第2話 700と20を数えて

「これより今日この日に16歳の誕生日を迎えた少年少女たちの竜降式を会式する」



無数の色を輝かせるステンドグラスやランタンなどで煌びやかな装飾のされた巨大な壁に囲まれた中で地区長は会式を宣言する。



16歳になった子供が自分の竜を授かるこの儀式では、本来何十人もの子供が押し寄せているにもかかわらず、この日は2人しか誕生日を迎えた子供がいない。



それでもその2人のために式は始まる。それだけこの儀式は重要なのだ。



しかしこんなにも広い会場で祝われるのは2人だけ。重要なのはわかっていながらもさみしさを感じるのは普通の感覚だろう。




式は生まれた時から何度も聞かされてきた龍に関する話が地区長の口から長々と語られる。竜の種類、特徴、存在。結局どれも形式的な内容になっている。いくら16歳とはいえまだまだ子供、そんな話は学校の授業よりもつまらなく2人は眠っている。




〔デ……ディ……ディア……目を開けろ。数刻もしないうちに貴様の元へと至る。心しておけ。これだけは言っておこう。貴様はこの世界を、運命を……〕




「2人とも。もう話は終わりましたよ。さぁ、あなたたちの竜に会いに行きましょう。」




地区長の声に起こされるが、2人ともあまり気分のよさそうな顔ではない。


「あの...地区長さん。さっきなんか言ってました?なんか”目を開けろ”とか”心しておけ”みたいな。」


座っていた少年が顔を上げ、地区長を見つめている。



「あ、そんな感じの声私も聞いた!夢...だったのかな。やけにリアルだったけど」




少女もやっと目を覚まし、少年を見つめながら口を開いている。

真っ暗な闇の中、圧倒的な力を感じさせながらも雪のような美しさのこもったあの声が、いまだに少年の頭の中に響いていた。






地区長と2人は場所を変え、『竜の大穴』と呼ばれるそこも見えないような穴のすぐ近くに立っていた。


16になった子供がこの谷へ飛び込むと、その勇気を認めた竜が忽然と谷底から現れ助けてくれる。


そんな話を信じて、毎日何人もの子供が谷に向かって飛びこんでいく。




今から飛び込む2人ももちろんその子供の中に入ることとなる。


だが正直、少年は谷に落ちることに恐怖を感じていた。




「ねぇ、早く竜に会いたいんだけど、もしかして落ちるのビビってる?」




少女は小馬鹿にしたように笑っている。




「そ、そんなわけねぇだろ...。よく見てろ。今飛び込んでやるからよ」




見栄を張って穴に近づいていくが足の震えが止まらない。彼は知らなかったのだ。自分が高所恐怖症であると。




涙ぐみながらも女の子相手に弱い姿は見せられないと、引きずりながらも足を前へ、前へと動かす。




ようやく、少年はあと一歩で穴に飛び込めるというところまで来ていた。が、いざ飛ぼうとすると勇気が出ない。あきらめて帰ろうにも少女に見栄を張った手前、後ろを振り返ることはできない。




そう少年が立ちすくんでいると少女は後ろから肩をたたき、


「なにうじうじしてんのよ。ほら、さっさと行ってこぉーい!」


と言い放ち少年の背中を両手で思い切り押す。




「えっ、ちょっと何してっ……」




文句を言い終わる前に彼は、落ちていた。




風を切る音が頭まで響いているが、彼には聞こえていない。彼はただ、竜が現れることを願っていた。




「おい、ほんとに助けてくれんだよな?俺このままじゃ死んじまうって!」




この声が竜に届いているのか、そもそも声になっているのかもわからない。






〔安心しろ。無理に声を出す必要はない。私はずっと貴様を見ている。貴様はただ身を委ねていればいい〕






声が聞こえた。聞こえた...というよりは耳元でささやかれたような、音でない音。


頭の中に突然響いてきた声に困惑している間に真下から強風が彼の服をはためかせる。




少年は風が起こっているほうへと体を捻じる。




「貴様からすれば初めまして...ということになるのか」




ついさっき頭の中に響いた声の主がそこにはいた。




白い翼の、紺青の眼を持つ竜。




「私の名はクラトラス。よろしく頼むぞ」

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