第3話 初めての会話。

彼女は腎盂腎炎で入院していた。その時に私は、退院したら会いに行くと決めた。


あの時の決意は一体なんだったのか――。

自分でも言葉にできない想いである。


毎日のようにTwitterでいいねをくれていた。何故か私にだけ。心と心で通じあっているかのような錯覚を起こしそうになる。

後に彼女はインタビューで好きなタイプは?と聞かれ「私って凄く素敵なんだと錯覚させてくれる人がいい」と答えている。

まんまと錯覚して私は恋に落ちそうになっている。


ついに会える日が来た。

私は一方的に彼女を知り尽くしている。彼女の文章に触れる事、彼女の作品に触れる事で。影がかった私の日常は彼女の眩しい笑顔と活躍で明るくなっていた。




2時間半かけて大阪に向かい

彼女が登場するのを静かに待つ。

「こんにちは〜。」

後ろから聞き覚えのある声がした。番組で見たことのある向日葵をあしらったノースリーブのワンピース姿で胸を揺らしながら横を走る彼女にドキドキと鼓動が早くなる。唇も目もキラキラ輝いていた。


大きな瞳に小さな顔。触らなくても分かる柔らかそうな身体。何より唇が美しくてどんな手入れしているんだろうと思った。


順番を待つ間、ファンとキャッキャッ楽しそうに話す声が聞こえる。顔を見る事はできなかった。勝手に耳に入ってくる声だけで、やっとだった。彼女の放つオーラは私にはあまりにも眩しくて、目に入れる事すら申し訳ない気持ちになる。同じ空間に居て流れていくこの時間が不思議でならなかった。



自分の番が来て強ばった顔でちょこちょこ近づく私を彼女は微笑みながらあの大きな瞳でじっとみつめてくる。


名前を言うと直ぐに分かってくれた。


「手紙読んでどんな人だろうと思ってたの。」

跳ねた声で彼女は言った。


初めてのサインは家から大事に持ってきた彼女の著書「凹凸」を鞄から差し出した。

彼女は慣れた手つきで本をキュッと折っていた。何度もサインを書いてきたことが分かる仕草だ。


「あの、本名でもいいですか?」

「うん♪」


本名を言おうとしたら彼女は返事をするやいなや漢字で書き始めた。


(本当に手紙読んでくれてるんだ。しかも漢字まで覚えてくれてる。)


表面上には出さないが私は心の中で驚いていた。



初めてのイベント。

初めて会いに行きたいと思い実際に足を運んだ人。

撮影するのも初めて会った人にハグされるのも何をするのも初めてだらけの事。


彼女の言葉を借りるならば

紗倉まなは私の神様になった。



彼女は終始目の前にいるファンに笑顔を向けていた。こっちは楽しいけどきっと疲れるだろうなぁ…。会えて嬉しいと同時に心配になる変な感情が初対面で抱いた感想である。でも彼女はそんな事知る由もない。


元々登録してあった更新しないTwitterで彼女をフォローしフォローをしてもらい会いに行くまでの2ヶ月間の私の葛藤も。何も知らない。

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