エピローグ さよなら


「うわっ、もう時間ヤバいじゃんっ!」


 俺は昇降口で、スニーカーのかかとを踏んづけながら歩き出す。


「ったくこっちの都合無視してシフト組むからな~。明日、唯にまた小言を――」


 ――早く早く。



「――え?」


 いつの間にか俺の右手を女の子がつかんでいた。


 ――行くよ、彼方。


 女の子は俺の腕を強引に引いて走り出す。

 俺も危うく転びそうになりながらも駆け出した。


 ――ほらほら、皆待ってるよ。


 女の子は俺に背を向けていたから、その顔は見えなかった。

 でも、俺はその背に見覚えがあった。

 初めてみるはずなのに、見覚えがあった。

 目標が見つかったら周囲なんて目に入らない。

 とにかく一直線に突っ走る。

 そんなヤツが俺の、俺達のそばにはいた。


「桜! 唯!」


 校門に立つ、二人の親友に俺は声を張り上げる。


「? 二ノ宮……え?」

「え?」


 校門にいた桜と唯が俺と女の子を見て、目をぱちくりさせていた。


「顔よく見えないけど……あれ……」

「え? で、でも」


 二人はまるで時間が止まってしまったように立ちつくす。

 無理もない。


 ――彼方。


「うん」


 ――色々ごめん。


「いいさ」


 ――二人は女の子だから、あんたが頼り。


「わかった」


 ――後はよろしく。どっちか嫁にするの?


「余計なお世話だ」


 ――あはは。


 女の子は笑い声をあげたかと思うと、いきなりえいっ! とばかりに俺を前へと投げ出す。

 バランスを崩した俺は前方に放り出されたようになった。


「二ノ宮」

「彼方」


 俺は桜と唯の間で何とか踏みとどまった。慌てて女の子の姿を探す。

 彼女はもう遥か前方を駆けていた。

 逃げ水のずっと向こう。

 決してたどり着けない所。

 でも、お前ならきっとたどり着くんだろう。


「さよなら!」


 桜は思いっきり大きな声で叫ぶ。

 桜が舞い散る坂道を軽やかに駆けて行く、その背に届くように。

 

 

 桜ミラージュ 了

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桜ミラージュ 瀬尾順 @SEO_Jun

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