない。

　目を細めて微笑む彼女を見ると、まるで騙しているような罪悪感に苛まれる。

　僕はまだ君の隣に立てるような人間じゃないのに。

「でも、無理して私より先に行かなくてもいいからね」

「え？」

「正直考えるより先に行動派の私からすれば、沈思黙考の豊城くんは狂ってるように見えるけど」

「おい」

　寒さのせいか頬をほんのり赤らめた彼女は言った。

「でも豊城くんがそこで考えててくれるから、私はどんどん進んでいけちゃうんだよ」

　言い終えて北灯は少し照れたようにはにかむ。

　……そんなこと、考えたこともなかった。

　僕には彼女が眩しく見えているけれど、彼女からは僕がそう見えていたりするのだろうか。

「……そっか、両想いだ」

「うん！　そういうこと！」

　彼女は寒さを吹き飛ばすような満面の笑みを浮かべた。たった一言で僕を救ってみせる彼女はやっぱり眩しくて、僕はどうしても憧れてしまう。

　彼女は無理しなくていいと言うけれど、僕だって彼女の光になりたいんだ。

　――きっと、変われる。

　いくら神様に助けられたとはいえ、僕は自分から一歩踏み出すことができた。

　それはほんの小さな変化でも、この先きっと大きな変化に繋がるはずだ。いや繋げてみせる。

「じゃあまた明日学校でね」

　北灯は右手を持ち上げて小さく手を振る。僕は「また明日」と返そうとして、喉元でその台詞を止めた。

　僕は知っている。時間は戻らない。有限だ。

　だから、今。

「……なあ北灯」

「ん？」

　僕は宙に浮かぶ彼女の右手を掴んだ。少し冷たくなった指先を温めるように優しく握る。

　彼女はその大きな目を見開いた。

「もし、良ければだけど」

　これが今の僕の精一杯。

　こんな些細な変化で僕が彼女に並べるようになるにはどのくらいかかるのか。たぶん想像もできないほどの長い時間が必要だ。

　だから僕はまだこれから何度もこの言葉を口にするのだろう。

「もう少しだけ、一緒にいない？」

　──もう少しだけ。もう少しだけ。

　そんなことを繰り返しているうちに。

「……うん。いいよ」

　いつの間にか百年先でも、君と一緒にポテトフライを摘まんでいられたら嬉しい。

（了）