逆チョコを渡すのが楽しみでウキウキしてたのに、よく知った2人がホテルに入っていくところに遭遇してしまった
赤茄子橄
本文
仲良さそうに腕を組んでホテルに入っていく見知った2人が視界に映った。
というか、2人とばっちり目が合った。
腰まで伸びる真っ黒で艶のある髪は彼女のトレードマークと言っても差し支えないだろう。
その隣には、茶髪のチャラチャラした男。
目が合った瞬間、ピシッと音が聞こえた気がするくらいに、空気が凍りついた。
数秒間、僕と目の前の2人はワイヤーで固定されたように直線状の目線を外すことなく見つめ合う形になった。
僕の手には、今日渡そうと何度も試行錯誤して作ったチョコを入れた紙袋が小さく揺らめいている。
バレンタインは何も女性が男性に贈り物をすることだけが許されているわけじゃない。
僕みたいに男から女性に贈り物をすること、特にチョコを送ることを逆チョコなんて呼ぶわけだけど、これはそのために準備したもの。
目の前の彼女はしばらく視線を僕と繋げたあと、僕の手元のソレが視界に入ったのか、気まずそうな表情で紙袋と僕の顔をゆっくりと見比べているようだった。
あぁあ、早くこのチョコ渡したくてウキウキした気持ちだったってのに、こんな遭遇、ありかよ......。
一気に気持ちが暗くなった。
結局、その場の鉛みたいな空気を打ち破ったのは僕だった。
「......
「る、
確認するまでもないけど、間違いなく目の前にいるのは
「お、おう。なにしてんの?............って聞くまでもないか」
昨晩うちのベッドで、僕の上で腰をくねらせて、涙と涎を撒き散らしながら乱れに乱れていた女が、目の前で見知った男とホテルに入ろうとしている。
「............」
僕の問いかけに桜は沈黙で返す。
まぁ、この状況。わざわざ確認する必要もないくらい決定的な場面だろう。
「久しぶりだな月歌。けど、そんなこと聞かなくても、これ見りゃわかんだろ?」
桜よりも先に口を開いたのは、彼女の横にいる男。
「......久しぶりだな、
こいつらの向かう先にはホテルしか無い。
間違っても別の場所に行こうとしているようには見えない。
誤解の余地もないだろうさ。
今は僕とは別の大学に進んでいる。
久々に顔を見るのがこんな状況だなんて、思ってもみなかった。
「ちっ、違うの!」
ここに来てようやく桜が重い口を開いて、何かを言い訳しだした。
「違うって、何が?」
「そ、それは......とにかく誤解だから!」
「いや、僕は別に誤解っぽいことは特に何も思ってないよ?単に桜と在が仲良さそうにホテル入っていこうとしてたなぁっていうだけで」
「ち、ちがっ」
まじで何が違うんだろうか?
見たままじゃないか。
「おいおい、そんなに桜を追い詰めんなよ。男が廃るぜ?」
桜が言い澱んでいると在が軽薄な笑みをこぼしながら話し出す。
ついでに、その仲をアピールするかのように桜の肩に手を置く。
「僕が桜を追い詰めてるって?」
「そうだよ。桜ちゃん困ってるじゃねぇか。まぁしょうがねぇよ。目の前のことが真実だ。俺らは付き合ってる。月歌、お前は捨てられた、それだけだ」
「ちょ、ちょっと在くん!何言ってるの!」
「大丈夫だって、ちゃんと言ってやるから」
「やめてよ!ち、違うからね、月歌!?これは......その......」
さっきから『違うから』しか言わないな。笑えてくる。
「お前が思ってる通り、俺らは今からココに入るところなんだよ。だから邪魔すんな?」
彼らの背後にあるピンク中心のパステルな城みたいな建物を指差して、僕を挑発するような動きをする在。
こいつ、昔からチャラかったけど、こんなやつだったか?
「在くん、辞めてって言ってるでしょ!?」
桜はなんか在にちょっと抵抗しようとしてるみたいだけど、その在は桜の腕を掴んでホテルの方に歩き出そうとしている。
「じゃあな」
「......おう、じゃあな」
在にバカにされたのはシャクだけど、こんな状況で、追いかける気にはならない。
ちょっと寂しさもあるけど、仕方ない。
「や、やだっ!待ってよ月歌!在くんも!このまま行くわけ無いでしょ!?......月歌、お願い、話を聞いてほしいの......」
「ちっ」
この期に及んでまだ何か言い訳したいらしい。
在が嫌そうに小さく舌打ちをした。
「......なに?」
「その......あたしは在くんとは付き合ってないから!好きなのは今でも月歌だけなの!お願い、信じて!」
なんかセリフが安いなぁ。
どっかで聞いたことのあるようなセリフに、少し辟易とする。
「知らないけど、今から在とソコに行こうとしてたんだろ?見た感じ別に今日が初めてってわけでもなさそうだし。別にいいんじゃない?」
「それは......その......。確かに在くんとはこれまでにもそういうことをしちゃったけど......でも違うの!」
またでた、「違うの」。混乱してるのかな?
「その......魔が差しちゃっただけなの......。最近、月歌があんまり構ってくれなくて、寂しくて、それで在くんに相談したら、その......お酒で酔った勢いで......されちゃって......」
桜の目にうっすらと涙が浮かぶ。
まぁ、桜は昔から、って言っても出会ったのは高校2年のときだけど、そのころから寂しがり屋だもんな。
堪えられなかったんだろう。
「あ、そうなんだ」
「『あ、そうなんだ』って......。やっぱり信じてもらえないの......?」
「え?いや別に信じてないとかじゃないよ?」
「嘘だよ......。目を見たらわかるもん。そんな残念な人を見る目をして......」
「まぁ、残念な人なのは間違いないでしょ。君等2人とも」
「えっ......」
なにその反応。自分でも言っておいて、自分が残念な人じゃないって言ってもらえると思ってたのかな?
なんか知らないけど、桜は「違うの」しか言わないし、在はイライラをぶつけるみたいに僕にあたってくるし。
何がしたいのかわからん。
ってか、桜の言うことが本当だとしたら、在は高校の同級生を無理矢理ヤっただいぶやばいやつだ。
どう考えても残念な2人だとしか思えないだろうよ。
「いやだってなぁ。桜の言い分的には、在の方も、酒で無理矢理みたいな感じだったってことなんだろ?かなり犯罪スレスレなやつだな〜と思うし、桜の方も、その気もないのにグデグデになるまで男と2人で飲むって危機管理意識足りないなぁって思って」
「......ごめんなさい」
俯いて言葉を失う桜。
「おいおい、さっきから黙って聞いてれば、言いたい放題だなぁおい」
「ん?」
ここまで、苛ついた表情をしつつもしばらく無言を貫いていた在が割り込んできた。
「無理矢理ってもよぉ、あのときは桜ちゃんも最初ちょっと嫌がってただけで、挿れてしばらくしたら気持ちよさそうにしてたしよ。和姦だよ和姦。それに桜ちゃんのことを悪く言う前に、自分のことも顧みたらどうだ、月歌よぉ?」
ムカつく表情で挑発みたいなことしやがって。
しかも僕に反省するところがあるだと?何いってんだ。
「僕に何を省みろって?」
「だからよ、桜ちゃんが俺のとこに泣きついてきたのだって、月歌、お前がちゃんと優しくしとかねぇからだろ。だから、桜ちゃんが俺と寝たのは、お前のせいだよ」
は?桜が在と寝たのが僕のせいだって?
どんな責任転嫁だよ。
「そうか」
「そうかってお前......。プライドとかねぇのか?彼女を奪われておいて、それって......ほんと男として終わってんな」
「彼女?なんのこと?」
「っ!?そ、そんな......」
在の明らかな挑発に対する僕の回答に、桜が今日イチのショックを受けたみたいな顔を見せる。
「はっ、たった一回浮気されただけで大事な彼女を捨てちまうとか、やっぱ男の風上にもおけねぇわ。手に持ってるそれ、チョコか?まさかお前から渡して機嫌取ろうとでもしてたのか?はんっ、女々しいやつだな、まじで最悪だわ」
「は?」
「今更そんなもんで気持ちを繋ごうとか無理だからな!だいたい、浮気の1回や2回くらい、でっかく見逃してやるのが男ってもんなんじゃねぇの?そんなんだから浮気されんだよ」
「浮気?いや僕は別に浮気されてないと思うけど?」
「在くん、やめてってば!」
必死な桜の叫びに、在が口をつぐむ。
「本当なの、月歌?それ、月歌が準備したの?今日のために?」
「あ、あぁ、そうだけど」
「そんな......っ。あたし、月歌がそんなの用意してるって知らなくて......。勝手に寂しがって......浮気しちゃって......月歌にそんなこと言わせちゃった......ごめんなさい」
なに謝ってんだ?
「だから、浮気とかされてないって」
「なんだぁ、月歌。頭の中でなかったことにでもしてんのか?強がり言いやがって。はんっ、こんなふにゃちん野郎に桜ちゃんはもったいねぇよ。桜ちゃん、こんなやつ捨てて、まじで俺と付き合おう!」
「......や、やだ!捨てないで月歌!在くんとはただの遊びだったの!本気なのは月歌だけなの!昨日だって、ね?あんなにいっぱいしたじゃない。私達今でも相性ばっちりだよ。だから......お願い」
「桜ちゃん......くそっ......」
在が無駄にダメージ受けてる。
ざまぁねぇな。
確かに昨日のもなかなか気持ち良かった。
けど、別のやつとヤってるやつと無理にヤりたいとは思えない。
「や、わからんけど、在とよろしくヤってく感じなんだろ?それでいいんじゃね?」
「......まじで情けねぇやろうだな。処女厨か?他の男に抱かれたらもういりませんってか?だっさ。桜ちゃんにここまで言わせといて、言うに事欠いて強がりか?」
「いやいや、相性いいのと付き合えば良いんじゃね?ってだけだから。しらんけど」
「相性なら絶対に月歌との方がいい!だからお願い!離れたくないの!」
「まぁそこまで言うなら別にいいけど......」
正直、気は進まないけどな。
「ほ、ほんとに!?」
「ん?あぁ......」
「そっか......ありがと。......ごめんね在くん......そういうわけだからもう私達は終わり。今までありがと」
「はぁ!?くそがっ、なんでだよ!」
「それは......在くんより月歌の方が魅力的だから......かな」
なんかしらんけど、それ言われんのは男としてきついだろうな。
ほら、在のやつ、なんか悔し涙的なの流してるし。
「それじゃあこれからも私は月歌の彼女でいいんだよね?ごめんね、私の心が弱かったばっかりに......。そ、それで......そのチョコ?もらってもいい......かな?」
「え?」
「え?」
今度こそ何いってんだ?
彼女?チョコをあげる?そんなわけないだろ?
「彼女?桜が?」
「っ!?てめぇ!?何言ってやがんだ!?」
「やめて在くん!」
「っ......」
「......えっと、月歌?......謝罪、足りなかったってことかな?やっぱり許せない......かな?」
桜がプルプルと震えて、さっき一瞬浮かべていたヒマワリみたいな笑顔が、今度は不安と絶望に染まっている。
表情豊かすぎだろ。
「えっと、よくわからんけど、別に桜とは付き合ってないし、これからもないよ?」
「そ、そんな......」
「お前。浮気されたからってそういうのはホント男として情けねぇぞ」
「何がだよ。ほんと良くわからないけど、最初からそうだろ?桜が告白してきたとき、僕が答えを渋ってたら『都合のいい女として扱ってくれてもいいので!』みたいなこと言ってたから、それならいいかってセフレになったよな?え、違う?」
そうだったよね?
「............え?」
「なに......言ってんだ?」
え、在はともかく、桜は何まじでびっくりみたいな顔してんの?
「『それならいいよ』って......。告白をOKしてくれるって意味だったんじゃ......」
「いやいや、都合いい相手ってことなら良いよって意味でしょ?」
「そ、そんな......嘘だよ......。月歌の言ってる意味、全然わかんないよ」
「逆に僕は今のこの状況の方がよく分かってないんだけど......。なんで僕は在にこんだけブチギレられなきゃいけないんだ?僕より相性いい相手みつかったならそっちと付き合えばいいだけだろって言ってるだけなのに」
「なに......いってるの?」
「だから、それは僕の台詞なんだって。だいたい、僕、彼女はちゃんといるしなぁ......。桜に彼女を名乗られると流石に困るから」
「なっ、なんだと!?」
在がまた凄い動揺を見せている。ホントなんなんだコイツ。
「僕、もうすぐデートの時間なんだよ。ほんとなら結構早めについて待ってる予定だったのに、お前らのせいでもうギリギリだよ」
「嘘だよ......。だいたい彼女いるなら私とシてたりするわけないし......」
「......?桜も同じようなことしてたでしょ?僕の方は許可もらってるから大丈夫」
「!?」
そんなやり取りをしていたからか、噂をすれば陰。
「おーい!月歌くーん!こんなとこに......ってあれ?」
そんな天真爛漫さがにじみ出たみたいな、激カワボイスが僕の耳を打つ。
「あ、
僕の腕にギュッと掴まって、在と桜を不思議そうに見つめる女性。
彼女こそ、僕の彼女、
高校時代からの部活の先輩で、1つ年上のお姉さん。
くりっとした目に肩までのボブカット、出るとこは出てて、ロングスカートが似合う清楚な女性。
耳には僕とおそろいの月の形のピアスがキラリ。
見た目どストライク。
夜の相性も最強にバツグン。
さらには性格もおおらかで優しくて淑やかな女性。
まさに最高の彼女だ。
「全然いいよ!ところで、その人たちは?お友達?......なんかちょっと険悪な雰囲気だった......?」
不安そうに目線を僕と彼らの間をいったりきたりさせる望愛さん。
かわいい。小動物みたい。
「いや、ちょっと変な絡まれ方されちゃって......」
「変な絡まれ方って......。あ、まさか。あなたがあたしの月歌を奪った女ね!?許せない......月歌から離れて!」
桜が急にファビョって望愛さんを威嚇しだす。
「へっ?......あっ、ふぅん?なるほど、この子が前言ってたセフレちゃんね?」
「なっ!?」
「なるほどぉ、それで彼女だって勘違いされて絡まれちゃったってわけだ。それに隣の男の子、高潮くんだよね?久しぶり〜。......ふぅむ。察するに、その子が新しい男を作って浮気してたけど、誤解だ〜みたいな言い訳されてた、みたいな感じ?」
一瞬見ただけでそこまでわかる!?もしかしてずっと見てた!?
そうじゃないなら僕の彼女すごすぎじゃない!?
「おー、さすが望愛さんです!だいたいほとんどその通りです」
「ふふ〜、すごいでしょ〜。月歌くんのことならなんでもわかるんだから♫」
ドヤ顔かっわい!
大正解した望愛さんの頭をワシワシと撫でさせてもらう。
うーん、撫でてるだけでこんなに気持ちいいなんて、ほんと望愛さんはやばい。ほぼ麻薬だわ。
しかも撫でてる間はすげぇ嬉しそうに顔をくしゃっとさせてニコニコしてくれんだ。
控えめに言って最高にキュート。
この人、ほんとなんでもめちゃくちゃ喜んでくれるからな、チョコなんて渡した日には......ふっふっふっ。
「お、おい......。嘘だろ、まさか......」
あぁ、そういえばまだこいつらいたのか。
望愛さんの可愛さにヤラれて自分の世界に入ってしまってたわ。
ってか、在の顔が真っ青になってる。大丈夫か?
「あぁ。うん、この人が僕の彼女の望愛さん。ってか在、お前顔真っ青だけど、大丈夫か?」
「あ?大丈夫......ってか......。いやそれよりも、
わざわざ桜を指差して望愛さんに事実を突きつけてくる。
ちょっとは罪悪感もあるんだから、あんまりそういうのやってほしくないんだけど。
「んー、そりゃあ良い気はしないけど、月歌くんはエッチ大好きだからねぇ。結婚するまでは、私ができないとき限定で、『絶対本気にはならない』、『好きだとかそういうカップルみたいな言葉は吐かない』、『シたことは全部私に報告する』って条件で、許してあげてるの〜」
ポワポワと僕との約束を彼らに伝える望愛さん。
すみません、僕の性欲が強すぎるばっかりに。
結婚したら望愛さんができるときだけで我慢しますんで......。
「そ、そんな......いつから......」
「いつから付き合ってるのかって?んーっと、私が高校を卒業するときからだから、月歌くんが高校2年生の終わりかな?」
「ですね」
「卒業式に私が告白して、月歌くんも好きだって言ってくれたんだ♫嬉しかったなぁ〜」
あの日のことは僕も今でも鮮明に思い出せる。
先輩が陸上部を引退してしまって、受験に専念するってなってからなかなか会えないまま卒業でお別れかと思ってたら、先輩から告白してくれて。
死ぬほど嬉しかったんだよなぁ。
僕と望愛さんが当時を思い出しながら見つめ合っている向かいで、桜と在がなんか下を向いてブツブツつぶやいてた。
「確かに月歌から好きって言われたこと......ない......けど」
「そんな......晦先輩......晦先輩まで......月歌に......?嘘だ......」
そんな2人の様子を見て、望愛さんが『困った』って感じの表情をして話し出す。
「月歌くんが約束破って『好きだ〜』とか言っちゃったのかと思ったけど、どうやらそうじゃなさそうだね」
「当然ですよ!僕が望愛さんとの約束破るわけないじゃないですか!」
「ふふっ、偉い偉い。けどそうすると、この子はなんにも言われてないのに自分が彼女だって思い込んじゃったわけだ」
「まぁそうなりますね」
「こらっ、月歌くん!こういうことになるからあんまり相手を気持ちよくしちゃだめって言ったでしょ!もうこの子と会うのはだめだからね!他の2人は分別つけて、ただのエチ友してくれてるから許すけど......」
まぁこんな修羅場みたいなことになったら流石にだめだよね。
ただでさえ望愛さんにはいろいろ許してもらってるんだし。
「「ほ、他の2人っ!?」」
桜と在がなんか凄いびっくりしてる。
なんだ?
「ん?あぁ、1人はお前らも知ってると思うけど、
「って、はぁ!?水蓮って、まさか、
「あ、そうなの?お前ら付き合ってたんだ?いつ......?高3の夏くらいからか?」
「なっ!?まだそのとき俺と付き合ってたわ!俺がフラれたの卒業式だからな!?」
あー、水蓮のやつ、付き合ってるやつがいたのに僕とヤろうって言ってきてたのかよ。
それは流石に在のやつが可哀相だな。
まぁ、しょうがないか。そういうこともあるよな。
「あ、そうなんだ。それは......どんまい......?まぁあいつの中も結構気持ちいいからなぁ」
「月歌くん?」
僕の不用意な発言を咎めるようにジトッと見つめる望愛さん。
ジト目もかんわいぃ〜〜〜!!!
「もちろん、望愛さんがダントツでいっちばん気持ちいいですし、好きなのも生でハメてるのは望愛さんだけですからね!」
「んもう、調子いいんだから......。そろそろ落ち着いてよねっ」
ほっぺを膨らませながらも柔らかめの表情になってるし、信用はしてもらえてるのかな?まぁ、僕の心の中なんて望愛さん全部お見通しだからなぁ。
「わかりました。今回のこともありますし、他の2人とももう終わりにしますね」
「あっ、ほんと?やったー♫」
うんうん、望愛さんに喜んでもらえるなら、他の子で発散するんじゃなくて、自分で慰めるようにするのもやぶさかではない。
むしろ、日頃から望愛さんをおかずにして......ぐへへ。
「......い......おい!無視すんな!」
あ、まだ在がなんか喋ってたみたいだ。
「つーか、お前......晦先輩と付き合ってたとか......。俺も晦先輩のこと好きだったのに......」
あー、そうなのか......それはご愁傷さまだな......。
在も僕たちと同じ陸上部で、望愛さんとも先輩後輩関係にあるわけだ。
僕と望愛さんは跳躍だったけど、在は短距離専門だった。
跳躍と短距離は一緒に練習することも多かったけど、専門の練習の時間は当然別々だったから、望愛さんと一緒の時間はそりゃあ僕のほうが多かったわけだよね。
しかも跳躍は人少なかったから、僕らは2人でいる時間長かったし、そこは申し訳ない。
けど......。
「在、それは気の毒に思うけどな、望愛さんに手を出したらぶっ転がすぞ」
万が一なにかしやがったら、まじでタマタマを引きちぎってから
「あ......そ、そんな......。俺は......また......また月歌に、負けたのか......」
ん?『また』ってなんだろう?まぁどうでもいいか。
「え、えっと......」
僕が望愛さんとの桃色妄想世界にトリップしていると、さっきから空気状態の桜が何か話しかけてきた。
望愛さんに宣言したわけだし、さっきは桜の勢いに押されてセフレ関係再開みたいなこと言ってたけど、終わりにしないとな。
「わり、そういうわけだから、さっきの話もなしね」
「さっきのって......」
「どうしても離れたくないとかってやつ。もうセフレは全部解消だからな〜」
僕がそう伝えると、桜は顔を真っ赤にして怒り出した。
「......この......このクズ!あんなに色々してあげたのに!胸のピアスもお股の入れ墨も!合法のおクスリだって手に入れて飲んであげてたのに......」
「クスリ!?お、俺それ知らな......「黙ってて!」......はい......」
在がなんか驚いてる。
コイツ驚いてばっかだな。......なんか哀れに見えてきた。
「あんなにしてあげたのに、私を裏切るんだ」
「裏切るって、言い方よ。だってな、都合いい女でいいからっていったの桜だよね?いやぁ、やってみたかったからさー、乳首ピアスとかキメてヤルのとか。まさか望愛さんにするわけにはいかないからね。けどピアスは舐めにくくなるだけだったし、クスリも最初は良いけどすぐユルくなるだけだったし、1回だけだったから大丈夫でしょ」
「ひ、ひどい......」
確かにちょっと可哀相かもなぁ。
とか同情心にかられていたら、望愛さんが何気ない表情で桜に諭すようにつぶやく。
「でも桜ちゃん、だっけ?あなたも、あなたの中では月歌くんの彼女のつもりだったのに、高潮くんともシたんじゃないの?実際はただのセフレだったから良かったけど、本当の彼氏だったら普通にそれもひどい裏切りじゃない?」
「そ、それは......」
「ほら、一緒だよっ。まぁいいけど♫月歌くんとはもう会わないでくれたらどうでも♫」
あぁー、望愛さん!外でそんな可愛い笑顔したら!ほらっ、横を通っていく男が顔を赤らめてる!すぐに人を虜にするのやめてくださいよね!
素敵だからいいんですけども!できれば僕だけに見せてほしい!
そんな挑発にも似た望愛さんの言葉に、わなわなと肩を震わせる桜。
その隣で放心状態の在。
今日は一般にはハッピーな日のはずのバレンタインデーなのに、僕らの目の前には絶望に身を落とした可哀相なやつらが2人......。南無......。
と、ここで終われればよかったんだけど、桜はまだ何か言いたいことがあるようで。
「あ、あなたより私の方が月歌にふさわしいに決まってる!」
おぉう、今日の話だと桜は僕と付き合ってると思いこんでて、実はセフレだったってのが発覚した感じなんだろ?
普通なら僕を恨んでておかしくないはずだろうに。
まだ僕と付き合いたいとか思えるの?
いや〜、なかなかヤバい子だね〜。
「私ならそいつよりも何でもしてあげる。だから......だから月歌!そのチョコ、あたしに頂戴!」
と、何を錯乱したのか、僕が手に持ってる『望愛さんのために作ってきた』チョコを所望してきた。
いやいや、あげないからね?
「......は?」
僕が他人事みたいな感想を抱いている横で、望愛さんはさっきの桜の言葉に鮮烈な反応を示していた。
普段の望愛さんからは想像もできない、地獄の底から湧き出てきたのかと思うような低い、地鳴りみたいな短い声が耳に届いた。
「桜ちゃん、だったかしら?お前......、今まで私が月歌くんの体を貸してあげてただけなのに。言うに事欠いて『私のほうが相応しいから月歌くんのチョコをよこせ』ですって?」
ものすごい冷気を幻視してしまうくらいには、その怒りがありありと映る。
望愛さん、こういうとき怖いからなぁ。
セフレを許してもらったのも、1ヶ月間毎日、望愛さんが気絶するまでヤらせてもらったらさすがに無理だからって渋々だっただけだし、本当は独占欲強い人だもんね。
さっきの桜の発言が許せなかったんだな。
それから望愛さんは、地面に膝をついてこちらを睨みつけている桜の近くに寄っていき、耳元で何かを囁いた。
「月歌くんもこのチョコも、私だけのものよ。あなた、今後月歌くんにちょっとでもちょっかいかけようもんなら......」
最後、ちょっかいかけたらどうなるのかは僕には聞こえなかったけど、それを囁かれた桜の表情はみるみるうちに青ざめてたから、相当すごいこと言われたんだろうな。
怖ッ!
でも怖い望愛さんも素敵!
「わかった?」
望愛さんの念押しに、目元をうるうるとさせながらコクコクと首がねじ切れんばかりにうなずく桜。
これで一件落着かな?
と思いきや、望愛さんは在の方を向いて......。
「高瀬くんも、私の月歌くんに手を出しちゃ、だめだからね?」
と、にこやかな笑顔でつぶやいた。
在は「は、はい」とたじろぎながらも弱々しい返事だけを返す。
「うんっ、それじゃ、デート行こっか♫」
「はい!」
本当に一段落したところで、望愛さんにぐいっと腕を引っ張られる。
うん、これから楽しいハッピーバレンタインが始まるんだ!
すまんね、2人とも!
「........................桜ちゃん............なんていうか......俺がチョコあげるから、元気だしな?」
「............ありがと、在くん」
逆チョコを渡すのが楽しみでウキウキしてたのに、よく知った2人がホテルに入っていくところに遭遇してしまった 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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