異世界最高峰の創造士は故郷日本で書籍化したい

高柳神羅

異世界最高峰の創造士は故郷日本で書籍化したい

「……あー、また駄目かぁ。一次選考落ち」


 深夜一時近く。ようやく家族が寝静まって一人きりになったリビングで、私は自分のノートパソコンの画面に視線を落とし溜め息をついていた。

 置時計から絶えず聞こえてくる小さな秒針の音が、チッチッと耳につく。

「似たような内容の作品はたくさん一次通過してるのに……何が違うんだろ?」

 落胆している時は、つい愚痴が言葉になって口から漏れてしまいがちだ。

 すぐ隣の部屋では家族が寝てるし、この部屋でも飼ってる小鳥が寝てるから、夜は極力音を立てちゃいけない。そう決めているんだけれど。

 毎日ごく僅かしか取れない自分だけの時間。それを長らく費やしてようやく書き上げた新作が全く結果を残せなかったとなると、ぼやきたくもなるというもの。働く主婦が普段どれだけ多忙かってことくらい、説明しなくても分かるよね?

 この気持ち、書籍化を目指してる同志なら多少は理解してくれる……と、思いたい。

「これだけ長く書き続けていても全然入賞できないんじゃ、もう諦め時なのかな……年も年だし」

 三十年も執筆活動を続けてきて一度も入賞したことがないとなると、流石に自分の才能のなさを実感させられてしまう。

 文章力は高い、と評価されてきたけれど、言ってしまえばそれだけ。作品における読みやすさと構成力の高さと面白さは別物で、私の作品には読者を惹きつける魅力が欠けているのだろう。

 私の作品と同じような作品は余裕で選考突破しているのに、私の作品が駄目だということは、そういうことなのだ。

 でも、一体何が違うのだろう?

 私には、未だにその差が分からない。

「……いいや、もう。今日も仕事あるし……ちょっとだけ向こうに行ってから寝よう」

 ノートパソコンの電源を落とし、私はのろのろと席を立った。




 現実に夢を見ても虚しくなるだけ。

 前から薄々と考えてはいたことだけど、私が『向こう』と自由に往来できるようになってからは、より強くそう考えるようになった。

 何故なら──あちらの世界には、自分が思い描いた理想を現実にできる夢の力が本当に存在しているから。

 それならば、見た夢が現実になる『希望』がある世界で夢を見た方がよっぽど現実的だと思う。

 叶うことのない夢を実現しようと足掻く時間も、余力も、老いと共に失われてしまう。自分に諦めるつもりが全くなかったとしても、現実が、社会が、生きるために諦めさせてしまうのである。

 だから、私は夢を見るに相応しい場所で夢を現実に変えることにしたのだ。



 物置部屋としてしか使っていない、廊下を隔てた先にある部屋のクローゼット。

 その扉を開くと、オーロラの光が渦巻く姿見のような形の『抜け穴』が存在していて──


 その抜け穴を通じて、私は、ブリュンネスと名付けられた異世界の舞台の一角に足を踏み入れた。




 魔学という魔法技術が発達して発展を遂げた異世界に存在する惑星のひとつ、ブリュンネス。

 そこでは、魔学の才能に秀でた存在が『魔学者』と呼ばれて人間社会を統治している。

 統治しているイコール支配者、というわけじゃない。確かに国を動かせるほどの実権を握っているのは魔学者としての側面も持っている人間であることが殆どだけど、実権持ちの中には才能ある魔学者と組んで投資することで名を売り、地位を手に入れた資産家もいるのだ。

 他の惑星だとどうだかは分からない。けれど、少なくとも此処ブリュンネスでは、優れた才能を持つ魔学者こそが人類の頂点に立つ者として扱われ、それに相応しい地位と名誉、そして資産を手にすることができた。

 ブリュンネスでは魔法の力こそが全てなのだ。



 魔学者は、職業であると同時に称号でもある。

 国が優れた魔学の才能の持ち主であることを認定して『証』を授与した資格持ちだけが名乗ることを許される名前なのだ。

 証は、国が経営する専門機関が行っている検定試験を合格すると与えられる。合格した試験のランクに合わせたランクの証が発行されるようになっていて、当然だけど上位のランクになるほど試験内容も難しくなる。この辺は英検とか漢検と同じようなシステムと言えるかな。

 五級から始まって、一級が一般的な検定試験で得られる最高ランク。一級の更に上が特級で、特級検定試験は一級合格者でなければ受けられない。国の統治者の椅子に座れるのは、特級ランク持ちであることが最低条件だ。

 そして、ランクは──特級が最高峰ではない。更にその上がある。

 特級を更に超えた才能を持つ魔学者は、魔学の全てを制し世の理すら創造しうる存在ものとして『創造士』と呼ばれる。

 ブリュンネスを支配する魔法技術ですら自由自在に創り出すことができる創造士は、人々から神様に等しい扱いを受けて畏敬されるのだ。



 創造士と呼ばれる人間は、世界で片手で数えられるほどしかいない。

 私が知っている限りでは、三人。実質上、この三人がブリュンネスにおいて最上位の権力を握る者たちだと言える。

 そして、その三人の中で最も優れた才能と実力を持つと人々の間で囁かれているのが──


「ノア様! ノア様はいらっしゃいますか!」


 この私。小鳥谷こずや希望のあという若く美しい魔女だった。



 ……うん、ごめん。ちょっと嘘ついた。

 さっきもちょこっとだけ触れたけど、私は年齢で言うともう中年の仲間入りをしてるし、美人でもない。

 日本だと何処にでもいそうな平凡な容姿の、くたびれたパート勤めのおばちゃんその一だから。

 ブリュンネスに滞在している時は、こっちでだけ使える魔法の力で若い美人の女の子に姿を変えているってだけ。

 折角の異世界生活、それも自分で自由に魔法を作って使える世界にいるんだもの。こっちにいる時くらいは自分のなりたい姿になったっていいじゃない? どうせブリュンネスで誰かと結婚するわけじゃないし、悪いことしてるわけじゃないんだから。

 趣味で蒐集してるブランドの服を実際に着たくて、それが似合う若くて美人のモデルさんみたいな容姿に変身したってだけ。要はコスプレみたいな感覚と同じだよ。

 どんなに年老いたって、好きなものは胸を張って好きだって主張するくらい、構わないでしょ?

 日本じゃ流石に社会の目とかTPOとか色々あるし何より恥ずかしいけれど、此処は日本どころか地球ですらないんだから。限られた時間と場所の中でだからこそ、犯罪にならない範囲内で自分の好きな生き方をしたいって思ってる。普段家事と仕事に追われて自分の時間がろくに持てない生活をしてるから、余計にね。

 もう夫婦共働きが当たり前の社会なんだから、家事は女がやるのが当たり前なんて古い骨董品みたいな考え方は滅びればいいと思う。



「……もう、夜中なんだから騒がないでちょうだい……今開けるから」

 日本での自宅のクローゼットに隠された抜け穴は、ブリュンネスでの私の自宅に繋がっている。

 自宅というよりは、工房に近いかな? 魔学の研究に必要な素材とか道具、設備ばかりが集められた建物だから。

 けどまあ、こっちだと此処以外に私の私有地なんてないし。だから暫定的にだけど、此処を私の自宅として扱ってるってだけの話だ。

 魔学者ばかりが集う王都の中心地だから、当然来客も魔学者か、彼らと深い関わりを持った資産家たち──お偉い様方が殆ど。その要件も、私の創造士としての腕を頼っての依頼であることが九割くらい。

 因みに残りの一割は、私を『身内』にしたい欲のある人たちからの縁談の申し込みだとか、そういう類の話だったりする。

 親族になれば色々な頼みごとを無条件で聞いてくれるようになるだろうって下心丸出しなのが、呆れを通り越して笑える。

 勿論そんな話なんて聞く気ないから、そういう方々には丁重に『おもてなし』した上でお帰り頂くんだけれどね。

 何の下心もなく私に会いに来てくれるのは、アーリとガヴェインくらいのものだよ。

 ……誰だって? 私と同じ創造士仲間だよ。さっきちらっと説明した世界最高峰の三人の創造士、そのうちの二人。

 どっちもふらふら旅して回ってるアクティブな変わり者だからね。何の脈絡もなくいきなり工房に顔を見せては、変なお土産くれたり面白い話を聞かせてくれたりする。変わり者ではあるんだけど、一緒にいて楽しいと思えるブリュンネスでの数少ない友人だ。

「家の中は防音処理してあるからどれだけ騒いでくれても構わないんだけど、外は普通に音が響くから。御近所様に文句言われるのは嫌だから、夜中に叫ぶのはやめてね……で、何の用かしら?」

 玄関のドアを開くと、随分とくたびれた様子の男が立っていた。

 身に着けている純白の礼服、その襟元に着けられた花の紋章の存在が、彼が行政の関係者であることを物語っている。

 私が姿を見せたことに、ようやく安堵した様子で長い息を吐いた。

「ああ、やっとおいでになられた……早朝から何度も通い詰めて、ようやくですよ」

「……そんな時間からって、暇なの?」

「暇ではありませんよ! こちらでは騒動の沈静化と対応に追われ続けてもう疲労困憊で……ノア様、貴女様にこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、貴女様はこの国を、果てにはブリュンネスを支え発展させる重要な役目を担っておられるのですから、その自覚をお持ちになられて過度な外出はお控えになられてですね……」

「無理。私にも生活があるって、最初に説明したわよね」

 愚痴から小言へと発展しかけた相手の言葉を、私はぴしゃりと遮った。



 私が日本での生活を捨ててブリュンネスに永住するって決めたなら、今以上に深くブリュンネスと関わる生き方をするのはありだと思う。

 それでもやっぱり政治だの何だのお堅い世界に縛られるのは御免だ。そんな生き方は日本にいる時と何も変わらない。

 それに、私には……日本での生活を完全に捨てきれない理由がある。

 確かに、私は向こうでは叶えられない夢を実現させて充実した人生を送るために、此処に来ている。あちらでの生活にはいい加減うんざりしていて、価値なんてまるで見出せなくなりかけている。

 それでも──最初に抱いた夢というものは、忘れられないものなのだ。どんなに月日が過ぎ去ったとしても、実現させようとして叶わなかったという事実があったとしても。


 私は、異世界最高峰の創造士じゃなくて、ラノベ作家になりたい。

 異世界で歴史に名を刻む偉人として生きるよりも、自作を書籍化させて、趣味で作品を書いてるアマチュアの素人じゃなくてプロの作家として人前に胸を張って立ちたいのだ。

 もしもその夢が本当に叶えられるというのなら、私はブリュンネスでの生活を捨てても構わない。それくらいの価値があると、今でも思っている。



「私には創造士の称号に相応しい魔学の才能があるかもしれない。でも、その前に私は一人の人間だから。私自身のプライベートを捧げてまでこの国に尽くそうとは考えていないの。もういい年だし普段から散々苦労してるんだから、こっちにいる時くらいは息抜きさせてほしいのよね」

「……いい年?」

「そこは聞き流してくれていいわ。……とにかく、私は何処の国の所有物にもならないし、政治に関わるつもりもない。国のために働かない奴は創造士じゃないって言うんなら、称号を返上したって構わないわ。称号がなくても才能まで消えるわけじゃないものね。この家を追い出されても他所に工房を作れば済む話だし、極論を言えばこの国に拘る理由もないから他所の国に落ち着いてもいいわけだし」

 日本とブリュンネスを繋ぐ『抜け穴』は、次元の壁に空いた穴のようなもので異なる世界同士を繋ぐ架け橋のような役目を持っている。

 一見して人がどうにかできるような代物には思えないかもしれないけど、創造士はそもそも『何でも魔法で実現させてしまう』能力を持っているんだから、次元の壁に空いた穴を別の場所に移動させてしまうなんてこともできてしまうのである。

 今でこそ壁に直接空いているような穴だけど、それを持ち運び可能な品物に移して携帯可能にしたり、やりようは幾らでもあるだろう。

 王都は物流が整っていて気候的にも住みやすいし、生活するにあたって便利なところが多いから、今までは敢えて此処に拠点を置いていたけれど──それで周囲から過度に干渉されるようになってしまうのなら、思い切って別の土地に移住するのもひとつの選択かもしれない。

「そ、それは困ります! 今ここで貴女様に他国に移住されては、我が国の立場というものが……!」

 私が他所に移住すると発言した途端、相手の顔色が変わった。

 分からないでもないよ。国にとって創造士を抱えてるというステータスは、他国にとっての強力な切り札になるものね。

 私以外の創造士は根無し草の旅人やってるから、何処の国にも属していない。あの二人は外交の交渉カードにはならないわけで、私のように家を持ち拠点を構えている創造士というのは貴重なのだろう。

「……前にも言ったと思うけど、私の本来の家は故郷の方にあるの。どうしてもそっちでの生活が優先になるから、こっちには頻繁に来られないわけ。それが私が国政には関与しないって言った理由よ。創造士の称号を返上してこの家を手放しても構わないって言った理由も同じ」

「は、はぁ……それは、確かに存じ上げておりますが……しかし、是非ともノア様の御力添えを、と望まれる方々も大勢おられまして……それを全てお断りするのも我々の立場としては心苦しいものがありまして。……せめて、今寄せられている分だけでも……」

「それは相談してきた人が本当に窮地に立たされていて助けないと死ぬから、とか人道的な理由じゃないんでしょう? 職員の関係者なのか強権の持ち主なのかは分からないけど、助けた恩を売っておけばそれなりの見返りがあるから……どうせそんなところなんじゃなくて?」

「……いえ、その……」

 すぐに反論できない辺りでお察しだ。その相談者は、助けておけば後々行政にとって何かしらの恩恵がある人物なんだろう。

 私はわざと大袈裟に肩を上下させて溜め息をついて、きっぱりと言い放った。


「私の生き方は私が決める。。分かったわね?」



 ……まあ、私も根無し草になりたいわけじゃない。充実した生活を送るためには、ゆっくり身を休められるプライベートな空間はどうしても必要だから。

 家なんて魔法で一瞬で建てられるし片付けられるけど、決められた場所にちゃんと存在している建物の方が気分的に落ち着くんだよね。ああ此処が自分の家なんだ、って実感できるから。

 頻繁に国の問題を持ち込まれるのは御免だけれど、私もそこまで無情な人間じゃない。天災とかで壊れた公共施設の修復だとか、緊急の人命救助だとか、そういう特定の誰かを贔屓しない内容の相談くらいになら、乗ってもいいとは思っている。

 それでも面倒な相談事が持ち込まれることは、なくならないんだろうけどね。



 今日はもう寝るからってことで職員さんにはお帰り願って、私は玄関のドアをしっかりと施錠した。

 次のパートの公休日が来るまでの数日間、この家はまた暫く無人になるわけだけど……やっぱり、留守番を任せられる存在は必要かもしれない。

 魔法だけだと物理的に不安定な存在になりがちだし、寿命が短い。末永く安定して働いてもらうためには、依り代となる器を用意した方がいい。

 次にこっちに来た時に、必要な素材を調達しに行こう。




 ──そうして、日本と同じ時間軸上で回っている異世界の惑星ブリュンネスから、日本にある自宅の物置部屋に帰って来た私は。

 置時計の針が午前二時近くを指し示しているのを見て「今日も三時間しか寝られないな」と独りごちながら、いつものスウェットに着替えて、家族が豪快ないびきを立てて眠っている寝室へと入るのだ。

 今日の夜は、何分執筆の時間が取れるかな。毎日考えていることを、同じように考えながら。

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