巻いて行こう

工事帽

巻いて行こう

 ある冬の日の夕方。日の短いこの季節はすぐに暗くなる。時間は夕方でも、外の景色は随分と暗い。仕事が定時を迎える前に真っ暗な景色に変わるだろう。

 そんな日でも、俺の仕事はたいして変わらない。


 日々の出来事から、ちょっとした話題を記事にする。


 公開するのはWeb上だ。

 昔は新聞にしても雑誌にしても、その会社に採用されなければ金にならなかった。今はサーバーを用立てて記事をアップロードするだけで、少なくとも取っ掛かりにはなる。良い時代だ。そこで稼げるかどうかは別問題にしても。


「おっかしいなー」


 リモコンのボタンをポチポチ押しながら文句をつぶやく。

 ボタンの効きが悪いのか、何度も押し直してなんとかテレビが反応する。


「電池ないんじゃないすか」


 軽く言ってくるのはアルバイトに来ている篠原だ。

 大学生ながら、卒業後は起業したいと言って、うちのような零細企業なのかフリーランスなのか分からないような所を渡り歩いているらしい。


 今どきの大学生、とは言い切れない汚い恰好の男だ。カバンに沢山のシールを貼っているのが余計に汚しているようにも見える。

 たまたま雑用を頼みたくて出した求人広告を見てやってきた。どうせこっちも小汚いおっさん一人の事務所だからと、小ぎれいな人よりも気楽だと考えて採用した。起業したいと言いながらも、何をやりたいのかと聞くと時代を先取りするという、よく分からない男だ。


「先月交換したばっかだぞ」


 リモコンを軽く振りながら答える。

 それに何回かに一度は反応するのだ。電池が切れたならまったく動かないはずだ。


「ちょっと貸して下さいよ」


 そういう篠原にリモコンを渡す。

 するとテレビは普通に反応するようになった。


「なんでだよ」

「使い方が悪いんじゃないすか」


 ボタンを押すだけなのに使い方なんてあるわけないだろと、リモコンを受け取ってみるも、やはり反応するのは数回に一度だ。


「ダメだ。操作は任せた」


 まったく動かないわけではないが、何度も同じボタンを押すのはストレスだ。リモコンを渡して操作を任せてしまうことにする。


「いいですけど、定時までですよ。今日は用事があるんで」


 スマホの時計を見れば定時まであと十分しかない。


「じゃあ、録画してあるニュース番組を再生してくれ」

「ニュース番組をニュース記事にするんですか、なんか無駄っぽいですね」

「うっせ」


 テレビの番組とネットの記事じゃあ見る層が違うんだと、ノートPCの前に陣取って、記事を打ち込む用意をする。

 ニュース番組の中で取り上げられている有名人の記者会見が今日のネタだ。

 事実を報道してもらう、という体裁なものの実際には謝罪会見みたいなものだ。本人のコメントと、以前からある悪い噂を組み合わせれば面白い記事になるだろう。


 会見を見ながら本人のコメントを打ち込んでいく。記事の体裁はともかく、本人のコメントを間違うわけにはいかない。こっちがフェイクニュース呼ばわりされてしまう。


「ちょっと待ち」


 長いコメントが途中から拾えなかった。


「少し巻き戻して」

「巻き? え?」

「だから、巻き戻して。映像を、戻すの」

「ああ、早戻しっすね。変な日本語作らないで下さいよ」


 は? 変な日本語?


「いやいやいや、待て待て待て。言うでしょ。『巻き戻し』」


 言っている間に、映像は見たいシーンを通り越して巻き戻る。


「そこだ、そこから再生しなおして」

「はい」


 ニュース番組で取り上げられるのは、会見の中でも一部の切り抜きだ。会見全部を流すわけではない。コメントもすぐに拾い終わるはずが、聞き取りにくい箇所があって、何度か再生し直しを頼む。


「そういやもうビデオテープは使わないか」


 巻き戻りがいつの間にか違う言葉になっているのが、その理由に気づいた。

 今見ている録画だってハードディスクだ。テープじゃあない。

 不思議そうな顔をしている篠原に軽く説明する。


「ビデオテープだよ。テープ。見たことくらいはあるだろ」

「テープって言うとマステっすか」

「マステ?」

「マステ知りません? マスキングテープ」

「あれって塗装するときのやつだろ。模型とか作るのか」

「は? マステはデコるためのものっしょ」


 どうにも会話が噛み合わない。

 もしかしてビデオテープを見たことすらないんだろうかと不安になる。ハードディスクに録画するようになったのは何年前だったかと考えても、すぐには思い出せない。

 ビデオテープ以外に似た物がなかったかとも考えるが、オーディオテープなんてCDやMDに置き換わったのは、ビデオテープよりももっと昔のことだ。

 巻いてあるメディア自体がもう存在しないのかと考えて、時代に取り残された気持ちになる。


「それよりも、用事あるんですけど」


 そう言われて見ると、いつの間にか定時を過ぎている。


「巻き入れて下さい」

「あ、そっちは使うんだ」

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