第2話 夢の途中(後編)

「スタスタスタ‥」

 俺は、スマートホンの画面に映し出されている「ホテル萬月」を目的地にした地図を見ながら歩いていた。歩きスマホは、教育上良くないことだと知っているが今日だけは許してほしい。だってこのスマートホンに無職脱出がかかっているのだから。


「あーもう、昔から俺って地図全然読めねぇな、時間までに間に合うかな」と心配を吐露した。クローゼットから引っ張り出した、シワれた一年前までの戦闘服だった寂れた黒色のスーツの襟も冷や汗で他の部分とシミで色が変わっているかもしれない。それを想像したら、余計に冷や汗が噴き出てきそうだ。


 俺は、一旦頭を冷やす為に持参した冷たいお茶を飲んだ。

「あー、だめだ、だめだ、だめだ、余計な事ばっかり考えるな!」と心の中で自分に言い聞かした。ネクタイを少しだけ緩くして物理的にリラックスした。不思議と冷や汗が首元から引いていく感覚があった。


「よし、急ごう」と小さく呟き、緩めたネクタイを元に戻して、地図に書かれてある「ホテル萬月」に足早に向かった。


「親鳥のトチュー」を作った日から三日がたった。あの日、お酒を飲みながらインターネットの求人サイトで飲食店の求人を検索した。その時、一番最初に目に止まった求人が「ホテル萬月」の調理場だった。俺は、福利厚生や給料などは見ずに電話番号をメモにとった。そして次の日の朝には、勇気を出して電話をかけた。

 後で知ったが、福利厚生は、そこまで良くなかったが「賄い」ありと書いてあった。飲食店は、それだけ有れば御の字だ。


 飲食店で正社員で働くというのは、半分料理が好きという気持ちと半分何かを極めたいという気持ちを持っている人たちがほとんどだろう。

 ラーメン屋しかり、お寿司屋しかり、その料理のプロフェッショナル達は、全員その料理が好きなのは変わりない。自分もいつか、自分の極めたい料理を一つ見つけてそれ一本で勝負をしてみたいと思う気持ちもある。


 そんな事を考えていたらあっという間にホテルに着いた。ホテルの外見は、ホテルというよりも旅館に近い和なテイストて感じだな。

 

 ホテルの前でさっきも見ていたメールを開いた。

「到着したら、受付の人に『面接しに来ました。』と申してください。」と書かれてある。俺は、スマホをマナーモードにしてズボンのポケットに入れてからホテルの中に入った。


 ホテルに入ると、外装とは違う洋なテイストのインテリアをしていた。上を見上げると夏の大空に浮かんでいる輝く太陽と光を当てると煌びやかに輝くダイヤモンドを足して割ったような綺麗なシャンデリアが飾ってあった。

 シャンデリアに見惚れた後に、ホテルのフロントに迷わずに行った。


「すいません。えー、面接に来ました、新井川です」

「新井川さんですね。少々お待ちください。係のものがすぐに伺いますので」

 綺麗な皺の一つもない服を着た受付のお姉さんが丁寧な対応をしてくれた。丁寧な対応に慣れていない俺は、少しタジタジしながらもその場でポーカーフェイスを何とか保った。

 

しばらくすると、コックコートを着た自分よりも少し歳上ぐらいの女の人がフロントの奥にある扉から出てきた。


「お待たせしました。調理部門担当の新河です。あちらの応接席の方で面接をしますので移動しましょうか」と窓際の席を指差した。手には、いくつか書類とペンを持っていた。


「わかりました」と言った後に応接席の方に二人で移動した。

 席に着くと「早速すいません、こちらの書類にいくつか項目があるので書いてください」と言われ、紙とペンを渡された。項目には、経歴や住所など、どこの面接でも聞かれそうなことが書かれていたが、最後の項目には、「最近作った一番美味しい料理」というあんまり聞いたことのない項目が一つあった。


「あのすいません」


「はいなんでしょう」

 

「この、『最近作った一番美味しい料理』という項目は、何を書いたら‥」


「文字通りのことを書いてください」


「はぁ、わかりました」


「あんまり、気よらずに嘘を書かないでくださいね。後で聞くのでその時、嘘って分かったら‥まぁ、何にもしませんけどね。帰ってもらうだけですよ」


「わかりました」

 少しだけ新河さんの言葉に背筋がゾッとした。


「最近作った一番美味しい料理」か、何を書こうか迷うな。俺は、最近の献立を思い出した。やっぱり一番美味しかったのは、あれだな「親鳥のトチュー」かな。でも、ネーミングセンスがダサいけど、まぁ、いいか。俺は、「親鳥のトチュー」と項目の欄に書いた。


「はい、全部書けました」とペンを置き、書き終わった紙を新河さんに渡した。


「えーとでは、ふふ‥」と少し新河さんは微笑んだ。多分笑った部分は、あそこだろうな。


「こほん、えーとでは、新井川さんの前職は、営業職だったんですか?」


「そうです。家電の営業を2年してました」


「なんで辞められたんですか?」


「体調を少し崩しまして家で療養中に、自分にはこの仕事あってないと思い辞表を出しました」


「そうですか、営業職は大変ですからね。飲食業もとい接客業も大変ですけどその辺は大丈夫ですか」


「学生時代にずっと飲食店のキッチンでアルバイトをしていたので大丈夫だと思います。料理は、今も好きで結構作りますし」


「その料理がこの親鳥のトチューですか。すいません、どんな料理か教えてもらっていいですか」

 さっきよりも少しだけ、顔がかたくなった。ここが、大事なポイントだろうな。


「はい、そうですね。トチューて料理は、一言で言えばシチューのトチューに思い付いた料理です。初めは、クリームシチューを作ろうと思っていたのですが途中で味見をしたときに、これで十分美味いじゃないかと思って、そこで味を整えて完成させた料理です」


「ほう、味付けはどんな味ですか?具体的にお願いします」


「味は、塩味ですけど親鳥と野菜から出た出汁の旨味が口いっぱいに広がります。 後から、ほんのりと爽やかでスパイシーな胡椒とバジルの香りがきて、また食べたくなるような味ですね!ワインにも合うので誰かにほんとに食べて欲しいんですよね。あっ‥」

 

俺は、新河さんの顔を気にせずに自分が喋りたいだけ喋っていたことに気づいた。『やってしまったー』と心の中で叫んでいた。また、帰って求人サイト見ないとな。


「ふふふ、なかなか美味しそうな料理ですね。私も食べてみたいです。じゃあ、最後の質問です。あなたは、何で料理を作る仕事の就きたいと思ったんですか?」


「私は‥」

少しだけ、自分が何で料理が好きになったのかを思い出していた。

学生時代、毎日友達と飲み食い騒いでいた時も、当時付き合っていた彼女も、バイト先のお客さんにも言われた言葉「美味しかった!」が聞けた時が一番嬉しかった。


「私は、自分が作った料理を食べた人が「美味しいかった!」と喜んでくれる笑顔が好きだから料理を作るのが好きになりました。営業職は、大事な仕事だと思ましたが、休んでいる間、自分は料理で誰かの笑顔を作る料理人になりたいです」

 喋った後、鼓動が弾けているのが分かった。自分が緊張していたことを忘れていたようだ。


「わかりました。本日はありがとうございます。一週間以内に採用の場合携帯電話の番号に連絡を入れます。不採用の場合は、連絡しませんのでご了承ください」


「はい、本日はありがとうございました」

 お辞儀をした。こんな俺に面接してくれただけでもありがたい。

 お辞儀をした後、俺は、ホテルから迷わずに家に帰った。

 

 帰り道は、少し清々しい気持ちになっていた。自分の原点をあらためて知れたのが嬉しかった。もし、落ちていても別の何処かで、頑張って働いて料理を作っているビジョンが見えた。それだけでも、今回面接を受けた意義があったのかなと思える。


ー数年後ー


「いらっしゃいませ!お好きな席にどうぞ」

 ここは、町の小さな洋食屋。あの後ホテルから連絡は来なかった。要は、落選したのだ。その後、知り合いの紹介でこの洋食屋で働くことになった。授業員は、強面で腕は超一流の大将とウェイトレスの大将の娘と俺だけだ。


 大将の技術を毎日習いながら日々腕を磨くこと料理を作ることに没頭している。給料は、そんなに高いとは言えないが、こんなにもやりがいのある仕事はないと個人的には思っている。


「ご馳走様でした。美味しかったです!」と客との距離が近いのでお客さんの近くで聞こえてくるのがたまらなく嬉しいのだ。

 

 俺は、しばらくこの店で頑張ってみようと思う。自作の料理のレシピノートも作った。一ページ目には、親鳥のトチューの料理が載っている。あれから改良を重ねて美味しいと自信を持って言える自分の料理になった。


 今の夢は、自分の店を持つことだ。まだ漠然とした夢でまだまだ、時間がかかりそうだが店の名前だけはもう決めてある。

 店名は「Middle of a dream」意味は「夢の途中」だ。

 

 店を持つその日まで、頑張ってみようと思う。まだ、自分には伸び代しかないからな。
















 






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25歳男性 特技は料理を作ること 黒バス @sirokuro2252

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