なにか途方もない謎を残しながらも無事に終わったチョコパーティ。

作りすぎるつもりで作ったお菓子はどれもすっかりなくなって、全く作ったかいがあるというものだった。


みんなを駅前くらい(メイちゃんはおうち)までお見送りしたところで、帰り際に後輩ちゃんがこそっと耳打ちした。


「帰ったらちゃんとみうのチョコたべてほしーッス」

「え?」


どういうことかと問い返す間もなく彼女は去って行って、だから私は帰宅してすぐにとりあえずチョコを前にしていた。

なんとなくドキドキしながら箱を開くと、そこには不器用なハート形のチョコレートと一緒に一枚の紙が入っている。


『みうが初めて作ったチョコです。拙くても、先輩には手作りをあげたいと思いました』


「……そっか」


丁寧に書かれた文字から、彼女の柔らかな愛情が伝わってきてほっこりとする。

あまり頼りない私だけど、彼女にとっていい先輩でいられているみたいだ。

さっそくチョコレートを食べると……うん。甘くて、とっても美味しい。

これも大切に食べさせてもらうことにしよう。


さて。


洗い物は未来の私に任せるとして、私は荷物を持って家を出る。


そしてやってくるのは知り合いのOLさんのおうち。

いつ見ても無駄に高いマンションのインターホンを押すと驚いたような声に迎えられて、だけど快くオートロックは開かれる。


私はなんとなく階段を使ってお姉さんの待つ階にたどり着いて、お部屋にお邪魔する。


「こんにちは」

「ようきたね。ってなんやおしゃれなネックレスしとんね。かわええやん」

「あ、えへへありがとうございます」


不意打ちに褒められて照れてれり。

そんな私に微笑んだお姉さんは、かと思えばぱんっと手を打って私を部屋に招く。


「来ないなとこで話しとったら風邪ひいてまうな。上がり上がり、エアコンガンガンに効かせとるから暖かいよ」

「はい、お邪魔します」


すっかり慣れてしまった彼女は私をジャージで迎えることに抵抗がない。

そんなところがなんだか謎に優越感。


リビングでジュースを振る舞われて落ち着いたところで、私は早速本題を―――家から持ってきた紙袋を手渡した。


「これ、お姉さんにバレンタインデーです」

「ほんま!? うわぁ、めっちゃ嬉しいわ! 開けてええ?」

「ふふ。もちろんです」


子供みたいに目を輝かせたお姉さんは、紙袋を覗き込んであれこれと袋を取り出す。

ひとつを除いて、どれも今日ふるまったお菓子のいくつかを、事前に取っておいてラッピングをしたものだ。


「えー、ほんまにこんなもらってええの? っちゅうかこれもしかせんでも手作り……?」

「そうですよ。まあほとんど友達とやったチョコパーティの余りものなんですけど」

「余りものかいなっ! いやでも嬉しいわ。ありがとな」


にっこりと笑うお姉さんは、さっそくとばかりに包みをひとつ開ける。


「あ」


それがよりにもよってお姉さんのためだけのチョコレートだったから、私はつい声をあげてしまう。

お姉さんはそれに気づかず、そのトリュフチョコレートをぱくりと頬張ってムフフと笑う。


「んふー、うまぁ♪ ウチトリュフ好きなんよ」

「そう、ですか」


好き、という言葉になにか胸躍る。

なにを喜んでくれるだろうって一生懸命考えたから、それがひたすらうれしいんだ。

まあ、結局は大人だからお酒を使ったやつにしようっていう安直な結論だったわけだけど……喜んでもらえたならよかった。


ホッとしていると、お姉さんはなにを思ったか一粒私に差し出してくる。


「なんや独り占めすんのももったいないし一緒に食べよ?」

「いやいや、お姉さんのために作ったんですし」

「あ、もしかしてこれからなんか用事ある? そうやなかったら付き合ったってよ。ほら、かわいい女の子にチョコなんぞもろうて浮かれとんのよ」


にこりと笑ったお姉さんはさらにチョコレートを近づけてきて。

そんな風に言われると、断るなんてできるわけもない。


「えぇー、仕方ないですねえ。どうせ私以外からチョコなんてもらえないお姉さんのために、一肌脱いであげます」

「容赦なさすぎん……? や、まあせやねんけど……」


しょんぼり落ち込むお姉さんに、なんだか自然と笑い声がこぼれて。

パクりとくわえたチョコレートは、少し大人の味がした。



お姉さんのところでチョコ接待したら、今度はいったん家に戻って、また出発。

次の目的地は学校だ。

休日の学校とはいえ部活とかいろいろあるし、お目当ての人もどうやらいるらしい。


わざわざ制服に着替えて、まるでなにかの部活の用事ですよっていう素知らぬ顔で職員室にノックとともに侵入―――


「なにをしている」

「ぴぎっ」


しようとしたところで声をかけられて、慌てて振り向けばそこには我らが担任教師が立っている。


「あ、ど、どうもこんにちは」

「島波、お前は部の類には所属していないはずだが」

「あえと、先生に用があってですね」


なんとなく手にもっていた紙袋を隠すと、先生は当たり前みたいにそれを視線で追って、それからなにか考え込む。


「ふむ。悪いがこの後少し用事があってな。しばし待っていろ」

「いえそんな、大したことじゃないので」

「いいから待っていろ」

「は、はい」


先生は職員室に入って、すぐに出てくる。

そして私を普段の教室に案内して、カギを開いた。


「ここで待っていろ。そう時間はかからん」

「はい。わざわざありがとうございます」


ぺこりと頭を下げればわしゃっと頭をなでられて、それだけで嬉しくなってしまう私も随分とちょろい。

なんだか悔しい気分になりながら、自分の席に座って先生を待った。


「ふぁ……う」


ぼんやりしていると、ついあくびをしてしまう。

今日は早起きをしていろいろと用意をしたから、こうして腰を落ち着けてしまうと少し眠い。

だけど先生が待っていろって言ったから、眠っちゃうわけにはいかないなぁ……


……………

………


「―――……ほぇ」


んー……。

……うんと……ここは……なんだっけ、えっと……


「……んぎっ」


せ、な、は、お、えっ!?


「なんだその顔は」

「せせせせせ先生!?」

「用事があるといったのはお前だろう」


やれやれと呆れて見せる先生は、なにかをぽいと口に放り込みながら足を組みなおす。


……え。

いやいや。

え。

もしかしていま、がっつり寝顔鑑賞されてた?

いやそんなバカな……って外めっちゃ夕方じゃない……?

うっそ一時間くらい寝てた……


「ご、ごめんなさい先生。すっかり寝ちゃってました……」

「いや。こちらこそ起こさなくって悪かったな」

「い、いえ……」


指をぺろりと舐めながらさらっと言う先生になんと答えるべきか言いよどんでしまう。


な、なんで起こしてくれなかったんだろう。

そしていつからいたんだろう。


……ふ、深く考えたら負けだろう。


「それで島波」

「ひゃはい!?」

「要件とはなんだ」

「は―――あ、はいですね!」


一瞬なんだっけと硬直したけど、忘れるなんてもってのほかだ。

私はあわてて紙袋を探して、そしてそれが手元にないことに気が付く。


え―――


い、いやでも確かに机の上に置いて……あれ?


「あの、先生? その膝の上の袋は……」

「机の上にあったものだが」


……うん?

あっれぇ、もしかして凄いひどいことされてる?


「さ、さっき食べていたのって……?」

「美味そうだったので食べたが。なにか問題でもあったか?」

「問題しかないですけどぉ!?」


なにしてくれちゃっているんだこの教師!?

人がせっかく持ってきたバレンタインチョコを寝てる間にとか、はあ!? 正気じゃなくない!? 教育委員会もびっくりだよっ!


「もぉー! なにしてくれてるんですかっ! せっかくっ、はぁ!? もうっ、ほんと……ええぇ……」


意味が分からなさ過ぎてもう落ち込んできた。

なんでこんなことするんだこの人……


机に突っ伏していると、納得するような声が降ってくる。


「そうか……これは、私へのチョコではなかったのか」

「……え?」


顔を上げるとそこには、なんとも申し訳なさそうに眉根をひそめた先生がいて。


「すまない。言い訳にもならんが、食べたのはまだ一粒だ。さすがに良くないと思いなおしてな」

「そりゃよくないですけど……」


でも違う。

これは先生へのチョコだ。

ただ普通の人なら、っていうか聖職者がもらう前に食べるなよって心が叫びたがっているだけで。


それを言葉にする前に、先生は小さく笑う。


どこか視線を鋭く睨むように、それでいて自嘲するみたいに。


「―――私以外に、わざわざ休日にやってくる理由があったのか」

「せん、せ」

「それは少し……口惜しいことだ」

「ちっ、がいますよ!?」


バァンっ!

と机をぶん殴ったせいで手のひらが痛い。

だけど気にする余裕はなくて、私はまくしたてるように言った。


「それは先生へのチョコです! ほかに理由なんてありませんッ!」

「島波」

「でもそれはそれとして勝手に食べるのはおかしいと思いますッッッ!!!」

「一理あるな」

「一厘も疑問の余地はないと思いますけどねえ!?」


私がぎゃんぎゃん吠えてもどこ吹く風、公式に(?)許しを得た先生はさっそくチョコレートの包みを拾い上げて慣れた手つきでそれを開く。


……先生のために作った、シンプルなブラックチョコレートを挟んだビスケットだ。


それをサクサクと食べた先生はうむうむと頷き、そして私ににやりとした笑みを向ける。


「美味いぞ、島波。ありがとう」

「~~~ッ!、ど、どういたしまして!」


なんだかとてもいたたまれなくなって立ち上がると、先生は首を傾げる。


「なんだ、帰るのか?」

「そっ、そうですけどなにか!?」

「いや。なら送ってやる」

「なっ……!?」

「遠慮するな。どのみちもう仕事は終わっている」


……つまり先生は、仕事を終えた後で私に付き合ってくれて、それどころか寝顔を眺めていたわけで。


なんなんこの人……?



「た、ただいま……」


なんだか妙に疲れた……

家に帰るとカギが開いていて、びっくりしたけど姉さんの靴がある。

普通に明かりがついていることにさえ気が付かなかったようだ……全部先生のせいだろう……


それはさておき。


手を洗ってからリビングに向かうと、ソファに座った姉さんがにこやかに迎えてくれる。


「おかえりなさい。遅かったのね」

「あ、うん。ちょっと学校に……先生に送ってもらった」

「あらそう。私もお礼を言いたかったわ」


にこにこ。

……なんだろう。

なんでこんなに圧力を感じるんだろう。


と、そこでふと気が付く。


「あれ、洗い物……」

「やっておいたわ」

「うわゴメン! ちゃんと帰ったらやるつもりだったんだけど……」

「いいのよ。それよりこっちにいらっしゃい?」

「う、うん」


誘われるまま姉さんと隣り合う。

そして気が付く。


テーブルの上に、みんなからもらったチョコレートの―――空箱が、置いてある……


「ね、姉さん?」

「うふふ。ゆみちゃんはモテモテねえ」

「い、いい交友関係に恵まれていると思います」

「うふふふふ」


重力っていつから増したんだろう。

重力加速度98.1m/s^2くらいない……?


「―――それで、どれが本命の女なのかしらね」

「ほんめい、とは」

「ゆみちゃんが一番好きなのはだぁれ、っていうことよ?」


いちばんすきなの。

口ぶりからして、パーティメンツだけでなくお姉さんや先生まで含めている……?

いやそんなの……いやいや。


「そ、そういうんじゃない、ょ?」

「相手もそう思っているのかしら」

「そ、そうじゃないかな」


脳裏にちらつく先輩の言葉。

いやでもあれは違うから。ち、違うよね……?


「……まあいいわ。そんなことより、私もチョコレートを作ったの」

「えっ」


いつの間に、と驚いていると姉さんはキッチンのほうに向かって、冷凍庫を開く。

冷凍庫?


なんだろうと思って待っていると、姉さんが持ってきたのは特大のタッパーとスプーンだった。

にこにこと開いたそこにはチョコレートのアイスクリームが入っている。

なにやら濃厚そうなチョコレートの中に、クッキーとか生地っぽいのとかナッツとか、見れば麦チョコみたいなのまでいろんなものが入ったタイプのアイス……


クッキーに麦チョコ……?

ナッツと生地……チョコレートブラウニー……?


「ね、え、さん……?」

「うふふ。こんなものもあるのよ」


にこにこと取り出すのは、製菓用のスプリンクルキャンディの袋。


ひぇっ


「ね、姉さん、こ、この空箱、な、なかみ、は……?」


恐る恐ると問いかけると、姉さんは笑みを深めて―――


ズン……ッ!


と、スプーンをアイスに突き立てる。


「ウフフ。どうでもいいじゃない。ゆみちゃんは、チョコレートのアイスが一番好きなんだものね」


―――あ、私は死ぬんだな。


そう思って。


「―――なんちゃって」

「え、え?」


急に威圧感を霧散させる姉さんに、戸惑う。

なにごとかと見つめていると姉さんはくすくすと楽しそうに笑った。


「やあねえゆみちゃん。アイスはそんなにすぐに出来上がらないわよ」

「え、っと……?」

「こういう袋のままだと保存によくないでしょう? ちゃんとラップしたりして、小分けして取ってあるのよ。でもせっかくれたものだから、箱は捨てないで取っておいたの」

「あ、ああ、なるほど」


なるほど。


……し、死ぬかと思った。


「これは昨日の晩に仕込んでおいたの。冷凍庫は使わないから、きっとサプライズになると思って」

「サプライズが過ぎるよ……」


量といい内容物といい、まったく恐ろしいサプライズだ。

てっきりもらったチョコを全部ぶち込んでアイスにしちゃったのかと思った……


「あんまり遅くて心配させたバツよ。もう」

「ごめんね、姉さん」

「まあこれはさっき買ってきたんだけれど。使うかしら?」

「い、や今はいいかな」


差し出されるスプリンクルキャンディを丁重にお断りしておく。

にじんでるよ、ホラーが。


いまだにバクバクという心臓を抑えつけながら、アイスをパクり。


濃厚なチョコレートとほのかなお酒の香りに、場所ごとにいろいろな触感を一緒に楽しめるアイスだ。

普通以上においしい……業務用以上の量はあるけど。


「おいしい? ゆみちゃん」

「うん。最高だよ」

「そう。ふふ、よかったわ」


……あれ。


いや待てよ。


それにしてもこれ、あまりにも似すぎてない……?


クッキーにブラウニーに麦チョコなんて、そんな特殊なものを混合して作るなんてこと、あるのか……?


「―――どうかしたのかしら、ねえ、ゆみちゃん?」


私はもう姉さんの顔を見られなかった。

ただただ無言でアイスを食べて、身体を芯から凍り付かせるほかには―――




ちなみにアイスの食べ過ぎで震えて涙さえ出てきたくらいでネタばらししてもらったけど、内容物はちょこっと溶かしたアイスの中に後で混ぜたらしい。


なあんだ。一安心。


……そういうことにしておくんだ。うん。


なんだか、とても長いバレンタインデーだったなぁ……

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チョコレートパニック くしやき @skewers

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