遺伝子に 突き刺さったは 推しの声

長月瓦礫

遺伝子に 突き刺さったは 推しの声


リラの遺伝子に衝撃が走る。

刃物でも突きつけられたかと思って振り返っても、何もいない。

明らかに何かが刺さった。言葉では言い表せないほど、鋭い何かだ。


周囲を見回すと、展示用に置いてあるテレビから投げられたものだと分かった。

スピーカーから音楽が大音量で流れ、カメラはステージに立つ少年を追いかけていた。その先に満面の笑みを浮かべた少年がいた。


彼女は足を止め、画面に見入っていた。

突き刺さるような声は彼から発せられたものであり、心をつかんで離さなかった。


画面はスタジオに切り替わり、五人組が並んで座っていた。


「ホウキボシのみなさん、ありがとうございました。

最新シングル、『青い月は二度訪れる』にはどのような思いが込めらているのでしょう」


「単純にあれですね、こいつがバカなだけですよってことを伝えたいだけです」


背の高い男が指さした。

歯に衣着せぬ言い方にアナウンサーは苦笑していた。


「ホントそれな。ツアーの願掛けしてくるわって言って超人レースに参加する奴がいるかよ」


「しかも優勝しちゃうしな」


「何気に器用だよな、お前」


うんうんと他のメンバーはうなずいている。

年末に開かれたサバイバルレースにアイドルが参加し、話題になったのはぼんやりと覚えている。初参加にして優勝し、年末年始の話題をかっさらった。


「別にいいだろぉ! 勝ったんだし! おかげでツアーも絶好調だし!」


銀河系をめぐるツアーの真っ最中で、先ほどの映像はライブのものだったらしい。

大きな会場は多くのファンで埋め尽くされ、ライトが虹色に輝いていた。


「あのレース見てましたって人、確かに多いもんな」


「てか、年末年始の恒例イベントだし、世間様からの注目度も上がるってもんだよ」


「本当にとんでもないことをやってのけてくれたよな」


「こんなボーカル、他じゃいないっての」


メンバーから小突かれながらも、笑顔を浮かべている。

愛されているのがよく分かる。


「まあ、絶対に叶えたい夢があるなら、全力でやってみろよってことを俺たちなりに伝えてみました。

たった一つの願いをかけて全力を尽くすなんて、超絶かっこいいじゃないっスか。

あのレースでヒーローになりやがったコイツのことなんで、無茶ぶりしても応えてくれるだろうなっていうのもあったんですけどね」


「確かに、超人選手権初参加にして優勝という偉業を成し遂げましたからね。

その雄姿は伝説なのかもしれませんね。

こちらのシングル、各サイトにして好評配信中です」


「ホウキボシ必修科目だから、絶対に聞いておけよ?

それじゃ、次のステージでお会いしましょう!」


番組は次の話題へと変わっていった。

リラは夢見心地のまま帰宅した。


その後、年末にやっていた超人レースとやらを検索し、宣伝していた曲もダウンロードした。


その日から、彼女の世界がぐるんと変わった。

ヒーローが現れた。まさにこの一言がぴったりだった。


「……それで、どんどん沼にはまっていったと?」


「沼とはなんですか! 本当にかっこいいのに!

ブラッドさんも見ましょうよ、レース自体もすごいおもしろいですし!」


「うわ、すぐそうやって沼に引き摺り込むんだから」


底なし沼に沈んでいくように、アイドルを追いかけ始めた。

どうせすぐに飽きるだろうとベガは思っていたが、熱は増すばかりだった。

どうにもできないと早々に諦め、放置している。


「本当にすごかったんですって!

チケットも未だに当たらないし、いつになったら会えるんですか!」


「そんなもん知るか!」


普段は穏やかなブラディノフもこの時ばかりは声を荒げた。

リラがアイドルを語り始め、すでに数十分が経過していた。


この話、いつ終わるのだろうか。

声に出せない言葉が脳内を駆け回っていた。


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遺伝子に 突き刺さったは 推しの声 長月瓦礫 @debrisbottle00

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