第4話 宝物。
「Pちゃんは宝物だよ」
タイミングとは不思議なものでまたすぐに会える機会が訪れた。
2度目ましてでコソッと彼女は耳打ちをしてきた。
初めて会った時に退院祝いの熊が沢山ついたカラフルなお花と一緒に渡した手紙の中の最後の一文。
「まなちゃんは私の宝物です」
それに返してくれた言葉だと思った。
全身の血の巡りが喜んでいる。たとえ嘘でも嬉しかった。
昔から泣かないで有名だった。悲しいことがあっても皆が涙する場面でもひとりだけ泣かなかった。泣いているところを見られるのは恥ずかしいからだ。心配されて「大丈夫大丈夫」と答えるのもしんどいし。それに泣いたところでどうにもならないと思っていたからだ。
でもその時は油断したら泣いてしまいそうだった。しかも経験した事もない嬉し涙で――。
お話がしたくて何度も足を運んだ。
私はファンである事を苦しく思う時がくる。きっと本当に好きになっていた。
「家に着いたら連絡してね」
帰り際袖を引っ張りながら上目遣いで言われる。まるで恋人にするかのように。でもこれは夢の中だと自分に言い聞かせた。
なんで私みたいな奴にも優しくしてくれるのか分からなかった。
いや、簡単だ。考えれば分かる。
ファンだからだ。
私がひとりの女性として彼女をみつめても彼女にとって私はいちファンにすぎない。
本気になればなるほど切なさが募るだけだった。しかも相手は同じ女性。いくらジェンダーレスの時代になってきたとはいえ、怖かった。自分の感情が、自分の行動が、自分で怖かった。
ずっと言いたいことが言えない子どもだった。友達にも親にも。どこかいつも遠慮して殻を被っていた。その分嫌われることはなかった。寧ろ好かれていた。でもそれがしんどかった。沢山くる遊びの誘いを嘘をついて断ったり。断るのもしんどいから携帯の電源をオフにしたり。孤独なのにひとりになりたかった。
家にも居場所はなかった。
部活が終わりクタクタで家の前に着くと三階から怒鳴り声が聞こえてくる毎日。
「またか。」
慣れたもんだ。なにも驚く事もない。止めに行く事もない。勝手にやっててくれ。
人が信じられなかった。本当の気持ちはいつも隠してた。感情表現ができなかった。だから涙は見せない。弱音も吐かない、我慢する。それが当たり前のようにできる子ども。
その分人の顔色をみたり人の心を読むのに長けていた。常に冷めていて子どもなのに大人のような―。
友達の家で晩御飯をおよばれした時家族団欒の仲の良さには驚いた。
こんなに家族って喋るんや。
衝撃だった。私は学校であった事を報告した事なんてなかったし、キャプテンになった事すら言わず母は他の保護者から聞く始末。
誰と付き合っても好きかどうかもよく分からなかったし、とにかくお金を貯めないといけなかったから死にものぐるいで働いていた。
そんなロボットのように何にも興味がなかった私が冷静さを無くしていく。
無我夢中で彼女を追いかける。
心を冷ます為所謂「推し」と書かれた本を読んだりもした。
オタクという言葉が苦手なのは、ひとりの人間として対等な立場でいたい、そんな想いからだろう。
心の奥にある秘密の感情は常にギリギリを保とうと必死なるほど大切なものの愛し方が分からなくなった。
ここまで好きになったのには理由がある。誰にも分からないように救ってくれた人だからだ。私の救世主だった。そう、彼女は心の底から優しい人間すぎた。愛と錯覚しそうになるその行為はあたたくて、切なかった。
本当はこんなに想っていることも女性として愛してしまっていることも彼女は知らない。
私は彼女の生い立ちを知っていても彼女は私の生い立ちを知らない。
触れられる度に胸が高鳴っていることも、優しい眼差しに震えていることも、あなたと話す度じんわり心が濡れていることも、私がどんな風にあなたを見ているかも、何も知らない。
言えない。誰にも。
私は紗倉まなの大ファンなのだから
死ぬまでずっと
私に生きる力をくれた彼女は沢山の人に愛され大切にされている。
その姿を私は、遠くから黙ってみつめている。触れることのできない宝物を――。
来世男に産まれたら速攻で髭を生やすんだ。
秘密。 影桜 @koeniyadasenaiai
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