Rummy

snowdrop

Rummy

 冬が寒いと知ったのはいつだろう。

 埃のような塊が降り積もり、辺りを一色にまとめていく光景も見なくなり、身震いする日も少なくなっていた。


「机の中に入ってただろ」

 掃除が終わって教室に戻ると、クラスの子に声をかけられた。なんのことかわからず席につくと、他の子からも「ちょっと見せてみろよ」と言われる。

 ますますもってわからず、机の中にしまってある教科書やノートを出して見せてあげた。

「あれ? おっかしいな……」

 周りの子達は、それぞれ自分の席へと戻っていく。それはこっちのセリフだよと口の中でつぶやきながら、ロッカーからランドセルを取ってくる。机の上に置いて、教科書とノートを入れようと開けたとき、何かが入っているのに気がついた。


 みんなが聞いていたのは、これかもしれない。

 薄くて細長く、板状のものが入っている。封筒みたいな大きさで、緑色の包装紙でくるまれていた。こんなものを学校に持ってきていただろうか。

 教室に担任の先生が入ってくるのが見えた。考えを後回しに、急いでランドセルの中に入れて蓋をした。

 帰りの会が終わり、さようならと挨拶する。

 高学年の人達と集団下校をしながらの帰り道、ランドセルがやけに重たく感じる。入っていたものが気になって仕方がなかった。

 少なくとも、周りの子たちはあれが何なのか知っているに違いない。だけれども、入っている場所までは知らなかった。みんなは、机の中にあると思っていたけれど、実際はランドセルだった。

 つまり、入れたのはあの子達ではない。

 どうしてだかわからないけれども、誰かが入れることを知っていたのだ。でも誰だろう。おそらく、あの子達は相手を知っている。あの子達と仲がいいか面識のある……クラスメイトの誰かだ。

 自分の良いところは、人を信じやすいところであり、欠点でもあった。冗談を言われてからかわれたり、嘘をつかれたり、ひどい目に合うこともあった。

 きっと今回も、誰かのいたずらかもしれない。

 こんなことなら、あの子達にランドセルに入っていたと教えてあげればよかった。そう考えれば考えるほど、足取りが重くなっていった。


 帰宅して自室でランドセルを開けた。

 一体何が入っているのだろう。包装紙を破らないようめくっていく。

 中から出てきたのは、手紙と、白っぽい箱に入った市販の板チョコだった。

 自分でお菓子を購入したことがなかった。まして、板チョコを食べた記憶すらなかった。

 退院して、日々薬を飲んでおり、清涼飲料水やジャンクフードなどお菓子を食べないようにと医者に言われていたため、口にしてこなかった。だから、最初目にしたとき「なにこれ?」と奇異な目でパッケージのアルファベットを見つめては読めず、裏返しては細かい字がならぶ成分表示をじっと目で追った。

 チョコレートの文字を見つけても、なんだろうと首をかしげてしまう。そういえば最近みたようなと思い出し、これがCMで流れているチョコレートなのかと感心してしまった。

 とはいえ、なぜにチョコレートが入っているのだろう。

 同封されていた手紙を読めばわかるかもしれない。

 開いてみると名前があり、クラスの女の子からだった。よく知っている。以前、学級委員をしていたとき、一緒に務めていた子だ。

 文面の内容を簡単にいえば、これからも仲良くしてねと書いてあった

 振り返ってみると、学級員をしていた時期は短い。進級してから学級委員決めが行われて選ばれたものの、二カ月足らずで入院してしまった。退院したのは夏休み直前。学級委員らしい仕事をした覚えがあるのは、後期の学級委員が選出されるまでの間、夏休み後からのわずか十日足らずだ。

 クラスメイトとはいえ、班は違うし、席も離れていて、ほとんど話す機会はなかった。

 だけれども、手紙を頂いた以上、返事を書くのが礼儀だと思い、便箋とペンを用意した。

 と、そのまえにチョコを食べないと感想が書けないじゃないかと、包みを開けてみる。薄い箱のなかには、アルミ箔でくるまれたものが出てくる。めくろうとするも、なんだか柔らかい。ひょっとすると、解けているのだろうか。食べる前に冷やしたほうが良いのかもしれない。

 冷蔵庫へ持っていくも、このまま入れたら、家族の誰かに食べられてしまうかもしれない。それに凍らせれば早く固まるはず、と冷凍庫へチョコを入れた。


 翌日、冷えて固まったチョコをかじってみる。思った以上に硬すぎてかじれない。食べやすくなってからにしようと、しばらく机の上に置いておくことにした。

 チョコの横に便箋を置き、先に手紙を書き出してみる。ペンがちっとも進まない。よく考えたら、ろくに話した記憶がないのだ。

 何を書いていいのか思い浮かばず、食べやすくなったチョコをかじってみる。

 外側はバキッと噛み砕く食感があってほろ苦い。中身は柔らかくてドロリとしたものがなにか混ざっている。 噛むと口の中で弾け、薬みたいな独特な匂いが薫る。食べすすめれば、ぶどうみたいな風味がカカオと混ざってきた。そういえば、パッケージには緑色のマスカットの絵が描かれていた。

 チョコレートとはこういう食べ物なのかと噛りつつ、チョコのお礼と感想、仲良くしてねと返事を綴った。

 親によれば、二月十四日はバレンタインデーであり、チョコレートを贈る日らしい。もらった人は、三月十四日のホワイトデーにお返しをしなければならないという。

 しかも、お返しはチョコではなく、クッキーやマシュマロ、キャンディなどだという。ただでさえ、お菓子を食べていないのに、見たことも聞いたこともないものを選ぶのはハードルが高すぎる。書いた手紙だけでも渡そうかと思案するも、やはり手紙だけでは失礼かもしれないと思えてくる。

 そもそも、勉強以外のものを学校へ持ってきてはいけない事を知っていた。ルールは守るためにあるのであって、破るためにあるのではない。

 お返しを諦めてかじるチョコは、とにかく甘くて苦かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rummy snowdrop @kasumin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ