いつまでも できると思うな 推し活動

長月瓦礫

いつまでも できると思うな 推し活動


ドア越しに鋭い叫びが聞こえた。マンションの大家であるリラの部屋からだ。

たまたま階段の踊り場に居合わせたブラディノフは一瞬、体を硬直させた。


地球よりもはるかに技術が発展しているとはいえ、マンションはマンションだ。

騒音はどこにいても聞こえるし、振動も壁や床越しに伝わってくる。


ましてや、今は深夜だ。叫び声はよく響く。

完全循環型集合住宅ノアは水上に浮かんでいるから、逃げ場はない。


誰かが部屋に押し入れば抵抗できず、やりたい放題されるのは目に見えている。

セキュリティも万全なはずだが、犯罪者はいつも死角を突く。


恐ろしい想像を逃れるようにリラの部屋へ急いだ。

ドアの脇に荷物を置いて、ブラディノフはインターホンを鳴らした。


『おまえら! いくぞ!』


野太い男の声の後に再び悲鳴が上がる。

そこに甲高い声が重なる。


どうも相手は複数人いるようだ。

どこから侵入したのだろう。船は見当たらなかった。


まさか、発電所から入ってきたのだろうか。

あそこからであれば、住宅内の侵入は簡単だ。


発電所の扉は朽ちており、ほぼ機能していない。

管理者用の出入り口を使えば、建物内へすぐ侵入できる。

嫌な想像は次から次へ膨らむ。


少し遅れて、弟のベガが出迎えてくれた。

後方で名前を呼ばれた気がするが、今はそれどころではない。

ブラディノフは事情も聴かずに部屋に上がり、突き当りのドアを開けた。


「ちょっ……ヤバい! ヤバいって! 

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


大型ディスプレイの前でリラが両手でペンライトを振っていた。

悲鳴にも似たような声を上げ、柄にもなくはしゃいでいる。


5人の男がステージの上に立っていた。

それぞれが楽器をかき鳴らし、突き刺さるような音楽を奏でている。

無数に輝くスポットライトが縦横無尽に駆け回る。


男の叫び声はこの映像から流れていたものらしい。

状況が掴めないブラディノフは口をぽかんと開け、突っ立っていた。


「えーっと……ブラッドさんは初めて見ますよね。

ホウキボシってグループなんですけど」


ベガが呆れたような表情でリラを見ていた。


ホウキボシは5人組のアイドルグループであり、ロックバンドでもある。

結成100周年を記念した宇宙ツアーの真っ最中で、一部の公演をネットで配信している。ディスプレイに映されているのがそのライブ映像だ。


チケットの倍率は5倍を軽く超え、ファンクラブの会員でもなかなか入手できない。

見晴らしのいい席となると争奪戦が起こり、毎回地獄を見る。

落選した多くのファンはネット配信でライブに参加する。


現地へ行けた者はある種の伝説として扱われる。

争奪戦を勝ち残り、彼らの音を体で味わった者だけが得られる称号だ。


リラもファンクラブに加入してから数年が経つが、未だにチケットが当たらない。

この星でライブを行えなるはずもないから、当たったら遠征する覚悟でいる。

推しのコメット君をこの目で拝むまでは絶対に死ねないと、熱く語っていたのを思い出した。


彼女のイチオシであるコメット君はセンターに立ち、ハードロックを高らかに歌い上げる。

柔らかな見た目からは想像つかないような声だ。見た目とのギャップに心を奪われたらしい。


ブラディノフは膝から崩れ落ちかけた。

心配していた自分は何だったのだろうか。


「もしかして、今の声を聞いて来てくれたんですか?

姉が本当にすみません」


「いつもこうなのか?」


「いつもこうです」


「そうか……」


好きなものに対する熱は全宇宙共通のようだ。

頭を抱えるブラディノフなど知りもせず、リラは推しの姿に目を奪われていた。

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いつまでも できると思うな 推し活動 長月瓦礫 @debrisbottle00

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