不死身人間になって最後にしたいこと
ちびまるフォイ
燃えるような死への渇望
全知全能の神は、人間が渇望している不死身の体を与えることにした。
『人間よ聞こえるか。すべての人間を不死身にしてやった。
これからは寿命という制限を気にせず、より良い世界を作るために努力したまえ』
人間たちはおおいに歓喜し、それまで神を信じなかった人も熱心な信者になった。
人類すべて不死身になって真っ先に影響が出たのは、なぜか市役所。
「ええ!? また離婚届ですか!?」
「そうですよ。不死身になって人生が何億年も続くのに
同じ人間と何億年も一緒に暮らし続けるなんて耐えられない」
「死を分かつまでと誓ったのでは……?」
「それは死という終りがある前提の近いですから、
今となっては無効です! ノーカウント!」
こんな調子で離婚届をピザの宅配チラシくらいの頻度で送られるものだから、
不死身の体となった役所の人は年中無休で手続きをする羽目になった。
晴れて離婚した夫婦はというと、
不死身人間特有のおおらかな時間の使い方で次の相手を品定めすることに。
不老不死というオプションもついているので、
老いという逃れられない恐怖からも解放されている。
不死身になってから十数年で出生率はドカンと上昇したが、
そのまた十数年後にはガクンと減少した。
数字しか見ていない数学者たちは一様にくびをかしげて、
「不思議ですなぁ。子供しかかからない不思議な伝染病でもかかったのでしょうか」
などと言っていたが、
不死身の身体は神の声を聞いた人間にしか適用されないのであって
不死身から生まれた子供はまっとうな人間として生まれることは知りようがなかった。
お墓の前では泣き崩れる不死身の母親の姿があった。
「ああ、なんで……なんでたった100年で死んでしまうの!」
子供を作ることでその先に待っている子供のとの別れを一度でも経験すると、
誰も好き好んで子供を作らなくなってしまった。
たった200年すぎる頃、不死身人間だけがいるだけの地球になった。
不死身人間たちはもうずっと同じ人と顔を合わせ続ける退屈をまぎらわすため、
一定スパンで住んでいる場所を変えては人生の退屈をごまかしていた。
しかし、それもついに限界がやってくる。
「……なんだこの匂い?」
ある男が家の窓から外を見ると、引っ越したての自分の庭に生ゴミが捨てられていた。
「おい! 人の庭でなにやってんだ!!」
「しょうがないでしょう。もう捨てるところなんてどこにもないんですよ」
「だからって人の庭に捨てていいわけあるか!」
「それじゃ別の人の庭に捨てることになります」
「はぁ!?」
不死身人間にとって数十年はあっという間の時間間隔。
けれどその期間に出されるゴミの量はとても無視できないものになっていた。
山や海はゴミだらけになって、ついに居住区もゴミまみれ。
人生に変化をつけようと引っ越しするにも、そこがゴミで埋まっているケースすら出てきた。
「うそだろ……このままゴミにまみれた星で、死なずに生きていくのか……」
不死身の人間たちが徐々に死を望みはじめるのは、
ちょうど不死身になってから1000年後のことだった。
とくに自殺大国の日本では積極的に死のうとする人がいたが、
首をつっても生存し、毒を注入してもピンピンしていることを知り
神の与えし不死身の力の偉大さを思い知る結果になった。
「ああ、どうすればいいんだ! もう人生なんかまっぴらだ!」
人間が何百年単位で死ぬ方法を探しているうちに、
地球はすっかりゴミ惑星となって不死身人間以外の動植物は生きられない荒れ地になっていた。
ますます不死身人生をこのまま続けていくことに限界を感じた人間は、
とある昔の童話からヒントを得て、太陽に向けたロケットを作ることにした。
「この童話のように太陽にいった人間のように、
私達もロケットで太陽で燃え尽きれば死ねるぞ!」
死というゴールが見えてからの人間の活力はすさまじかった。
一度ぬいだ靴下を洗濯機に入れるまでに何年も時間をかけるだらしなさがナリを潜め、寝る間も惜しんで日夜太陽に到達する「即死行ロケット」を作り続けた。
数百年後、ついに太陽へ到達できるだけのロケットが完成した。
「さあ、みんな! これで人生とおさらばできるぞ!!」
ロケットに乗ることを拒む人はいなかった。
太陽行きのロケットには不死身人間の全員を運ぶだけの量が準備されている。
ロケットはすべての人間を載せて地球を飛び立った。
宇宙からみた地球はすっかりゴミで黒い惑星になっていた。
「これでやっと死ねるのね……」
不死身で楽しかったのは序盤の100年だけ。
あとは苦痛と不衛生に囲まれただけの辛い人生だった。
「おい! 見ろ! 太陽が見えてきたぞ!!」
ロケットは太陽へと接近していった。
なにもかもを燃やし尽くしそうな赤い光が入ってくる。
「ああ、本当に辛い人生だった……」
延々と続くはずの地獄からやっと解放される。
ロケットに乗る人はみんな感動の涙を流した。
ロケットは太陽の熱で溶けて、不死身人間たちは宇宙へと放り出される。
それでも死ぬことのない人間は太陽の引力でみるみる近づいてゆく。
太陽の表面にある黒点が肉眼でも見えるほどに接近する。
「さようなら、私の人生!」
待ちに待ったデッドエンドに不死身人間は歓喜した。
「おーーい! ようこそ太陽へ! 何万年ぶりかな!」
太陽表面に住む黒点に見えていた不死身人間たちは手をふって出迎えてくれた。
不死身人間になって最後にしたいこと ちびまるフォイ @firestorage
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