第13話 葛湯温泉からの手紙
〈13〉
部屋のシャワーで水浴びするとバスタオルでよく水分を吸い取る。
「ふぅ」
バスタオルに包まったままわたしは一息つく。
それは朝のわたしの朝の一連の流れだった。
まず水浴びをする。人間で言う所の朝シャンというやつである。本当は顔を洗うのが目的なのだが何しろスライムは一頭身。顔を洗うのも全身洗うのもそう大差はない。むしろちまちまと水を顔にかけるのが面倒くさいのもあって自宅ではもっぱら顔を洗うかわりにシャワーを浴びてしまう。
でもスライムはお湯が使えないのでやっぱり水浴び。
「ああ、温泉が恋しい~」
わたしはバスタオルで包装された肉まんのようになりながらほぅと吐息をつく。あの温泉の温かいお湯を被る感覚、そして湯船に張られたお湯にどっぷりと浸かり体の芯から温まっていく感覚を思い出す度に溜息が出てしまう。
わたしが葛湯温泉の温泉に入りに日本に旅行した日から数週間が経っていた。
なんだかんだで今でもお風呂に入る度に、ああ温泉よかったな~と思い出してしまう。温泉ロスが半端ない。
「いやいや」
そこまで考えてふるふると頭を振る。
日常生活に温泉はないのだからいい加減温泉ロスを乗り越えないと、
「よし」
と気合を入れなおしてポストを確認すると国際郵便が届いていた。誰からだろうと送り主を確認するとその手紙はお妙さんからのものだった。
「葛ノ湯旅館からの手紙だ」
そう言えば、写真が出来たら送ってくれると言っていた。その手紙だろうか。数日待っても来ないので忘れられてしまっているのではないかと思っていたけど、そんな事はなかった。
お妙さんからの手紙を慌てて開けようとして「いや待て」とフリーズする。
もっと落ち着いてから読もう。
高鳴る心臓を深呼吸で落ち着けてからとりあえず身だしなみを整える。それから大学のキャンパスにあるカフェテリアに行ってミルクと砂糖マシマシのモーニングコーヒーを入れてもらうと席につく。そして一口、口をつけてから改めて手紙を開封した。
お妙さんの手紙に入っていたのは写真と便箋。写真はあの時みんなで撮った記念写真で便箋はお妙さんによって書かれたものだった。わたしはまず写真を手に思わず笑顔を作ると今度は写真をテーブルに置き便箋を手に取る。
丁寧な字で書かれた日本語の文章を読んでいく。
『モモちゃんへ。
お元気ですか。こちらはみんな元気です。
遅れてしまいましたけど、写真が出来上がりましたので送ります。
なかなか送る事が出来ず、やきもきさせてしまったのだとしたらごめんなさい。
あの後、葛ノ湯旅館はとても忙しくなりました。温泉が出るようになったのもそうですが、モモちゃんが言っていた通りスライム向けに積極的にアピールをするようにしたらスライムのお客様が海外から沢山来てくださるようになったからです。
葛湯温泉は今スライムで一杯、源さんも水饅頭が飛ぶように売れて喜んでます。ちょっとずつ撤退してしまったお店も戻ってきてくれて活気も戻りそうです。
あ、知ってますか?
来てくれたスライムさん達、みんなモモちゃんの写真を見て来たって言うんですよ。モモちゃん葛湯温泉ではちょっとした有名人になってます。
温泉もまた湧き出るようにしてくれて、お客様も連れてきてくれてモモちゃんには感謝してもし足りません。
本当にありがとうございます。
またぜひ葛湯温泉に来てくださいね。モモちゃんが来てくれたら葛ノ湯旅館総出で大歓迎しますから。
それでは失礼します。
妙より』
読み終わりわたしは便箋を抱き寄せる。
「そっかぁ」
葛湯温泉のみんなはとても元気そうだった。写真を送るのが遅かったのはめっちゃ忙しかったかららしい。
そりゃ、スライムの入れる温泉なんて他にないのだから知れ渡れば好奇心の強いスライムが行くに決まっている。日本がスライムに適した気候じゃないとか、昔はともかく今は全然そんな事もないしね。少なくともわたしは日本旅行を最後までしてみて体が辛いとは感じなかった。
世代が進むにつれスライムの地上環境への適応能力は上がっているのだ。
わたし達の世代が日本に行けば言われている程でもないとすぐわかる。その事が広まれば更に葛湯温泉に来るスライムの数は増えるに違いない。
というかすでに結構な数が来ているらしい事が手紙から読み取れた。
「わたしの投稿した写真も役に立ったみたいだし」
ふふっと思わず口元がにやついてしまう。いわゆる計画通りというやつだ。わたしが温泉に入っている写真をネットに投稿したのも拡散して広まればいいなと思ったから。途中からフェイクニュース扱いされてたから駄目かなと思ってたけど、しっかりと広まる所では広まっていたらしい。
写真をあげたかいもあるというものである。
わたしが便箋を見つめてによによしていると、
「モモ何、ニヤニヤしてるのよ? ちょっと怖いんだけど」
怪訝そうな声音が聞こえてくる。声のした方を見ると黒人の女の子が疑わしそうな目でわたしを見ていた。
「あ、アンジェラ」
わたしが名前を呼ぶと、黒人の女の子――アンジェラが「はぁい」と軽く挨拶をする。彼女はアンジェラ、わたしの友達だ。
「前に日本に旅行をしたって話したでしょ。その時にお世話になった人達から手紙が届いたの」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたような。スライムが入れる温泉がどうのこうのとか」
「そう、それそれ」
わたしが言うのにアンジェラは思い出すように視線を宙に泳がせた。いや、アンジェラには結構話したと思うんだけど。
「ごめん、結構聞き流してた」
わたしがもぅと溜息を吐くのに、アンジェラは白い歯を見せながら謝る。それからテーブルに置かれた記念写真を手に取ると、
「これがその時の写真?」
「そう、わたしが泊まった旅館の人達。記念に写真を撮ってもらってね。出来上がったら送ってもらう約束だったの。古いカメラで撮ってもらったんだ」
「ふーん、古いカメラでねぇ。だから手紙で送ってきたのか」
アンジェラはマジマジと写真を見ると、
「よく撮れてるじゃん。なかなか良さそうな場所だね」
そう感想を言った。
「でしょ。人は優しいし、温泉は気持ちいいし最高の場所だったよ」
彼女の感想に声を弾ませながらわたしも同意していると、アンジェラが「ん?」という表情を作った。それから写真の側面を指でなでるような仕草をする。
「どうかした?」
わたしが訊ねるとアンジェラは相変わらず写真の側面を撫でながら、
「なんかもう一枚重なってるみたい」
もう一枚?
わたしも関心を持ってその様子を見守っていたが、やがてアンジェラの言っていた通り写真が剥がれて二枚になった。
アンジェラから重なっていたもう一枚の写真を受け取り、わたし「ああ」と表情を緩める。
「この温泉地ね、人が来なくてとても寂れてたの」
「それ聞いた。モモがスライムの入れる温泉を復活させてあげたんでしょ」
その辺の自慢はかなりしたのでさすがに聞き流していたとはいえ覚えてたか。スライムが温泉に沢山来てがっぽがっぽの話まで話している。
だからだろう。アンジェラはにやにやと笑みを浮かべた。
「でも、大丈夫そうじゃん」
「うん」
アンジェラが言うのに、わたしも写真に目を落としながら頷く。
手紙には沢山のスライムが海外から訪れていると書いてあった。
もう一枚の写真。
その写真の中には多くのスライムで賑わう葛湯温泉の風景が写し出されていた。
スライムさんは温泉にはいりたい 志雄崎あおい @zakkii
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