転生カフェ・レナトゥスへようこそ

涼月

第1話 解毒魔法をかけてやる

 透け感のあるレースワンピース。

 雪肌を演出するファンデーションにいつもは使わない艶やかな紅の色。

 小悪魔的なパフュームの香りに暗緑色のアレクサンドライトのピアス。

 

 全ては、私を一番魅惑的に見せるため。

 

 秘めた想いをぶつける最後のチャンスだったから―――



 拓斗たくとさんのことを好きになったのは、多分私の方が早かったはず。

 なのに、意気地なく告白できないまま、彼は私の親友の優奈ゆうなと付き合い始めた。


 優奈が告白したいと言った時……なんで止めてって言えなかったんだろう。

 私も好きなんだって言えていたら、何かが変わったのかな?

 なんであいまいに『そうなんだ』としか言えなかったんだろう。


 後悔して、なんども胸が痛くなって。

 優奈を裏切って、拓斗さんに告白したくてたまらなくなって。

 でも、必死に堪え続けてきた。

 いつか、二人の関係が自然消滅したらチャンスが巡ってくるかもしれないなんて、あさましい考えを秘めながら。



 でも、今日、二人はゴールインした。


 まばゆいばかりの花嫁。優奈はなんの疑いもなく、私にブーケを投げてきた。

 次は明日奈あすなの番だよって。


 必死で張り付け続けていたって表情が、ガチガチのコンクリートのようになっていて痛かった。


 だから、そのまま一人の部屋に帰るのが辛くて、私はマンション近くのカフェへ足を踏み入れた。いつもは横目に眺めるだけで、一度も入ろうと思ったことなんかなかったのに。

 だって、ちょっと古くて暗い雰囲気が漂っていたから。


 ガタつく扉をガチャリと開ければ、チャリンと来客のベルが鳴って、カウンターの男性が振り向いた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 暗い店内に柔らかなイケボが響いて、私はちょっと肩の力を抜いた。


 なんだ。単に古いだけで、別に変なお店じゃなかったんだ。


 店内に客の姿は無く、一瞬不安がぶり返したけれど、引き返して店を出る勇気も持ち合わせていなくて、カウンターから一番遠い窓際の席に腰を下ろした。


 握り締めていたブーケを横の椅子に置く。ピンクや白の可憐な花々の合間に、花嫁の幸福を願ったサムシングブルー、ブルースターがアクセントになっている花束。 

 いつの間にか、虚しさ漂うため息が漏れていた。



 白いシャツの袖を肘まで捲り、黒いカフェエプロンをつけた長身の男性が、さっと水とおしぼりを持ってきてくれた。サラサラな黒髪が品よく整えられ、肌の白さを引き立てている。思わず綺麗な男性ひとと心の中でつぶやく。

 けれど、押し花が施されたコースターを置いた右腕を見て、私は思わず声を上げそうになった。

 そこには一直線に引き裂かれたような大きな傷跡が。


 事故か事件、事情はわからないけれど。それとも怖い方の道の人だろうか?

 恐々見上げてみれば、柔らかな声とはかけ離れた見定めるように厳しい瞳に絡めとられる。ぎゅっと心の中を掴まれたような恐怖を感じた。


「あんたも死にかけだな」

「え?」


 急に乱暴に放たれた言葉に、不安が積み上げられる。


 何? この男性てんちょう、接客態度最低。やっぱり来るべきじゃなかったわ。

 一瞬、カッコいいなんて思って損した。


 死にかけ? 私が? 

 こんなにおしゃれしているのにどうしてそんな風に思ったの?


「嫉妬で狂い死にしそうな顔している」

「な!」


 そ、そりゃ、嫉妬が無かったなんて言わないわ。

 この五年間――—そうよ! 五年間もずっと片想いを続けてきたんだから。親友の横で、好きな人が親友に囁く愛の言葉を聞きながら、耐え忍んできたのよ。

 

 でも! 私は耐えてきた。耐えきったんだから。

 あんたに、何がわかるっていうのよ。


 口惜しさと怒りで、我を忘れて言い返してやりたいのに、なぜか涙が溢れてきた。 

 直ぐに席を蹴って立ち上がって、捨て台詞を言いながら立ち去りたいのに、言葉が出てこない。動くことさえできない。


「耐えて耐えて耐えきった毒が、全身に回り切ってしまってるぜ。こりゃ、ちょっと時間かかるけれど、解毒魔法かけてやっから、ちょっと待ってな」


 そう言ってさっさとカウンターへ戻って行った男性てんちょう

 

 私は呆気にとられてその背中を目で追った。


 解毒魔法ですって? この男性ひと何者?


 魔法使い? それとも中二病の人?


 でも、その時気づいた。彼が歩くとき、ほんの少しだけれど右足を引きずっていることを。

 さっきの右腕の傷といい、きっと何か大きな事故にあったことがあるんだと思った。死にそうな思いをしたのかもしれない。


 そして、何か能力に目覚めたのかしら? 異能みたいなものに? まさかね。


 流れ落ちた涙は乾ききっていないけれど、抑えきれずに溢れ出てしまった激情は少し落ち着きを取り戻していた。ちょっとだけ好奇心が沸き上がる。

 カウンター内でせわしく動き回っている彼の動きを、目で追うだけの余裕が戻ってきた。

 一体何を作っているのかわからないが、冷蔵庫やオーブンを開け閉めして食材を盛り付けているのが分かった。


 お腹なんか空いていないわ。結婚式の食事、あんまり喉を通らなかったけれど。


 視線を窓の外に向ければ、すっかり暗くなってしまっていて、電灯のぼうっとした灯りがスポットライトのように道を照らすばかり。駅前とは違って、この辺りはマンションが多いから、余分なネオンが光っていない。

 

 こんなところにお店を構えていて、良く潰れないわね。

 

 ふと沸き上がった疑問が心の中を通り過ぎた。


 ま、別に私には関係ないことだけれど。



「これ、食べて毒を出せ」


 そう言いながら何やらトレーに乗せて差し出されたのは、彩豊かなセットメニューだった。


「レナトゥス特製、『転生ランチ』だ」

「転生ランチ?」


 胡散臭い目で見上げれば、思いもよらぬ真剣な眼差しを向けられてドキッと心臓が跳ね上がった。


「どういう意味なの?」

「まあ、言ってみればデトックス料理だ。食べて体にたまった毒を出して、細胞を活性化させる。知ってるか? 人間の体の細胞は三、四か月で九十パーセント入れ替わってしまうんだ。だから、あんたの体も三か月後には、ほぼ別の体になっているってことさ」

「同じ人間なのに?」

「そう」

「でも、記憶が残っているわよ」

「まあな。つまり別の体に転生し続けているのと同じだな」

「転生! 何それ。バッカみたい」


 思わず上げた私の言葉に、ムッとしたような顔になる男性てんちょう

 でも、気を取り直したように少し丁寧に説明をしてくれた。


「店名の『レナトゥス』はラテン語でって意味だ。俺は三年前にバイクでトラックと衝突して死にかけたからわかる。死の淵から戻ってくるのに、三か月かかったんだ。つまり、俺は生まれ変わった俺の体に戻って来たってこと。だから、俺も転生者さ」

「ぷっ」


 真顔で演説する彼を見て、私は思わず吹き出してしまった。

 いや、本当は事故で死にそうになったなんて大変なことで、笑いごとじゃないんだけれどね。


 でも、なんだろう?

 夢のようなことを真剣に語ってくる彼の、ちょっとズレた真面目さがストレートに伝わってきて、私の頑なだった心を溶かしてくれるのがわかったの。

 

 それは素直に温かくて、嬉しくて―――


「いつもはランチにしか出していないんだけど、出血大サービスだぜ」

 コホンと咳ばらいをしてから、彼は料理の説明を始めた。

「端から、菜の花の胡桃和え、カボチャサラダ、ごぼうのピクルスと鱈と野菜の蒸し煮、三種きのこのバター炒め、大根飯にわかめと豆腐の味噌汁」

「すっごい! 種類が多くて見た目も綺麗!」

「だろ!」


 ちょっと自慢気に胸をはった男性てんちょう


「ゆっくりと噛んで食べろよ」

 そう言ってカウンターへ戻っていった。


 さっきまでドス暗い想いでいっぱいだったお腹が、急に小さな音をたてた。

 嗅覚に対する条件反射。体は正直だ。


「いただきます」

 手を合わせてゆっくりと、一つ一つ味わいながらいただく。

 野菜の旨味を最大限に引き出して、最低限の味つけしかしていない料理。それなのに、舌は鋭敏に甘みも塩気も感じ取っていける。


 そうか……ゆっくり味わうと、少しの味の変化も感じ取れるんだ。

 普段、いかにいい加減に食事をしていたんだろうかと愕然とする。

 時間に追われて、何かをしながら、考えながら、味覚を使うことすらしていなかったんだと思った。



 

「いかがでしたか?」

 柔らかな口調で問いかけられたら、思わず正直に答えてしまう。


「美味しい。どれもとっても優しい味で美味しかったです」

「それは良かったです。こういう食事を毎日続けていれば、俺のような美肌転生者になれるから、がんばってください」


 何を言っているんだ、こいつ! と思いつつも、「はいっ」と口に出していた。


 トレーを片づけるのと入れ違いに、目の前に小さなケーキとハイビスカスティーを並べてくれる。ビオラの花が添えられた小さなレアチーズケーキ。エディブルフラワーだから食べられること、ポリフェノールが豊富なこと、ハイビスカスティーはビタミンCが多くて花言葉に『常に新しい美』とか『新しい恋』があることを説明してくれた。


 食べられる花の美しさにテンションがあがる。

 そんな私の横に佇み、静かに男性てんちょうが呟いた。


「死にかけて授かったものがある」

「何それ?」

「人の心を読む力」

「……たまたまじゃないの?」

「いや、ほぼ当たるからな」

「ふーん。それで、私が死にそうって。長い片恋に苦しんでいたことに気づいたって言いたいんだ」

「まあな」


 視線がカチリと合って、彼の黒目が思ったよりも茶味が強くてエキゾチックだなと思う。確かに、なんでも見通せそうな透明感があった。


「転生時にもらえるチートってやつね」

「そういうことだ」

 

 真顔で答える様子に、なんだか憎めないなと思う。

 からかい半分、本音半分で言ってみる。


「私も三か月したら転生者ってことね。じゃあさ、チート能力も欲しいな」

「もう持ってると思うぜ」


 即座に返ってきた答えに驚く。


「え、本当。何かしら?」

「……笑顔」

「え?」


 ポカンと彼を見つめれば、怒ったように顔を背けた。


 なんで怒るのよ。やっぱり、こいつ感じ悪い。


 でも、気付く。私、笑っている!


 感じ悪い男性てんちょうと思いながらも、ちょっと顔を赤くしてそっぽを向いている姿を可愛いと思ってしまった自分がいた。思わず口元が上がる。

 頬も和らぐ。


「そっか。私のチート能力はなんだ」

「……」


 今度こそ、私は心の底からの笑顔に身を任せた。


「だったら、これからいっぱい発動しなきゃ。もったいないわね」


 その言葉に、視線だけこちらに向けた男性てんちょう


「また、転生ランチを食べに来ればいい。毎日日替わりだから」

「普段は会社だからランチに来れないわ」

「……じゃあ、特別。あんたにはディナーで用意してやる。早く生まれ変わった方がいいだろう?」


 ふっと笑った彼の笑顔に、今度は私の頬が赤くなるのを感じた。


 なんかずるい! 彼の笑顔もチート級だわ。

 チートが二つって無敵だよね。


 そう思ったけれど、悔しいから絶対その言葉は言ってあげないと心に誓う。

 


「ふふふ。そんなに私に笑顔チートでノックアウトされたいんだ」

「そんなんじゃねえよ」


 またぷいっとそっぽを向いた彼を見て、私はしてやったりと笑みを放ち続けた。


 でも……新しい恋を始めるのは新しい体を手に入れてからがいい。

 だから、毎日食べにこよう!


『日替わり 転生ランチ』

 今夜もいただきます!



         完

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転生カフェ・レナトゥスへようこそ 涼月 @piyotama

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