第3幕

 さっき、確かに別れた筈なのに。

 そう思ってマリアは隣を歩く男を横目で睨み上げた。当の男──シオンは涼し気な表情で当然のようにマリアの隣を陣取っている。


「何で着いて来んのさ」

妖精リリィを守る為にも、危険な妖精狩人リリィハンターの動向はしっかり見張っておかないとな」

「どの口が……」


 見張る、なんて様子じゃない。妖精保護団体ハロルド・リリィ妖精狩人リリィハンターという立場だけを見ればその口実で十分だろうが、いかんせんシオンの表情に緊張感が無い。あまりにも、緩い。

 誰が好き好んで敵と行動を共にするというのか。可能ならばさっさと撒いてしまいたいが、あくまでその隙は無い。


「見張ってるとして、ボクは──……!」


 言いかけた言葉が、ヒュッと喉の奥に引っ込んだ。目の端に掠めたものに一瞬で視線を奪われ、弾かれたようにそれを追う。

 後ろから「おい」とシオンの引き止めるような声が上がったが、最早マリアの耳には入っていなかった。

 目的の人物を見付け、軽いステップで近付けばその場に押し倒す。その人から喉に引っかかったような声が漏れたが、そんなことはどうでもよかった。


「やっと見付けた。会いたかったよ。ボクの手で狩ってあげるね」

「マリア!」


 ナイフを握って振り上げた手を、強い力で掴んで止められる。シオンが追ってきていたらしい。


「女の子に何やってんだ!」

「──へ? 女の子?」


 上から降ってきた言葉に、改めてちゃんと押し倒した相手を見た。何をするんだとばかりマリアを睨み上げる強い目元に長いまつ毛、鳶色の髪は二段に切りそろえられているが、下の段が長い。

 頭に描いていた人物と、似てはいるが、別人だ。慌てて飛び退き、マリアは顔の前で両手を合わせた。


「わーっ! ごめんなさい! ごめんなさい! かたきに似てたものだから、つい! 本当にごめんなさい!」

「敵?」

「あ、いきなり襲われた上に『敵に似てる』なんて迷惑だよね。ボク、頭に血が上って……本当に、本当にごめんなさい」


 平謝りするしかない。この場面で悪いのは自分だと、よく分かっている。

 謝罪を繰り返せば、ゆっくりと立ち上がった彼女はにっこりと笑った。

 ……笑顔は、似ていない。


「私、買い物帰りだったのよね。果物が落ちて傷んじゃったわ」

「買ってくる! 何が必要!?」


 先までのシオンへの態度とは随分違う。いくらマリアが悪かったとはいえ、


「まるで別人だな」


 シオン相手には礼ひとつするのにも不本意そうだったのに。

 思わず呟くと、当たり前じゃん、とマリアが振り返った。


「女の子には優しくしないと!」

「……んん?」


 間違いだとは言わない。言わないが、とシオンは考え込む。あまりにも、自分への対応と落差がありすぎるのではないか。

 短期間とは言えこれまでに見てきた他の誰に対してとも態度が違うのは、相手が女だからか。

 必要なものを女性から聞けば、お金も受け取らずにマリアは店の方に走り出した。まるで忠犬か何かだ。


「……悪い子では無さそうね」

「ああ……まぁ」


 すぐに見えなくなったマリアの背を見送る体制のまま、女性とシオンは短い言葉を交わす。

 正直、シオンから見てもマリアのことはまだよく知らない。出会ったばかりなのだ、当然と言えば当然だろう。

 だけど、先にも本人に言った通り、ただの悪人だとも思えない。面白い人物だ。

 果物を買ってはすぐに戻って来たマリアが荷物持ちをすると申し出れば、当然のように着いて来たシオンと三人で女性の家に向かうことになった。

 道中、女性は自らをシャーリィと名乗った。


「でも不思議だわ。妖精王レディ・リリィの預言だと、今日こんな風に誰かと知り合うなんて言ってなかったのに」

「そうなのか? 俺は預言に異端児だから分かるが……マリアは?」

「知らないよ。ボクの周りの誰も、少なくともボクの前で預言を読むことはなかったから」

「え? えっ?」


 どういうことなの、とシャーリィが頭を悩ませる。預言にということも然り、預言を聞いたことが無いような発言も然り。

 日常を預言と共に過ごすシャーリィにとっては理解の及ばないことだ。


「あ、あなた達、預言無しでどうやって生きてるの?」


 思わずといったシャーリィの問いに、二人は何がおかしいのかとばかり声を揃えた。


「「普通に」」

「ふ、普通……?」


 逆に二人にとっては、預言は身近なものではない。預言に頼る方がいっそ生きづらそうだとさえ思う。

 世の中の人達がどれだけ預言を大切にしていても、本当の意味では理解出来ないのだ。


「預言が無いと、やっぱり不安か?」


 静かにシオンが投げかけると、シャーリィは歩きながら少し俯いた。


「ええ。でも……」

「でも?」


 続く言葉に、また疑問を向ける。


「預言が、外れて欲しいと思ったことはあるわ」


 呟いたシャーリィが足を止めた。

 目の前には、街のそれらよりは少し大き目の一軒家。


「ここが私の家よ」


 にっこりと笑ったその表情は、もうそれ以上は何も聞くなと言っているようだった。

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レディ・リリィの大預言 木霊 麗 @yoruwakakusa

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