22



「ん…」


鳥のさえずりに、目を覚ます。


目の前には、書きかけの原稿。


書斎での執筆中に、そのまま寝落ちてしまっていたようだ。


窓から差し込む、春の暖かな日差しが、眩しい。


「……」


永い、永い夢を、見ていた気分だった。


いや、あれは、果たして夢だったのだろうか。



「…ミケ」


ふと、あの愛猫の名前を呼んでみた。



返事は、ない。



私は、返事など返って来ないだろうという事を、心の何処かで理解していた。


「…書くか」





『ニャーゴ』





「っ……」


ーまさか、な。


浮き上がりかけた腰を椅子に落ち着けると、万年筆を手に取り、書きかけの原稿に文字を走らせる。


この原稿が書き終わるのも、きっと、もうすぐだ。


窓から、一枚の、淡い桃色の花びらが、ひらひらと流れて来た。


それは、机の上に飾ってあった、写真立てに舞い降りて。



春が、訪れた。


一人きりの、温かな春が。

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エンジェルタイム 木瓜 @moka5296

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