混沌には糖分

「セス、人間とは繊細な生き物なのだな。これはスライム酸でも嗅がせれば良いのであろうか」

「お止めください。脳が溶けて死にますよ」

「ではシェリーに貰ったあれは...... 」


薄らと聞こえてきた会話に、はっと目が覚める。声のする方に頭を起こせば、怪しげな瓶を持つ魔王と、ぽっかりと浮かんだ生首がひとつ。ぬぁああっ、と思わず声を上げてしまった。

「失礼、私は執事のセスでございます。いつも我が主人がお世話になっております」

 すうぅっと靄を纏いながら首から下が現れ、文句なしに美しい姿勢で一礼している。後ろ魔王のつぶやき「お世話しているのはこちらのほうである」とかなんとか聞こえるが放っておこう。セスさんとやらと話すのが建設的な気がしてきた。

「セスさんこれはいったいどのような状況でしょうか?」

「あなた様がお倒れになった、とそこのあほうから連絡がございまして。我が主の愚行を阻止させていただいたところでございます。どうやら、寝不足と疲労、とあるお方の配慮と知識の欠いた発言が原因でありましょう」

「……かよいづま!?」未だもごもいじけた魔王を一睨みしておく。


「すまない、通い妻にしては間を開けすぎたのだな。ただいかんせんこちらと我が世界では時の流れが違うようでな。陽菜にもう少し早く会いに行きたかったのだがどうにもセスがうるさくて叶わなかったのだ」

「私のせいにするのは構いませんが、そもそも、今日であっても仕事が依然残っております。加えて会議の時刻も迫っております。すぐにでも我らが城にお戻りいただきたいのですよ」

 的外れな言い訳をしだす魔王に、セスさんは徐々に顔から表情が消えもはや淡々と魔王を言いくるめる人形と化した。無駄のない動きで何ごとかを耳打ちされた魔王は、面の上からでもなぜかわかるほどに青ざめ最終的に帰還すると宣言した。しばしまて、とセスに言い置き魔王はこちらへとぼとぼと歩み寄ってくる。

「さきほど少しばかり時間があったゆえに、お前の言うふぉんだんしょこらもどきを追加で2個ほど焼いたのだがそれらを持ち帰ってもよいであろうか?」

 ぐいっと魔王が顔をよせこそっりと続ける。

「あのセスはな、甘いものに目がなくて分けてやりたいのだ。いつも苦労を掛けてばかりであるし……」

 どうやら執事の機嫌を取りたいということらしい。頷いて3つ手近な袋に入れて渡してあげれば漆黒の謎空間に仕舞いこまれた。


「ではな、陽菜よ。あとで通い妻らしくなにか届けよう」手始めに、とつぶやき声でつづけた魔王は狐面の口元に手をあて、光出したその指先を私の手の甲に運ぶ。

「祝福だ。そうだな、探し物が見つかりやすくなったりするのであろうな」

 胡散臭くも軽い口ぶりとともに、何か文字を描くように指を滑らせた。魔王のくせして指先がほんのり温かい。


 いつの間にか現れたどこか高級感のある扉に手をかけたセスさんが魔王を呼ぶ。

「では陽菜さま、此度は我が主が大変失礼いたしました。魔王様のいただいた甘味と勝手に使った材料は後程あなた様の菓子棚になんらか補填させていただきます」

彼はまたも完璧な一礼をし、魔王とともに扉の先へ消えていった。

しばらく、扉の向こうただ広がる闇から小さな魔王の声が聞こえてきた。

「いつも苦労を掛けるな。ほらセス、これを一つやろう……うっ、わかった二つセスが食べればよい」

そして瞬きをしたら扉は跡形もなく消えていた。


 賑わいの消えたキッチンでコーヒーを淹れ、冷め始めたフォンダンショコラを温めなおす。流れ出すチョコレートとほろ苦い生地、甘くとろけたマシュマロ。香ばしくもあっさりとしたコーヒー。陽菜は20分ほどの幸せな口心地を堪能した。


 放り出していた課題に再び手を伸ばし、どことなく目的のページを開きやすくなった気がしつつも指して何か気にするでもなくひたすら言葉を文章を組み立てていく。ひと眠りし、またパソコンを開き、課題を続ける。

 締め切り五時間前をきったころ、大きなため息とともに体をほぐす。珍しく余裕をもって終えられた。


 ご褒美だ、なんて口ずさみ板チョコのあまりでもと菓子棚を開く。眼前、見慣れないビン詰めが二つと小箱が一つ。左のビンにはきらびやかな種々の青色をした鉱石の様な何かが重力に逆らって詰まっている。もう一つには羽毛の様な粉色のなにかがふんわりと詰まっている。最後小箱を開けるとパラパラとした透明で雪の結晶の様なものが山盛りになっていた。それぞれにラベルの様なものがついているがここではないどこかの文字が使われているようで、読み取ることは極めて難しそうだ。

 手を伸ばして板チョコのあまりはあったかと探ってみれば2枚と半分ほど残っていそうだ。開けかけのチョコでもひとまず食べようと出してみれば小さな手紙もくっついていた。


『陽菜様 ”ふぉんだんしょこら”というお菓子を魔王様より分けていただきましたが、語りつくせぬほどの美味でございました。魔王様が勝手に使われた材料や頂いたお菓子のお礼をささやかながらお届けいたします。

青のビン詰は、海空にある洞窟で採れる宝石をスライム液に漬け込み完熟させた甘味でございます。淡いものほど崩れやすく甘みが強くなります。もう一方は、銀呼鳥のヒナの羽毛で、甘味となるものは成鳥になる直前の換毛期にしか取れないものです。月の光の下で炒ることで刺激的な舌触りと儚いくちどけが楽しめるお菓子です。最後、魔王城名物、初雪をエルフ歌声で焙煎した白夢茶です。スプーン一杯分を沸かしたてのお湯に入れてしばらく、歌声が聞こえてくるころが飲み頃です。コップに残った白夢茶の出涸らしもさわやかでおいしくいただけますよ。 執事あるいは甘味研究協会会長セス・ファジュセット(判読不能な署名)』


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受験生の夜食は魔王を添えて 不乙トキ @CArNi_030

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