第2幕

 閉会後、マリアはまたシオンの側へと歩み寄った。


「お願いがあるんだけど」

「何だ?」

。優勝景品、ちょっと見せてもらえないかな? ちゃんと返すから」


 神妙な表情で言えば、シオンは少し考えた後でそれをマリアに差し出した。受け取って、見つめる。

 クロアゲハの羽の欠片ようなもの。触れるとりん粉らしきものが指を撫で、光にかざすと黒曜石のように輝く。


「……妖精リリィの羽の欠片、だね」

「ああ、黒は珍しいな。俺も初めて見た」

「初めてって。まるで何人もの妖精リリィを見てきたみたいに」


 はは、と空笑いしながらマリアは羽の欠片をシオンに返した。

 妖精リリィが人前に出て来ることはそうそう無い。その羽は幸せを招くと言われ、妖精狩人リリィハンターに狙われているからだ。妖精リリィにとって羽は命そのもの。羽を狩り取られてしまえば、死んでしまう。


「俺は妖精保護団体ハロルド・リリィだからな。そりゃあ、それなりに妖精リリィは見て来てる」


 妖精リリィの羽の欠片を懐に仕舞いながら、笑ったシオンはあっさりとそう言った。

 昔、妖精狩人リリィハンターによる妖精リリィ乱獲で大きな問題になったことがある。それから妖精リリィは人里離れ、ひっそりと隠れて暮らすようになったのだ。

 その問題を受け、およそ十五年前に発足されたのが妖精保護団体ハロルド・リリィだ。妖精狩人リリィハンターから妖精リリィを守るべくして生まれた組織。

 それを聞いて、マリアはあからさまに眉を寄せた。


妖精保護団体ハロルド・リリィ?」


 不快感を隠しもせず表情に乗せる。その様子を見て、シオンはすっと目を細めた。


「お前、妖精狩人リリィハンターだな?」


 確信を持った問い。すうっとマリアは瞳から温度を無くす。無言の肯定だ。

 妖精狩人リリィハンターにとっても妖精保護団体ハロルド・リリィにとっても、互いが互いに天敵だ。相入れることは無い。

 何時間にも感じられる数秒の睨み合い、その後、シオンがふっと笑みをこぼした。


「まあ、お前をただの悪人だとは思わないよ。さっきの妖精リリィの羽も返してくれたしな」

「はぁ? 頭湧いてんの? 妖精狩人リリィハンターを何だと思ってんのさ。ボクがだって分かった上でなんて、よくそんなこと言えるよね」


 何で分かったのかは知らないけど。

 ため息混じりにマリアが言えば、ああ、とシオンは何の気もない様子で口を開く。


「その左耳の耳飾りだよ」

「!」


 一つ、指摘されて、マリアは耳元で揺れる耳飾りをぱっと隠すように握った。


「それは妖精リリィが大切な相手にのみ渡すと言われているもので、常に二つで一組だ。片方だけ持ってるのが既におかしいんだよ」

「……」

「それと、さっきの試合での動き。お前、人を信用してないだろ。一匹狼の妖精狩人リリィハンターに多い性質の一つだな」

「それだけで?」

「ああ。あとは勘だ。妖精保護団体ハロルド・リリィとしてのな。なかなかバカに出来ないだろ?」


 敵同士だとは思えないほど、シオンは軽い調子でおどけて言う。言っていることそのものは真面目な内容なのに、やりにくい相手だ、とマリアは思った。

 それに、自分が妖精狩人リリィハンターだと分かっていたなら尚更、理解に苦しむ。


「何で、さっきの景品の羽、見せてくれたの」


 例え欠片だけとはいえ妖精狩人リリィハンター妖精リリィの羽を渡すなんて、妖精保護団体ハロルド・リリィとしては大間違いだろう。そのままマリアが奪い取るなんてことは考えなかったのか。

 確かに見せて欲しいと言ってからシオンがそれをマリアに差し出すまでは、僅かながら間があった。考えた末、何故渡したのか。

 ムスッと不機嫌を露わにしたままマリアが言うと、またシオンは少し考え込む。


「そうだな……。お前が嘘をつく奴だとは思えなかったから、かな。『返す』と言ったから貸した。それだけだ」

「やっぱアンタ馬鹿でしょ」


 結果論から言うなら、確かに約束は守り羽の欠片をシオンに返した。だけど、それを当たり前のように言われるのは不愉快だ。

 やれやれと息を吐いたマリアは、いい加減シオンとのまともなコミュニケーションを諦めつつあった。何を言っても暖簾に腕押し、焼け石に水というやつだ。

 もうこの男は放っておこう。そう思ってマリアがきびすを返すと、思い立ったようにその背をシオンが引き止めた。


「そう言えばマリアは、これから何処に向かうんだ?」

妖精保護団体ハロルド・リリィの人間に言うわけないでしょ」

「そうか……残念だな。だったら別のことを聞こうか。その耳飾りは何処で手に入れた?」

「……」


 やはり馬鹿なのか。親しくもなく、まして敵対する立場の相手に何故これほど関わろうとするのか。何故そんな相手から話を引き出せると思うのか。

 彼の思考は読もうとすることすら無駄な気がして、マリアはまたひとつため息をついた。


「これは、ボクが一番信用してた恋人から貰ったもの。狩った妖精リリィから奪ったものではないよ」

「だったらまさか、その恋人ってのも妖精狩人リリィハンターなのか?」

「……さあね」


 冷たく返して、マリアはシオンに背を向けたままその場を去った。

 少しの間見送って、それからシオンは口元を緩める。


「信用、恋人ね」


 過去形の言葉は、何を意味するのか。シャラリ、と手の中で音を立てたものに視線を向けたシオンの目は、どこか寂しそうに揺れていた。

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