悲劇のパライソ
金森 怜香
島原の乱
時は一六三七年十二月十一日
さらには、藩によるキリシタンの迫害、年貢の過重な負担により飢饉の被害が多発していた。
なお、百姓とは
「もう無理だ」
そう言って、領民たちは原城へと募る。
そして領民たち、百姓たちは、以前この島原を治めていた
百姓たちは藩にも年貢軽減を幾度となく訴え続けた。
このままでは…!
このまま状況が変わらないのなら何もかも失ってしまう!
そう感じていた。
「このままでは、家族までも飢え死にしてしまいます! 何卒! 何卒ご慈悲を!」
「子供が! 子供が病を得て床に臥せっております! このまま見殺しにせよ、と仰せなのですか!」
「おとっちゃんが倒れて年貢を用意できませぬ! ご慈悲を」
百姓たちは何度も何度も、藩へと訴えた。
祖父母を、親を、子供を、孫を、そして自分の生活を守るために。
それでも、藩からの返答は一つだった。
「できるでしょう。出来なくては困ります」
民たちは訴えても半側は突き返した。
「関ケ原の戦いなどなければ……!小西様や有馬様が治めて下されれば……」
その為、彼らの訴えに多少なりとも年貢を軽減し、家族を守ることができていた。
だが、小西行長は関ケ原では西軍に与し、西軍敗走後に伊吹山へと逃れた。
後に捕縛されたが、自害を禁ずるキリシタンだった為、武士としての切腹は許されず、関ケ原の戦いで西軍の全線で指揮を行っていた石田三成及び、毛利方の外交僧であり西軍首脳の一人であった
なお、外交僧とは武家の対外交渉の任を務めた禅僧のことを言う。
戦国時代には僧が武家に仕え、他との交渉を請け負うことが多々あったのである。
有馬晴信は岡本大八事件により、1612年3月22日、晴信も旧領回復の弄策と長崎奉行殺害企図の罪で甲斐国郡内に流罪を命じられ、晴信の所領である島原藩4万石は改易のうえ没収に処された。
ただし、家康に近侍していた嫡男・
首謀者となった旧有馬氏の家臣たちは、キリシタンの間でカリスマ的な人気を得ている旧来天草藩の領主であった豪族の一人、当時たった一六歳であった
そして、有馬村のキリシタンに呼びかけ、集団で代官の
「有馬村の林が殺害された! 反乱を起こした者どもを撫で切りに処す!」
ここに、島原の乱が幕を開けた。
キリシタンの彼らは、つらいことが起きると決まって合言葉をかけて励ました。
「パライソ!」
楽園へ、という意味だ。
一揆を乗り越え、ともに明るい未来へ! 楽園へ! と励ましあったのであった。
それがさらなる悲劇を起こすとも知らずに。
信者たちは、天草四郎へと次々に言う。
「四郎様、お言葉を!」
「パライソ!」
穏やかに微笑み、信者たちに語り掛ける。
だが、全員が全員、全てが全てキリシタンではなかった。
時には、徳川政権から豊臣政権へ!と紛れたものも少なくはなかった。
というのも、天草四郎は豊臣秀頼の遺児といううわさもあったからだ。
大坂夏の陣で秀頼の嫡男であった国松は乳母らとともに落ち延びていたし、国松には庶子の兄妹もいるなどと言ううわさもあった。
豊臣政権の時ですら、建前上の禁教令は出ていた。
だが、事実上はお目こぼしを受け、密かに黙認されている状況下だったからまだ暮らしやすい時代だった、だから豊臣政権へ戻せ!と参加したものも少なからずいた。
だが、やはり一揆軍とはいえ寄せ集めの軍勢であった。
次々と行動は苛烈になっている。
寺院を焼き落とすものが出た。
パチパチと火の音に僧侶たちは慌てふためく。
僧侶はもちろんキリシタンではなかった。
寺院が焼け、立ち尽くした僧侶たちを殺害する者が現れた。
さらには、地蔵の首を落とすものまで現れていた。
キリスト教に入信しない民を見つけてムリヤリ入信させようとした。
結果、拒まれ殺害した者も現れた。
「神はこんなことを望むだろうか……」
ぽつりつぶやく四郎。
だが、熱狂している信者たちにその心など伝わるわけがない。
キリスト教こそ!
四郎様こそ!
だが、四郎から与えて欲しい言葉など一つだった。
「パライソ」
四郎はそれをただただ穏やかに言うほかなかった。
ほとんどの信者はその言葉のみを待っていたのだから。
やはり、一揆がおきた、そうなれば幕府側も黙ってはいなかった。
日に日に討伐軍から包囲がきつくなっていく。
天草四郎の母や姉妹などは、投降を促す手紙を書いた。
「母や姉妹たちは無事であったか……」
「ですが、あなた様が投降したところで命の保証はございませんでしょう」
信者たちは四郎を引き留めた。
そして、投降を拒否する手紙を送り付けた。
だが、密かに幕府側と内通したものがいた。
「副官殿が……! 幕府側と内応をしておられる!」
副官であった
証拠である文とともに。
「右衛門作……、あなたが……。……致し方ありません。有馬牢へと閉じ込めておいてください」
「はっ!」
山田右衛門作は原城天草丸の有馬牢へと幽閉されてしまった。
きつい包囲を見た四郎は言う。
「このままでは民が飢えてしまう……」
四郎は信者で動ける者に命を下した。
「動ける者は、断崖絶壁を下り、海藻だけでも取ってきてほしい」
「海藻を?」
「少しは腹の足しになるだろうから……。このままでは皆が飢えてしまう」
有志たちにより、海藻採取が行われた。
だが、やはりそこで命を落とすものも少なくなかった。
「……ふむ、海藻しかない、とな」
流れ着いた遺体を見つけた
「恐らく一揆軍の兵糧は少ないと見える」
「いかがいたしますかな?」
「総攻撃か、兵糧攻めの継続か……。幕府の威信にも関わるな」
軍議で総攻撃と決まった。
やせ細り、動くのがやっとの民がやはり多い。
だが、幕府軍は老いも若いも、男も女も関係なく総攻撃を仕掛けた。
「ぱっ……パライソー!」
討ち取られる直前、民たちは叫んだ。
原城の敷地内に響き渡るは断末魔と幕府軍の雄たけび。
だが、一揆軍も大人しく討ち取られるわけではなかった。
結果として、幕府軍も死傷者合計おおよそ1万ともいわれている。
「四郎様、お逃げくだされ!」
信者たちは四郎を逃がそうとする。
「パライソ!」
皆が口々に叫ぶ。
幾人もの少年たちが叫ぶ。
「我こそ天草四郎なり!」
そして次々に討ち取られていく。
「どれが本物の天草四郎であるか?」
幕府側は情報が伝わっておらず、混乱が生じた。
四郎自身も少年たちに混ざって討ち取られてしまっていた。
乱への参加の強制を逃れて潜伏した者や、
牢に幽閉されていた山田右衛門作は、根絶され地獄と化した原城に一人立っていた。
彼は矢文にしようとしていた文を見せたことで、一人命を繋ぐことができていた。
「皆が……、死んでしまった……。四郎……!」
「お前がすべてを、背負っていくんだ!」
松平信綱は右衛門作に厳しく言った。
山田右衛門作はその場に泣き崩れるしかなかった。
一揆勢2万7千人とも3万7千人とも言われる死者たちは、もうパライソから現世へ戻ってくることはないのだから。
悲劇のパライソ 金森 怜香 @asutai1119
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
香りに誘われて/金森 怜香
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
生け花日和/金森 怜香
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます