甘ければいいってもんですか?
吉岡梅
お前に食わせるチョコしかねえ
いけそうなレシピ第1位はチョコクランチだった。
溶かしたチョコにコーンフレークを入れ、ザクザク混ぜてからスプーンで一口サイズにすくって冷蔵庫。そのまま2時間冷やせば食感ザクザクスイーツのできあがり。
――やれる
なにより、お財布に収まるレベルなのも魅力的だ。コーンフレークはお姉ちゃんのシリアルをいただけば済む。となると必要なのは板チョコだけ。なんなら、普通のチョコに加えてホワイトチョコを買うことすらできる。2色の手作りチョコとかやってる感出せそう。いや、ラッピングの方に回そうか。予算は限られている。むむむ。悩み出すとずっと悩んでしまう。まずは材料を見に行こう。
優海はマフラーを巻いて自転車に飛び乗ると、いつもよりちょっと遠めのスーパーへ向かって漕ぎだした。
――
幼馴染でバスケ部の靖幸。いつの間にか背が10cm以上高くなって声もちょっと低くなって。バカだったクセに受験になったとたん成績まで伸ばしてきて一緒の高校を受験できそうな感じになって、そして彼氏。クリスマスちょい前から。
あれほんとビックリした。嬉しいというより、びっくり。いや、嬉しいんだけど。今まで意識してなかったといえば嘘になるけど。でも、そんな凄く好きというわけではなくて。
皆とそういう話になったとき、もし今誰かと付き合うってなったら靖幸だろうなーくらいのレベルで。靖幸はどうなんだろうな。付き合うなら私になるのかな、嫌いって事はないだろうけど、そういう好きではない感じなのかな。なんか
で、2人で握手して。握手ってなんだこれ、って思ったけどでも、靖幸の手がちょっとデカくてしっかりしてて、嬉しくて。2人して握手した手をぶんぶん振ってたらなんかうへへへみたいな変な笑い出ちゃって。2人とも。で、しばらく笑いながら手をぶんぶんやってて。今思い返すとやばい2人でした。
そして怒涛のクリスマス・お正月・豆まき。さらに受験勉強。付き合うに事なったんだけど、付き合うって、どうするの? という戸惑いのままやる事満載な日々は過ぎてしまい、2人でどうこうっていうか普通に皆と集まってワイワイやるだけに。
陽菜は一緒に帰ったりとか、LINEしたりとかすれば? って言うけど、今までも帰る方向同じだから時間合えば一緒に帰ってたしスマホ持ってないし。私も靖幸も。
なんていうか、以前とあんま変わんなくて。変わったのって、周りが私たちを付き合ってる認定してイジって来ることくらいだけ。
――このままではいかん。なんかいかん気がする
で、私はバレンタインデーというお菓子屋さんがチョコ売るために考えたと言われてるイベントにがっちり乗っかる事にしたのでした。サンキューお菓子屋さん。私、やるぜ。
スーパーで調達してきたのは、板チョコ、チョコフレーク、生クリーム、そしてココア。しめて860円。予算内。
板チョコだけにしようかと思ったんだけど、それだと何かちょっと物足りないというか。もうちょっとやってる感が欲しいなって思って、お姉ちゃんのシリアルではなく自前でチョコフレークを手配し、さらにいけそうなレシピ第2位であるところのチョコトリュフの材料も買ってきたのだ。うむ。できる女。
そして私には秘策がある。クランチはザクザクでおいしい。トリュフもしっとりくちどけ滑らかでおいしい。ならば、このおいしいとおいしいを足し、「チョコクランチトリュフ」を作ればさらにおいしくなるはず。足された美味しさは2倍。手間も2倍にアップすることによりやってる感も2倍。美味しさ×やってる感は実に4倍になり、靖幸の好感度ゲージも一気に4倍アップ。天才か。
まずは板チョコを刻み、鍋に生クリームを入れて火にかける。沸騰する直前くらいに火から降ろすそうだ。じっと鍋を見つめ、今か? いやまだか? 動画だとどうなってる? この泡はOKか? などと考えつつ「ここ!」という直感で鍋を降ろし、刻んだチョコを投入。ゴムべらでかき混ぜるらしいのだけど、無いのでスプーンでグルグル回してチョコを溶かす。
チョコが溶けたら、その中にチョコフレークを投入してザクザクやって細かめに潰しておく。そして冷蔵庫にIn。30分くらい待って、ややもったりして来たかなくらいになったら、スプーンで掬って丸め、ココアをまぶしてそれっぽくする。うん。上出来。もう一度冷蔵庫に入れ、冷やし固めれば出来上がり!
待ってろよ靖幸。お前に喰らわせてやるぜ! 私の必殺チョコをな!
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「これ優海ちゃんが作ったの! すげーな」
靖幸はいただきますと両手をパチーンと合わせてチョコを摘まんで口に入れる。どうよ? どうなのよ?
「うん、甘い。……っていうか、あっま。めっちゃ甘くない?」
「え? そんなに」
「うん。ほい」
笑いながらチョコを摘まむと、顔の前に差し出してくる。え、なにその「はい、あーん♪」みたいなの。……いいじゃん。というのは顔に出さずにチョコに手を伸ばしかけたんだけど、結局口から行きました。せっかくなので。
「あっま!」
「なー?」
2人きりの靖幸の部屋で、私たちはチョコを摘まんでは「あっま!」と叫んでゲラゲラ笑っていた。もし誰かが見てたら、あいつら食ってるチョコになんかやべーもん入ってんな、って思われるレベルで。
「なんでこんな甘いの。どうやって作ったの」
「や、生クリームに板チョコ溶かしてー」
「よさそう」
「そこにチョコフレーク混ぜてー」
「コーンフレークじゃないんだ。一気に甘くなった」
「丸めてココアまぶしてー」
「ココアパウダーでなく?」
「パウダー小さいの無くて余りそうだからココアで行った。あのスティックと紙コップのセットの奴」
「甘さアップしてんじゃん!」
靖幸はもうひとつチョコを頬張ると、口をすぼめてみせる。一見すっぱそうにも見えるがわかる。あれは甘いのだ。それもすごく。
「クランチとトリュフの良いとこどりした完璧な奴のはずだったんだけどなー」
「それ!」
「え、どれ?」
「クランチってザクザクじゃん」
「うん」
「トリュフって滑らかじゃん」
「だね」
「でもさ、これ中にもフレーク混ざってるから、滑らかが無いんだよね。全部ザクザクでさ。トリュフ感無かった」
「あー、言われてみれば」
「外側だけフレーク着けるんだったんじゃねーの?」
「えー、そうかなあ? レシピ通りにやったはずなんだけど……」
ゲーム機を立ち上げて2人でレシピ動画を検索してみると、確かに外側にだけフレークを着けていた。
「内ナシだった……」
「な?」
靖幸はニコニコしているけど、私はなんだか悲しくなってきた。ちょっと自分が情けないし、付き合ってる付き合って無いは別として、靖幸にミスを指摘されるのは無念だし。おのれ靖幸。ニコニコしやがって。そんなに私がしくじったのが嬉しいか。
「でもさ、これ、優海ちゃんが作ってくれてよかった」
「え」
「もし他の女子が作ってたらさ、俺、そう思っても指摘できねーもん。気まずくてさ。『美味しいね』って言うだけだと思うわ」
「靖幸くん……」
「やっぱ優海ちゃんが一番だよ。気兼ねないし」
私は返事ができなくて、ただただ、あー、好き。って思って靖幸を見つめてしまった。靖幸はチョコを口に入れると、また酸っぱそうな顔を見せてコーヒーを飲む。
「あ! 優海ちゃん。これ食べた後にブラックのコーヒー飲むと超合う」
「ほんと? ……あ! ほんとだ」
「ね、なんかいつもと味変わるっしょ」
「うん。不思議ー。組み合わせってやつなのかな」
組み合わせ。食べあわせ。何かと何かのいきあわせ。そういうものなのかもしれない。この甘々チョコも、コーヒーと一緒でなければ、靖幸と一緒に食べていなかったら、また全然違った感じにしかならなかったかもしれない。甘いはずなのに、苦い経験にしかならなかったかもしれない。
「優海ちゃん馳走様。甘かったけどこれはこれで。ありがとなー」
「やー、ちょっと失敗だったかなー。コーヒーには逆に合ったけど」
「だね。でも十分っしょ。それに来年はさ、うまくできそうじゃん」
「来年?」
来年。来年という事は次のバレンタインか。私と靖幸は高校生になっているのか。そして、――そして、1年後も私たちは付き合っているという事なのか。そういうのを分かっていて言っているのだろうか、コイツは。
「え? 作ってくれないの」
「作るけど。今度はほどほどの奴をね!」
「あはは、期待してる」
目の前で靖幸が屈託なく笑う。
ありがとうお菓子屋さん。ありがとうセント・バレンタインさん。あなた方がいなかったら、私にはちょっと勇気が足りなかった。チョコだって手作りできなかったかもしれない。
目の前の靖幸だって、セント・ニコラウスさんがいなければ、クリスマスが無かったら、私に告白する勇気が無かったかもしれない。
たぶん私も靖幸も、記念日のせいにしてえいやっ!ってくらいが丁度いいんです。これからもちょっと優柔な私たちの背中を、チョイチョイ押していただけると助かります。
そんな事を考えながら、私も笑う。
「ねえ、靖幸くん」
「ん?」
「好き」
「知ってる」
ふふ、と変な笑いが口から洩れる。そして手を繋いで、ぶんぶん振って、そして。そして、セント・バレンタイン’ズ・デーのせいなのです。
甘ければいいってもんですか? 吉岡梅 @uomasa
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