第32話※最終話 輝き

 こおった風がほおぜ、さらわれた髪が視界をふさぐ。さらりとそれを耳にかけ、持ち上げたまぶたの先に広がった海に目を細める。高くから降り注ぐ陽の光が海に輝き、心の奥にほんのわずか残っていた諦めたくない気持ちがゆっくりと形を変えていく。

 寄せては返す波の音が諦めようとしたいくつもの記憶を一つ一つ拾ってくる。

 私はそっと裸足になった。コートも脱ぎ捨てる。心のおもむくままに。誰も居ない海、ではない。まばらな人影から奇異な視線を向けられていることも承知している。けれど、そんなことはもうどうでも良かった。

 こごえた海に踏み入れる。水面みなもに輝く太陽が、この心を奪うから。

 全身に光をびてこの両手にすくったのは、諦められない私だけの夢の輝き。

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300字の物語(短編集) 井上 幸 @m-inoue

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